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祖父母の物語

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海軍隠語

海軍隠語

やよいさん、僕は海兵団に入って覚えたことがあります。
色々な隠語、つまり知らなくても生きていけるけど、知っているとちょっと格好いい言葉です。例えば「トンツウ」といえば通信科を指しますし、「陸さん」といえば陸軍のことです。他にも色々ありますがほとんどは下品な意味合いを持つものばかりで、やよいさんは全く知る必要はないのですがこのノートを読むこともないでしょうから書いてしまいます。
「KA」は嬶、「BA

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愛しいやよいさんへ

愛しいやよいさんへ

やよいさん、僕はやよいさんに会いたいです。
なぜなら好きなんです。はっきりいうと恋い焦がれています。この男だらけの海兵団の生活には慣れましたが、慣れれば慣れるほど、やよいさんのことで心が乱れます。夜ハンモックの中に潜って緊張が途切れた時は、涙がでるほど恋しくなります。

そんな時は、やよいさんを初めて見たときのことばっかり思い出しています。秋津の夏の夜市、イカ焼きを食べながらぶらぶらしていた僕の目

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手紙を配布する

手紙を配布する

海兵団に入って初日に書かされた手紙の返事がボツボツ届きだした。
ただし郵便配達が僕たちに直接手渡してくれるわけではなかった。

「本日、貴様達に届いた手紙を配布する。課業後に教員室へ一人ずつ取りにくるように」

面倒くさいことをやるもんだと思ってたら違った。

「おい井上、これは貴様の父上からの手紙か」

「はい!」

「こっちはどうだ、山下とあるが」

「これは恩師であります!」

「そうかでは

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新兵

新兵

それから1週間ほどして、正式な入団式が行われた。佐世保鎮守府長官の平田中将閣下はじめ、将官や左官がずらっと並んだその景観はすごかった。日本という国はやっぱりすごいんだなという気持ちが湧いてくる。
長い訓示を拝聴し、四等水兵としてなんの訓練も受けていないけども、なんとなく俺は一等国の海軍軍人だぞという昂ぶりが心地よかった。

だけどしかし、その日を境に教班長殿の態度が鬼へと変身した。要するに、これま

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佐世保海兵団

佐世保海兵団

「やよいさん、今日から僕は、海軍に入ります」

昭和14年12月1日。
僕は、佐世保海兵団に入団した。
熊本の農業高校を卒業したあと、長男だし家業の農家を継ぐのが筋なんだけれど、親父はまだまだ元気で家督を継ぐのはまだ先になるだろうし、田畑よりもっと大きな世界で自分を試してみたいという気持ちが強かった。田畑は、弟が継げばいいとも思っていた。

うちは祖先が紀州藩士だったことが影響しているのか、当たり

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