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【取材記事】暮らしているだけでウェルビーイングな街へ 孤立を防ぎ、ケアが行き渡る地域共生社会をつくる

兵庫県豊岡市を拠点に活動する一般社団法人ケアと暮らしの編集社 が目指すのは、暮らしているうちに健康になる街づくり。現役医師である代表の守本陽一さんは、当事者たちの悩みに寄り添い解決するには病院の中だけでは限界を感じ、白衣を脱いで街へ。地域とケアをつなぐための斬新な取り組みを始めます。それはときに1杯のコーヒーだったり、本だったり、アートだったり。ワクワクする体験と医療をつなげ、あらゆる人が健康で自分らしく生きられる居場所づくりに取り組んでいます。

医療従事者が屋台を引いてコーヒーをふるまう「YATAI CAFE」、本を軸にケアを処方するシェア型図書館「だいかい文庫」など、ケアと街づくりをキーワードにした新しい活動は注目を集めるものばかり。そこで今回は、「ケアと暮らしの編集社」の事務局スタッフ・城戸口智也さんに、活動の原点やそこに込められた想いについて話を伺いました。

【話を伺った方】

城戸口智也(きどぐち・ともや)さん
1998年生まれ兵庫県西宮市出身。学生時代に福祉やまちづくりに関する勉強や活動を行い、大学卒業と同時に、京都府京丹後市に移住して介護士として働く。また移住してからは丹後、但馬地域で、本に関する企画やまち案内、コミニティづくりなどの地域活動を実施。2023年よりケアと暮らしの編集社に参画。

■コーヒー片手に人とつながり、医療と出会える「場」を

mySDG編集部:医療従事者による移動式屋台のカフェ「YATAI CAFE」はどのようなきっかけから活動を始められたのでしょうか?

城戸口さん:「YATAI CAFE」は、地域住民がコーヒー片手に医療従事者とゆるくつながれるきっかけ作りの場としてデザインしたものです。代表・守本の「病院や福祉の窓口に相談に来てからでは遅い」という考えもあり、日常レベルから地域の方々の健康に関われる場を作りたいという思いから生まれました。

mySDG編集部:コーヒー屋台というのが、とてもユニークですね。

城戸口さん:人が自然と集まる仕掛けを考えた結果、たどり着いたのがコーヒー屋台の形態でした。というのも「YATAI CAFE」の原点には、代表・守本の医学生時代の苦い経験があります。当時、守本は仲間と共に地域特有の健康課題を見つけ出す「地域診断」に取り組んでいました。地域診断から地域の課題を見つけ出し、課題解決を図る「医療教室」を開催したものの、参加者はたったの一名。そのときに、医療の必要性を訴えるだけでは人は動かないのだと気づいたといいます。いわば、健康の押し売りをしていたのだと。

医療や健康に興味がない人たちとつながるには、思わず参加したくなるような仕掛けが必要。そう考えた守本は、東京で家庭医らが取り組んでいた先行事例を参考に、医療従事者が屋台をひいてコーヒーを無料でふるまいながら地域住民とコミュニケーションを図る「YATAI CAFE」の活動をスタートさせます。

mySDG編集部:確かにわざわざ休日に「医療教室」に参加するような人はもともと健康意識が高い人たちです。医療や健康に関心がない層にアプローチするには、楽しそう、面白そうといった仕掛けが求められますよね。

城戸口さん:そういった点では、移動式の屋台は物珍しさから好奇心をかき立てられますし、コーヒースタンドはおしゃれで美味しいコーヒーを味わえる存在。ワクワクして思わず足を運びたくなります。しかも、「YATAI CAFE」に初めて来られた方には自分たちが医療従事者であることは伝えず、あくまで一地域住民として接しています。

聴診器をぶら下げていることをたずねられたら、「実は医療従事者で、健康相談にのれたらいいなと思っていて」と活動意図を話すというような流れですね。すると「実は最近ちょっと体調が……」とか「家の介護が大変で……」と医療相談に発展することも。そこから必要に応じて、医療福祉の制度を繋げる役割を担っています。さらに「YATAI CAFE」の認知度が高まったことで多くの人が集う場所となり、多様なコミュニティや多層的なネットワークを作ることができています。

