創作#19-3 小さな港町で朝食を<後編>
明日も変わらない朝が来る?
会社員しながら小説を書いています。
朝ごはんをテーマとした短編小説です。
旅先で、宿で食べる朝ごはんは何か特別なものがある。
小さな港町の安宿で食べる朝ごはんは日常か?それとも非日常か?
前編、中編に続き後編をお届けします。今回が最終章です。
それでは、どうぞ。
ワンワン、ワンワン。
ソルが吠えている。新しいゲストが来たのだろう。ここは東アジアの果ての、小さな港町に佇む宿屋「ソル」。父親から受け継いだこの宿を切り盛りしているのが僕だ。
「さっきのゲストで7人目です。今日も満室です。」ルナが誇らしげに報告する。足元で白い毛並みのソルが舌を出しながら息をしている。
「じゃあ今夜は店仕舞いだ。お疲れ様。それで、明日の朝食は?」
「明日は台湾スタイルにします。鹹豆漿(シェントウジャン)を考えています。」
「シェントウジャン、それは新しいやつ?」
「そうです。昨日出発したゲストさんが黒酢を置いていったので、それを使ってみようと思います。今日市場で豆乳も買ってきましたから。」
「それは楽しみだ。」
ルナが来てからの半年は、この宿屋が一変した。彼女は東京から世界一周の旅に出て、最初の国の最初のこの町の初日にカジノで全財産を失った。給料はいらないから無料で泊まらせてくれ、ベッドをひとつ分けてくれというのが彼女からのだった。それがもう半年まえのこと。
それ以降、宿の受付は私が夜9時まで、ルナがその後翌朝まで担当している。そして料理が得意なルナは朝ごはんまで用意してくれた。
ルナが作る朝食は、これまでに彼女が訪れた世界中の街で食べた料理。それが評判を呼び、ひとつはルナに貸していて残り7つしかないベッドは連日満室になっていた。
「ねえ、隣のレストラン知ってるよね?」と僕は新しい話を切り出す。
「はい、あのローマ風のカルボナーラが美味しいレストランですよね。今日もランチに行きました。」とそれにルナが答える。
「親父さんがもう引退するつもりらしいんだ。」
「え?引退?!」
「なので、そのレストランを譲り受けようと思ってる。どうかな?」
「本気で言ってるんですか?」
「うん、部屋も増やして、もっと多くのゲストに泊まってもらいたい。朝食だけじゃなく、夕食もゲストに提供したいんだ。」
「でも人手が足りるのか心配ですけど…」
「大丈夫、僕たち二人でやれる。この宿も9年目になるんだ。新しいことに挑戦する時が来ていると思うんだ。」
「わかりました、でももう少し考えさせてください。」
「もちろん、ただ親父さんには明後日回答しないといけないから、明日までには教えてくれるかな?」
「はい。」と、ルナは答えた。
新しい波が来ている。今までの静かな日々も良かったが、新しい挑戦が待っている。それに乗る時が、今だ。そういう確信に近いものを僕は感じていた。
僕たちは、新しい未来に向かって進む準備ができていた。
翌日の夜、ルナは少し遅れて宿にやってきた。
遅れるのは珍しい。様子が何かが違うと感じた瞬間、ルナが言った。
「おはようございます。わたし明日の朝にこの宿を出ますね。今までお世話になりました。」
「えっ?!どうして?急に?」
「今日、カジノのポーカーで大勝ちしたんです。これでやっと全部取り返しました。これで旅が続けられます。」
突然のことで、一瞬で真っ白になった。
「そ、そうなんだ。それは、それは良かったね。」
「明日の朝ごはんが最後になりますね。とびきり美味しいのを作りますから。」
僕の頭の中とは対象的にルナの顔は晴れやかだった。隣の親父さんに、レストランの件で急いで伝えなければいけない、と思いながら、足元ではソルがワンワンと吠えていた。
3部作。全部合わせて約4,000字。
今まで書いた創作の中で一番長い。
目指すは40,000〜60,000文字だから、まだまだだけど、とりあえずここまできました。
ここまで読んでくれて、ありがとう。
次も書きます。書き続けます。
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