ショートショート④「昔好きだった人が結婚した」

昔好きだった人が結婚した。

ネットが発達して良い事なんて、街中で目当ての店に迷わず行ける事になったぐらいだ。もうスマホは、【実生活でもう会う事も無くなった同級生の近況を見たくも無いのに無理やり見せてくる機械】としか思わなくなった。

自分とはまるで違う生活を送っている元同級生の姿を見るたびに、身体のよくわからない器官から何かが逆流してくる気がする。

端的に言うと反吐が出る。


発泡酒空き缶置き場と化したテーブルの上から振動音が聞こえた。スマホが振動するたびに反吐の予感がする。

恐る恐る反吐の機械を手に取ると、「久しぶり~!突然だけど報告があります!」という幸福でコーティングされた一文が目に飛び込んできて、一瞬で視力を奪われた。

「~」と「!」をなんの抵抗も無く使える人間というのは、それだけである程度の幸福を享受しながら生活を送っていると思う。本当に「~」や「!」と思っていないと無理だろう。そう思っている奴は全員俺と違う生き物だ。

俺はあと何回生まれ変われば芸能人が喋っているスタンプを使えるようになるのだろうか。

画面が太陽ぐらい輝いていたので、直視しないように薄目で読んだところによると、3年ほど付き合った同僚と結婚することになったから、近々結婚式の招待状を送るとのことだった。

「住所って変わっていないんだっけ?」と問われたが、住所どころか俺はあの時から何一つ変わっていない。

人間は年齢を重ねるごとに、定期的に変化を促される存在だと昔は理解していたはずだが、大学を卒業するタイミングで、もう俺は変わることに疲れてしまったし、怖くなってしまった。一生このままでいればどれだけ楽だろう、と思って変わらない事を選択した。

最初の1か月は確かに楽だった。この前まで安い居酒屋で騒いでいた同級生が、新品のスーツを着てバカ真面目な顔をして出勤している姿を見て、気持ち悪い変化だな、とずっと思っていた。

時間が経つうちに、少しずつ黒い靄に押しつぶされるようになってきた。

気持ち悪い事をしている同級生たちが愚痴を言いながらも楽しそうで、気持ち悪い事をしていない自分が、何かおかしいような気になってきた。

人間はずっと同じままではいられないんだろう。どこかで絶対に変わって行かなければいけない。でも、どうやって変わればいいかわからない。この居心地の悪い生活から抜け出そうとする勇気もどこにも無い。

「おめでとう」

と嘘の返信をして汚いベッドに寝転んだ。


あの時、勇気を出してもっと話しかけていれば、

あの時、勇気を出して気持ちを伝えていれば、

あの時、彼女の涙を俺が拭っていれば、

何か変わっていたのだろうか。


今とは全く違う生活を送っていたかもしれないし、今と全く同じ生活を送っていたかもしれない。

俺には何もわからない。

ただわかるのは、彼女と会う事はもう二度とないという事だけだ。

遠くからまた振動音が聞こえた。今度は一回だけではなく振動が続いている。

電話だ

画面に映る彼女の名前を見て、また身体のよくわからない器官から何かが逆流してきた。

着信を切って、そのままLINEをブロックした。

あまりの酷さに自分でも笑ってしまいそうになる。何かを変えるかもしれなかった繋がりを自分で断ち切ってしまった。

俺はこうやってずっと一人で生きていくんだろうな。

これからも、昔好きだった人が結婚するたびにそう実感する気がした。

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