孤独なオリ姫の話 ~オリジナル曲「うたかたは、とこしえに」補足エッセイ&歌詞~
⒈補足エッセイ(孤独なオリ姫の話)
「オリックス勝ったなぁ!」
「凄かったなぁ!」
「日本一やで!」
私の愛する文字列が、クラスメイトの声に乗って聞こえてくる。
いくらあの5文字を明るく口にしてくれるからと言って、特別その人と絆を結ぼうとは思わない。学校の門を抜けると、私はいつだってひとりだ。
ただ、毎日に一切の苦痛は感じない。
10代特有の面倒な人間関係に悩むことも無く、空気を読みながら自分とひたすら向き合う。移動教室も、昼食を摂るのも、登下校も、すべてにおいて相手が存在しない。端から自分が「話しかけるな」というオーラを放っていると思っているから、学校に友達がいないことについては、完全に自分の所為なのである。
そんなことよりも、『オリックス』の勝利を「凄かった」で済ませていることに納得がいかなかった。もちろん、『オリックス』のファンでないなら仕方がないが、私は泣く程に嬉しかったのだから。
――オリックス・バファローズ。
数年前までは本当に弱い球団だった。弱かったから、同じく関西を拠点とする阪神タイガースに、地元に住む周りの人々は吸い込まれていた。
私がオリックスを応援していると公言すれば、「なんでオリックスなん?」「関西やったら阪神やろ」「あんなチーム応援してて楽しいん?」などと、散々言われたことがある。何度も『オリックス・バッファローズ』と間違えられ続けもした。その度に「バッファローズちゃうねん、バファローズやねん」と言い返すくだりが、もはや定番となっていた。
弱いと分かっていても、そこに愛着が湧き、既に好きな選手も見つけていたから、応援を止めるわけにはいかなかった。誰が何を言おうと、私はオリックスのファンであり続けた。
そして、そのオリックスが、26年ぶりに日本を制した。
あれだけ弱いと言われ続け、ただのファンである私まで罵声を浴びていたのに、日本一になったのだ。
好きを信じ続けていると、こんなにもいいことがあるのかと、単に嬉しいと思うよりも、新たな真実を教えてくれたように感じる。
明治神宮野球場で行われた、対東京ヤクルトスワローズの日本シリーズ第7戦。テレビに張り付くように凝視していた。
正直なところ、現地観戦をしていない時期が数年は続いている。それでいてファンであるとは言い難いのかもしれないが、そのスパンの寂しさを埋めるように、選手たちを熱く見つめていた。昔から知っている選手も、生で見たことのない若手の選手も、私の見ない間に勢いを落としたものの再び這い上がってきた選手も、誰もが全力だった。相手のスワローズの選手たちも、負けず劣らず真剣な顔をしていた。美しい光景だった。
9回裏、スワローズの攻撃。
当の選手には申し訳ないが、最後の空振り三振が忘れられない。あのオリックス・バファローズが日本一になったというのに、歓喜というより安堵の方が強かった。
ピッチャーがグラブを高らかに舞上げ、瞬く間にバッテリーが抱き合い、とてつもない速さでチームメイトたちが一か所に集まった。スワローズの本拠地が、バファローズの色に染まった瞬間だった。夜遅くまで神宮に残り続けたオリックスファンの気持ちを考えるだけで、同情の涙が出てきそうだった。
日本シリーズの多くが神宮で行われたわけだが、オリックスの本拠地・京セラドーム大阪でも優勝争いが繰り広げられていた。
「京セラ、京セラ」と、普段から乱雑に名前を呼んでいる球場が、伝説を紡ぎ出した舞台となったのだ。あのファインプレーも、あの本塁打も、『京セラ』から生まれた勝負の決め手であった。
私も少し前までは、金曜日の放課後に、家族とともに京セラへ出向いてナイターゲームを観に行っていた。翌日が休みだからという理由だけで、金曜日のナイターが好きだった。
観に行っては負けて、観に行っては負けてを繰り返し、「今日もアカンわ」「やっぱ弱いわ」などと心で呟き、弱音を押し殺しながら寂しく帰路に着いていた。
それでも、私はこのチームが好きで、このチームのあの選手が好きで、このチームの応援をやめない人々のあの雰囲気が好きで……負けて悔しい思いをしても、笑うことはできた。
金曜日の夕方、電車もしくは父の車で、京セラに向かっていた頃の道程を思い出す。クラスメイトの「オリックス勝ったなぁ」という一言が、私を優しい衝動に陥れた。
「せや、京セラ行こ……」
今日の放課後すぐでなくても構わないから、大好きな場所へ行きたい。咄嗟にそう思った。西日に照らされながら、今日は勝てるのだろうか、あの選手は活躍するだろうかと、少しの希望を抱いている時間がたまらなく愛おしかった。シーズンオフ中、選手には会えないと分かっていても、あの場所に赴くだけで昂るような気がしたのだ。
そう決意してから随分と時が経ち、学校の都合で1日4限授業になる期間が訪れた。日本一になった日が遠ざかっても、その日の試合のことを考えると、未だに口角が上がってしまう。
これほど時が経てば、ドームの周りにいる人も少ないだろうし、ひとりでゆっくりできるだろう。夢のような現実に静かに浸るチャンスだと思った。
授業を4コマだけ終えた、ある金曜日の放課後。
一度帰宅して私服に着替え、陽の光の色が少し暖かくなった頃に家を飛び出した。行き交う人の数は少なかった。最寄駅のホームには全く人がいなかった。
通学と下校で乗り慣れた路線の電車に乗り、普段とは違う目的地へ向かう。ドームに一番近い駅は地下鉄のドーム前千代崎駅、若しくは阪神電車のドーム前駅だが、私は少し距離のあるJR大阪環状線の大正駅の方が好きだ。