■「本」を切り口に「ケアとの接点」を持てる場所を創出

mySDG編集部:2020年12月には兵庫県豊岡市の商店街にシェア型の私設図書館「だいかい文庫」をオープンされています。「だいかい文庫」では、定額の利用料で誰でも本棚一箱のオーナーになって自分の好きな本を並べて貸し出すことができたり、医療福祉関係者が毎週、健康相談や居場所の相談にのったり、「だいかい大学」という市民大学を開催したりと実に多様な取り組みをされています。そもそも「だいかい文庫」を始めたきっかけはどんなことだったのでしょうか?

城戸口さん:「YATAI CAFE」は月1回の開催だったため、オープン時間の制約もあり、どこかでとりこぼしている人たちがいるのではないかと感じていました。そのため、次のステップとして一定の場所にありつづけることも必要だと考え、「だいかい文庫」をオープンしました。つまり、地域にありつづける、医療やケアとの接点を持てる場所を作ろうと考えたんです。

mySDG編集部:なぜ「本」を切り口にしたのでしょうか?

城戸口さん:本は社会関係資本になり得るものだと考えています。地域コミュニティの中で人との結びつきを生み出すものでありながら、特に本屋や図書館は人との程よい距離感が保てる場所でもありますよね。私たちはそれを中距離コミュニケーションと呼んでいます。いつもの席で読書をしている人の存在、司書さんとのちょっとした会話。心地よい距離感を通して誰かとつながっている安心感を感じられる場所だと思うんです。例えばその司書さんが医療従事者で困り事を相談できたり、顔なじみの人との関係性から自分の居場所を見つけられたりしたらどうだろうかと。そんな思いから「だいかい文庫」は生まれました。さらに本は多様な人に開かれたものでもあります。多様な人を包摂できるツールとして、本は大きな役割を果たしてくれる存在です。

一箱本棚オーナーになるとおすすめ本を並べた自分だけの本棚を持つことができる
医療福祉やまちづくり、ジェンダーなどに関する新刊書籍も購入可能

mySDG編集部:実際に「だいかい文庫」はどんな方々が利用されていらっしゃるのでしょうか?

城戸口さん:いわゆる本屋さんや図書館として、静かにコーヒーを飲みながら読書をされる方もいらっしゃいますが、一方でスタッフやその場にいらっしゃる方々とのコミュニケーションを楽しんだり、日々の暮らしの不安や仕事の悩みなどをふらりと立ち寄って相談してくださったりする方、困難を抱えた方もいらっしゃいます。

mySDG編集部:人に言うまでもない悩みを気軽に口にできる場があるのは大きいですね。自分を受け入れてもらえる居場所であり、ほどよい距離感にあるひらかれた場所というか。

城戸口さん:そうですね。「だいかい文庫」自体が誰もが気軽に関わりを持てる場所としてデザインされています。それこそ、お客さんになってもいいし、店番という役割を持ってもいいし、ボランティアとして一緒に企画をしてもらってもいいと思っていて。「だいかい文庫」に来る目的や気分に応じて、関わり方のグラデーションがあることがこの場所の良さでもあるんです。

mySDG編集部:「だいかい文庫」への関わり方がある意味、主体的というか、自分なりの関わり方を選べるのがすごくいいですね。

城戸口さん:僕たちは、「だいかい文庫」に対して主体性や当事者性を持ってもらうことがケアの一環だと思っています。つまり「だいかい文庫」の活動に主体的に関わることで自分自身の役割を見出し、生きがいにつながっていくことがケアなんじゃないかなと。一方でケアというのは、相手の表現を受け止めることだとも思っていて。そういう意味でも「だいかい文庫」における一箱本棚オーナーの存在も、本棚を使って自己表現してもらうことでケアに結びついている取り組みだとも感じています。

