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死生観に触れる寺院・ネパール旅④

こんにちは、マイです。このNoteでは異文化交流、旅、日本語教育のこと、また来年から始まる北欧デンマークの短期留学について感じたことをUPしていきます。MY METHOD HP: https://www.mymethod.net

※今回も引き続き、約20年前のネパールで感じたことを振り返ります!

「死」のとなりにある「生」

旅も1週間を過ぎ、駆け足ではあったけど、数々の世界遺産や有名どころを巡った。

ダルバール広場、古都バクタブル、仏教寺院スワヤンブナート、チベット仏教寺院ボタナート、チトワン国立公園では象に乗り、ポカラでは美しい湖畔でヒマラヤの氷山も天気の影響はあったものの、一瞬だけ見ることができた。

そして、この旅で一番印象に残っている場所は、ヒンズー教寺院で火葬場でもある「パシュパティナート」だ。寺院の中には聖なるガンジス河の支流、バグマティ川が流れている。

中の火葬場には、次から次へと遺体が運ばれて来て、聖なる川で身を清めた後、布でくるまれ、そして薪をくべた台に乗せられ、藁を焚いて焼かれていく。その後、灰や残った遺体をバグマティ川に流すのだ。その一連の流れを家族が見守り弔う。

ヒンズー教も業と輪廻の思想があり、死後はこの聖なる川に遺体を流すことで、人生の苦しみやカルマから解放されて自由になると信じられている。

ただ日本の常識とは異なる死者の送り出しに神聖な気持ちになるとともに、公衆の面前で儀式が淡々と繰り返される現実に心臓がドキドキしていた。

衝撃だったのは、灰や遺体が流れるこのバクマティ川の端っこで、別の家族が沐浴をしたり、洗濯や食器を洗うという何とも不思議な光景を目にしたことだった。

当たり前のようにそこで暮らしている家族がいて、そこには悠々と時間が流れていて、「死」のすぐとなりに「生」がある。その有様が何とも人間らしいと言える気もする。

骨を残さず墓も持たない彼らにとって、器としての役割を終えた肉体に未練はなく、魂の転生をただ願うということなのかもしれない

心が揺さぶられて、その日は1日その光景が脳裏に焼き付いて離れなかった。

旅で得るものの価値

初めて訪れた国で、刺激的な体験をたくさんした。旅で感性が磨かれる。異なる価値観に触れる。無知な自分を知る。人と出会う。

その頃の自分は何か新しいことへの好奇心、常識にとらわれず自由に学ぶことを求めていて、その本質は今も変わっていない。まだ見ぬ世界は広いと改めて実感する。

異国では誰かに必ず助けられて、他人の笑顔に救われる。ほんの少しでもその恩返しを日本でできたらと思った。

そして帰国してから、「日本語教師」という職業に興味を持ち始め、本格的にその世界に没入することになる。

※次回は先日訪れたカンボジアについてUPします!


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