小説を書きたいと思い立った「いきさつ」⑤ 幽霊出向で2年半働かず、給与を詐取した副編集長に処分なし
私が懲戒処分を受ける原因となった「D社の人事、経営施策に関する質問・要望書」は労働組合でも話題になり、問題提起したレポートを、会社側は無視できなくなった。
「不公正な情実人事」「高圧的な経営姿勢」にどう対応すべきか、組合内でもさまざまな意見が噴出した。私の主張に反対する組合員もいたが、賛同する社員も多い。始末書提出という処分が宙ぶらりんになったまま、情報収集は続けていた。社内の各所からさまざまな情報が入ってきた。経費の使い方の疑惑から、職場環境の悪化、役員や幹部社員のセクハラ、パワハラ問題まで、問題は多岐に渡っていた。
前回の記事でも触れたが、週刊D副編集長のGは取締役Fの妻で、D社とは資本関係がないマンションの一室にある会社へ出向していた。当時の人事担当常務Eの主張をここで改めてまとめておく。
「全体最適を考え、会社の経営判断で、Gの出向人事は行なわれた。出向先のノウハウを吸収し、D社にフィードバックすることが目的。出向先のノウハウがD社にフィードバックされなければ、この出向人事は失敗ということになる」
Eと面会した時点で、私はGが退社するのでは、と予想していた。そのため質問を重ね、経営側の言質を取ろうとした。Gはアリバイ的に一度D社に戻り、出向人事で得たノウハウをフィードバックしたという口実を作ると、私は考えていた。
特別待遇の出向で週刊誌の編集業務を離れ、単行本と大学院の博士論文を書いていたGも、夫である取締役のFも、脇が甘いと言わざるを得ない。
「Gが会社に戻らず、会社を去った場合は、全体最適を考えて実施した出向人事は失敗」と常務のEが言い切っていたにもかかわらず、Gは突然、退社する。Gは次の就職先を確保して、舞い上がっていたのだろう。
D社を退職する前に、Gは秘かに老舗の大手出版社から博士論文のテーマでもあるエネルギーに関する単行本を出版していた。実はこの本は、後に大きな反響を呼び起こす。
組合内部では、Gの出向問題を、組合として取り上げるべきか、否かで議論が続いていた。週刊D編集部の組合員からは「Gの出向問題で騒ぐべきではない」「何でこんなことに熱くなるのか」といった声もあり、甲論乙駁の状態だった。
当時管理職になっていて組合員ではなかったが、組合執行部から、レポートで指摘した問題について説明するよう求められた。GとFの問題をうかつに追及すると、名誉毀損で訴えられる恐れがあると、執行部や組合員の中には、追及に及び腰の意見もあった。
執行委員が集まった組合室に呼び出され、「事実関係はどうなのか」「書かれている内容のすべてに、証拠を出すように」と矢継ぎ早に質問され、数々の要請を受けた。
労働の対価である給与に関し、二枚舌の説明
Gの出向は「幽霊出向」で、実態のないものだった。大学院に在籍していたGは出向と称しているものの、出向先企業に出社することもなく、何の貢献もせずに、自身の調査や執筆に時間を費やしていた。単行本を書き上げて、博士論文をまとめるために、出向を隠れ蓑にしていた。
組合執行部から「証拠を出すように」と私に要請があったが、情報源の秘匿に配慮しながら、答えられる範囲で説明し、「名誉毀損の裁判になれば、証言してくれる関係者がいる」と伝えた。このときの執行部は執行部は、経営側と対峙する姿勢を見せた。
組合は「Gの出向や突然の退職に関して、問題がなかったのかどうか」を問い糾す質問書を作成し、経営側に突き付けた。回答をズルズルと引き延ばした経営側は、Gの退社が完了する年末まで何も答えないという方針だったのだろう。そして出た最終的な回答は「Gの出向に何の問題はない」という、けんもほろろな内容だった。
組合への回答があったのは、Gに給与と退職金を振り込む手続きを終えた後だった。つまり、働きもしないで給料、ボーナス、退職金をGは得たのだ。社会保険料などの費用を含めると、この「幽霊出向」で会社側は5000万円ほどのカネを無駄にした。
D社の社長は、Gの出向によって会社の原資を「1銭も毀損していない」と胸を張って、組合に答えている。だが、実態はGによる詐取と言っていい。この出向人事に関わった役員にも法的な責任があるのではと思われる。
もちろん、Gのような出向をどの社員に対しても公平に認めるなら、話は別だ。しかし、まったくそうではない。
Gが退社した後、D社の労働組合は「特別長期休職制度の変更」を闘争の要求に盛り込んだ。次の年も同じ要求を出した。D社には、大学院で学んだり、留学したりするために「特別長期休職制度」がある。
期間は1年で、無給である。これを、期間を限定せず、有償で勉学に励むことができるようにと、組合は要求した。だが、経営サイドは「労働を提供していない者に給料を支払うことはできない」と要求を突っぱねた。
「特別長期休職制度の変更」を拒否した時の「労働を提供していない者に給料を支払うことはできない」という組合への回答と、出向という形で職場から逃走していたGに給与やボーナスを満額で支払っていた事実との間には、とんでもない大きな隔たりがある。(敬称略)
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