ドーム前(千代崎)駅から地上に出ると、瞬時に別世界が現れるから、そちらも捨てがたい。しかし、大正駅が海に近い高架駅であるから感じることのできる、冷たくも心地良い風が好きなのだ。地上に降りるとすぐに出迎えてくる、緩い坂道が好きなのだ。川のすぐ隣の道を、名前も知らない同志たちとともに進んでいく光景が好きなのだ。
私がこの日選んだ路線は、JR線の方だった。
車両の中を見渡しても、乗客は少なかった。西日に背を向けて座席を確保し、ひたすら窓の向こうを眺めていた。同じ時間帯ではなかったかもしれないが、数年前の私が感じていた高揚感は、この通りだった。
試合が無いと分かっていても、数々の熱意がぶつかった舞台のすぐ側へ近づくのだと思うと、自然と胸が熱くなる。やはり、京セラへ向かうという行為は、特別なことだったのかもしれない。
――日本シリーズ第3戦、バファローズは本拠地・京セラドームで大敗した。私の好きなスワローズの選手が見せ場を作った。
京セラでの初戦を取られてしまったのだから、もう終わりなのではと思っていたが、翌日から2連勝。さらに日を置いて神宮でも2連勝を飾り、スワローズよりも先に4勝を挙げ、日本一に輝いた。
あの大敗を観た時、何故か私が諦めていた。バファローズの応援を諦めてこなかった私が、何故か日本一を前に諦めてしまっていた。あの時の絶念間近な感覚は、一体何だったのだろう。
嫌なことを考えながらトパーズ色の空を見つめていると、いつの間にか目的地に到着しているものである。
電車を降りた瞬間に吹きかかる風が、やはり魅力的だ。冷たくも心地良い風。優しく背中を押すような、夢の先へと連れて行ってくれるような、そんな気がする。京橋へ向かう電車を見送り、長い階段を駆け降りていった。私の足音だけが、静寂に響いていた。
地上に降り立つと、柔らかな西日が舗道を温めていた。
地元と変わらず、人の流れはほとんど無かったが、それで良かった。人の少ない大正駅前は初めて見たが、あの騒々しさの名残は健在だった。
鋭く冷たい、潮の混じった風が吹いていた。
ゆっくりと歩みを進めると、やはり日本シリーズの名場面の数々が思い出される。かつては忙しなく辿っていた道を、大事に踏み込んでいった。坂の頂上の大きな交差点を越えると、本当に近づいてくる。
緑を失った葉を地面に落とした木々が並ぶ川沿いの道を、ただひたすらに直進する。昂ぶりが止まらなかった。
阪神電車と地下鉄の駅の出口が見えたら、あとは左に曲がってエスカレーターに縋るだけで、京セラドームに到着する。
……そんなことは考えず、浮かれた気持ちで歩き続けていた。論理的に道程を考えることができなかった。しかし、それはこの道を通ればいつだって同じだ。
今日こそ勝てるかもしれない、あの選手のナイスなプレーを見ることができるかもしれない。画面を通して観るときには感じられない、一種の高揚感が生まれる。
「今日も観るか」と思い立ってから実戦を目にするまでの余白の時間に、現地観戦と画面での観戦とには大きな差があり、私はその余白の時間すらも愛おしく感じる。
京セラドームまでの長い道程の末、ドーム前のイオンモールで飲み物を、ドーム内でバルーンを買う。座席に着くと、好きな選手の名前が入ったタオルを肩にかけ、ユニフォームも相まって『オリックスファン』に変身する。
あの頃が素直に楽しかった。
この場所で生まれた一瞬のプレーが、記録としても、記憶としても語り継がれていく。私も誰かに語りたくなる一瞬が、思わぬ瞬間に誕生することだってある。語り合えないとしても、現地で同志たちと同じ瞬間に立ち会っていると、興奮を分かち合うことくらいはできる。
言葉の要らないあの空間。
私は、野球の現地観戦という営みに恋をしていたようだ。
次のシーズン、おそらくオリックスファンの数も増えていることだろう。
簡単に現地観戦に赴くことはできなくなるかもしれないが、あの空間を諦めたくはない。
虚しく吊り下ろされたユニフォームが、きっと今もクローゼットの隅で眠っている。来年以降のためにも、呼び起こしておかなければならない。
⒉歌詞
『うたかたは、とこしえに』
唄:初音ミク
詞:深山文歌
振り返るまでもない平坦な日常
ひとりになれば俯き膝を抱えるだけ
それでも私には大事な君がいる
今宵は心で躍り明かすよ
金曜日、夕暮れのループ・ライン
いつも目を輝かせている君に会いに行く
微風 薫る駅で降りたなら
そこは夢の舞台
虹が架かるだろう
あの時 君が花を咲かせてくれたから
泡沫の軌跡が大きく弧を描いて
私の永久の思い出に一筋
光が迸った
その両手が紡ぎ出す
努力と涙と憧憬の物語
“終わりは訪れるのだろうか”
疑いは要らない
君を信じている
叶うべき夢に向かって走るその姿は
誰よりも何よりも 眩しく美しいから
君を慕うすべての人の願いを
今宵は必ず、必ず…
あの時 君が泣きながら笑ってくれたから
泡沫は永久に形を変えて
語り継がれてゆく
語り継いでゆく
光はもう途切れない
その両手で掴み取った
名誉と戴きと歓びをもう一度
天を仰ぐ程に高く打ち上げて
笑う顔が見たい
君に心酔したい
坂を越え、交差点を越え、並木道を抜けて
開けた場所に佇む舟が私の居場所
一等の輝きを じっと見つめて
今宵は全霊で君の名を叫ぶよ
⒊動画(YouTube・ニコニコ動画)
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