■支援する側とされる側のゆるやかな境界線が、ケアを身近なものに

mySDG編集部:さらに「だいかい文庫」では、「居場所の相談所」という取り組みを毎週開催されているそうですね。

城戸口さん:「居場所の相談所」では、医療福祉職のスタッフがだいかい文庫を訪れた方の暮らしの悩みやモヤモヤした気持ちの相談にのっています。例えば「パートナーを亡くしてとても寂しい」「仕事が辛くて辞めてしまったけれど、この後どうしたらいいのかな」「ギャンブルがやめられなくて」といった、健康や社会的孤立・孤独に関する幅広い相談を受け付けています。

日時:毎週土曜13時から14時(他時間も相談可能)
ご利用料金:無料
申込方法:事前申込優先(当日来店も 空きがあれば相談可)

mySDG編集部:市や保健所などの相談窓口はあっても、あらためて相談に行くこと自体、ハードルが高かったり、相談するまでもないかなと思ってしまったり。気楽に足を運べる個別相談の場というのは、セーフティネットにもなる存在ですよね。

城戸口さん:実際に相談に来られる方々の中には、市や保健所などの相談窓口に行くまでもないけれど、自分のモヤモヤを誰かに聞いて欲しいと感じたときに利用されるケースもあります。日頃から「だいかい文庫」に通われている方だと、スタッフとの何気ない会話を通して、悩みごとが見えてきたりして。そんなときに「居場所の相談所」を案内することがあります。相談所でもあり図書館でもある空間で、相談員でもあり司書でもある人と話すという「ゆるやかな空間」だからこそ、訪れてくれる人もいるのだと思います。

相談後は本人の希望に応じて、公的な支援やサービスにつなげたり、行政が支援する自助コミュニティを紹介したりして、継続的に伴走支援しています。

mySDG編集部:その後もサポートをしてもらえるのは心強いですね。

城戸口さん:例えばご本人に合うようなイベントがあれば声をかけることもありますし、それこそ社会的な孤立・孤独感に悩まれている方の場合は、お店番をお願いして地域とのつながりを作ってもらったり。本人が望む場合は、イベントを企画する側にまわってもらって、その人が持っている主体性や当事者性をうまく引き出しながらコミュニケーションをとっていけたらと考えています。

mySDG編集部:「だいかい文庫」を訪れる一人ひとりに対して目配りされていて、来られる方の心理的安全性も確保されている印象です。多様な人たちが「自分の居場所」と感じられるような場作りができている要素はどんなところにあるのでしょうか?

城戸口さん:先ほども申し上げた通り、だいかい文庫との関わり方にグラデーションがあることです。店番の方と雑談したいとき、静かに本を読みたいとき、何かしら地域の活動がしたくて情報がほしいとき、「居場所の相談所」でじっくり悩みを聞いてほしいとき。多様な関わり方ができます。さらに自分の肩書きにとらわれず、お店番インターンや一箱本棚オーナーをやったり、イベントを企画したり、自分らしさを発揮できる場であることもその人の居場所につながっていくのかもしれません。

■地域全体を巻き込んだ社会的処方の場を作っていきたい

mySDG編集部:今後はどのような展開をお考えですか?

城戸口さん:不登校であったり、社会になかなかなじめなかったりする子どもの居場所事業を現在すすめています。今後は豊岡唯一のローカル映画館「豊岡劇場」と「だいかい文庫」を拠点に小中高生が自由に過ごしたり、自己表現できたりする場づくりに取りかかっているところです。これまでリーチできてなかった若年層に何かしら関わることができたらという思いがあります。

あとは、人とコミュニティをつなげる役割を担う「リンクワーカー」というイギリスの医療保健分野で生まれた職種があるのですが、いわゆる患者のケアを薬ではなく地域や社会とのつながりを処方する「社会的処方」を実践する役割を指します。「だいかい文庫」からも「リンクワーカー」として活動してくれる人材を広げていきたいと考えているところです。

実際にケアと暮らしの編集社でもリンクワーカー養成講座を開催していて、社会資源を開発する方法や場作りスキル、コミュニティスキルについて学ぶ場を提供しています。今後は「だいかい文庫」に関わってくださるボランティアの方々をリンクワーカーとして迎え、居場所に悩む人の処方先になってもらったりして、「だいかい文庫」を起点に地域全体を巻き込んだ社会処方の場を作っていきたいですね。


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