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リスクを計算できない人たち

はじめに


「会社員より経営者の方がお金持ち」ということをよく耳にすると思います。同じ会社内であれば、この原則は確実に当てはまります。たまに会社員のほうが別の会社の役員より所得が高いことはありますが。従業員に金を回さず、社長だけいい思いをしてと妬まれることもあります。会社員より経営者の方が所得が高いのは当たり前と思われるかもしれませんが、それがどういう理屈で成り立っているのかを書き、独立や起業をしたがる人に欠けている視点についても書いていきます。注意していただきたいのは独立や起業をするなと言っているわけではありません。

一か八かの世界


経営者はお金持ちで何もせずにお金が入ってきているのに、その下で働いている社員はどうしてこれだけしんどい思いをしなければならないのかと思われているかもしれません。そんなときに、自分で会社を起こしてませんかと言われたり、独立してフリーランスとして活躍してませんかと言われたりするとそっちに心が動いてしまう人がいるかもしれません。まず、経営者と社員が対等ではありません。完全なる主従関係にあります。そのため、主たる者に富が集中し、従たる者はそのおこぼれをもらうのは当然のことです。会社員という働き方をしている以上、それを受け入れなければなりません。
では、なぜ、経営者と普通の会社員でそこまで所得が違うのでしょうか?それはリスクの問題です。リスクだけで、これらのことをすべて説明できます。会社経営者は起業当時、その会社が1年後に存在していると保証できないからです。会社員でも同じと思われるかもしれませんが、会社員とは比べものになりません。帝国データバンクによると過去10年でできた企業は約20万社、過去10年で倒産したのが約9万社です。10年後の生存確率が52.5%で、10年後には約2社に1社は倒産していることになります。それに対して会社員は10年後、定年退職を除いて会社員でない確率は10%以下であると思われ、2021年度平均失業率(2.8%)から推測してもそこまで高い水準ではありません。

経営者と会社員の所得の差はリスクによるもので、経営者の市場と会社員の市場にあるお金の総量は同じですが、それを分け合う人の多寡で一人当たりの所得が決まります。どちらの市場も100万円が総数とします。経営者市場では100人が経営者になりましたが、そのうちの半分の会社が潰れ、残った経営者は50人です。それに対して会社員市場では100人が会社員になりましたが、80人が会社員として残りました。そうすると経営者市場では一人当たり2万円を手にできます。それに対して、会社員市場では一人当たり12,500円を手にすることになります。人数が多ければ、一人当たりの受け取る額は小さくなります。裏を返せば、労働者市場は脱落者が少なく安全な市場とも言えます。つまり、経営者市場では、会社が潰れるリスクが高いうえに、失敗すれば0になります。それに対して会社員は会社が倒産しても次の就職先さえあれば、完全に0になることはありませんし、経営者と比べて所得を失うリスクは非常に低いです。
会社員と経営者の所得の違いはリスクの高さと脱落した人たちのお金が残っている人に回ったので、一人当たりの所得が高いように思えるだけで、総数はそこまで変わらないと思っています。会社を経営することはそれだけのリスクを伴うので、そのリスクに見合う対価を報酬として受け取っているのです。経営者は残れば天国、負ければ地獄の世界で思っているより甘い世界ではありません。

独立が最終目的


最近は会社に縛られない働き方として、会社を起こすか個人事業主として働くかが注目されています。そういった働き方は以前よりもハードルが下がり、より身近なものとなっています。会社法が改正されてから資本金の下限が撤廃されて、起業しやすくなっています。しかし、起業や独立をする人がよく失敗して終わります。それはなぜでしょうか?1つはリスクの計算ができていないこと、もう1つが独立や起業がゴールになっていることです。1つのリスクが計算できていないは、独立や起業のメリットだけに注目して、目先の利益を追いかける場合です。リスクが計算できていなくてもある程度、やりたいことが決まっていますが、市場調査を手抜きにして、他者との差別化が図れずに、消えていきます。
独立や起業がゴールになっている場合は、やりたいことが社長や個人事業主という肩書がほしいだけのことが多いです。やりたりこともぼんやりとしていて、「最近はやりの~」みたいな感じのことを描いているだけです。そういったビジョンでまともに会社を経営できるはずがありません。そういった人が会社を起こすときに不備があり、会社が設立できないこともあり得るでしょう。経営者や個人事業主は会社員の延長線上にあると思っている可能性があり、守られていると思っている可能性もあります。会社員と経営者は別世界の人です。会社員は会社に守られている存在ですが、経営者は自らを守るだけでなく、社員も守らなければなりません。立場が違うということを弁える必要があります。それを理解できない人は起業や独立はしないほうがいいでしょう。路頭に迷うだけです。
自分で会社や事業を回すことは自分の好きなようにできる反面、その責任がすべて自分に返ってきます。その責任を忘れて、目の前の利益だけに釣られるような人が責任者として事業運営をできるはずがありません。綿密な事業計画を立てても成功しない人がいるような世界で、甘い見通しが通用するはずがありません。会社員は所得は低いですが、安定はしています。経営者は所得は高いですが、不安定です。失敗すれば、多額の借金を背負うことになります。ハイリスクハイリターンとはこういったことです。リスクと責任を忘れた人が背負えるほど楽なものではありません。生ぬるい気持ちで戦える世界ではありませんし、そうした気持ちが自分だけでなく、他人をも不幸にします。他人の人生も背負っているという自覚も必要です。

最後に


先日、会社を経営していた親戚が亡くなりました。その人が存命のうちに、どのような経緯で起業したのか聞きたかったのですが、それももう叶わぬ夢です。その人が会社を起こして、今まで赤字になったことはないといつもご夫婦が話されていたのを思い出します。社会人になってから会社経営者がいかなる存在であるのかを知りましたが、もう少し早くに気付いていればと思うばかりです。お酒を飲みながら、そういう話を聞きたかったなと後悔しています。
親戚の話は起業した時代が今とは違いますが、どのような事業計画を立てて、資金調達の面や人材確保の戦略をどのように進めて成功したのかは今にも通じる話だと思います。起業した時代がいつであれ、残っている会社には理由があります。消えていった会社にも理由があります。その理由を経営者が把握できているか、できていないかで経営者の素質が見えると思います。昔は起業や独立のハードルが高かったでしょうが、その分、戦う相手が少ない分、残りやすかったかもしれませんが、今はその逆でハードルは下がっても、競争相手が増え、生存が難しくなっています。今や個人がネットで事業売買を行える時代で、ものによっては非常に安価で事業譲渡できる案件もあります。いきなりリスクを負うことに抵抗がある人にはそういったところから始めるのもいいかもしれません。ハードルが低いということは戦う相手が多い市場で生存競争は不可避です。生き残る戦略を立てるためにも、自分のビジョンと市場のニーズをしっかり把握する必要がります。独立や起業は自らの目的を達成する手段であって、ゴールではありません。

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