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緩やかな金融危機の始まりか【相次ぐ銀行破綻の問題点】

3月に暗号資産やテック企業へのサービスを主体とするシルバーゲート銀行など、米国の相次ぐ銀行破綻について、状況を報告しました。
金融不安はその後もクレディ・スイスが経営に行き詰まり、買収による救済となったのを始め、経営不安がささやかれる銀行が相次いでいます。

世界規模の今回の金融危機、信用不安の背景には、「金融のデジタル化」という新たな要因もあります。これまでの対策とその問題点、今後の見通しなどをまとめました。

クレディ・スイス 社屋 同社ウェブサイトから

クレディ・スイスの行き詰まり

スイスの名門プライベートバンクのクレディ・スイスは3月19日にこれまでのライバル行だったスイス金融の最大手、UBSに買収されることが決まりました。

クレディ・スイス買収は2008年のリーマンショック以降、世界で初めての大型銀行救済であり、波乱を拡散させないためにスイス政府、金融当局が仲介し、極めて短期間で救済案が決定しました。

買収は30億スイスフラン(約4360億円)規模の株式交換方式がとられました。交換比率決定時、クレディ・スイスの時価総額は約74億スイスフラン(約1.07兆円)と言われ、半分以下の評価で買収されたことになります。

当初、UBSは買収に慎重な姿勢だと伝えられていました。
そのためスイス政府は買収したクレディ・スイスの資産から損失が出た場合に備え、90億フラン(約1.31兆円)の保証を与えました。

資産の査定に十分な時間がないための措置ですが、政府保証、つまり国民の税金が使われる可能性があるということで、いわゆる「ベイルアウト」(※)の処理も加わりました。

※ベイルアウト(bail-out)は銀行が経営に行き詰まったり破たんした時に、公的資金で救済すること。対義語がベイルイン(bail-in)で、救済にかかる費用を株主など関係者に負担させ、損失を銀行の内部に吸収させます。

新たな課題AT1債

一方で今回の救済では、投資家や債権者が損失を負担するベイルインの措置もありました。損失吸収のためにクレディ・スイスのAT1債の価値をゼロにするスイス監督当局の決定で、完全な元本削減となったのです。
削減して自己資本に組み入れられるAT1債は160億フラン(約2兆3000億円)といわれています。

今回クレディ・スイスの株主は、破綻で株価が半分以下に下がりましたが、買収のため無価値になるのは避けられました。一方、AT1債券保有者が無価値という予想外の負担をすることになったのです。

AT1債は、リーマンショック以降、「大きすぎて潰せない」金融機関などの救済への国民負担を回避しようと拡充された措置でした。
AT1債は株式と債券の中間の性質をもった証券で、発行する金融機関が破綻した際の弁済順位が普通債などに比べ低く、高いリスクがあります。

特徴は、発行元の金融機関がAT1債で調達した資金は資本金や利益剰余金などに組み入れることができ、投資家にもリスクが高い分、一般の債券、社債などより金利が高いというメリットがあります。このため欧米や日本でも、高い利回りを求めて広く買い求められている商品でもありました。

AT1債の発行額は世界で約2750億ドル(約36.3兆円)になるといわれています。今回、クレディ・スイスのAT1債が全損になったのに、株が一定の価値を残すという結果になりました。これはクレディ・スイスが破綻したのではなく、買収で処理されたためです。

クレディ・スイスのAT1債には「政府からの支援策があった場合、元本割れになる」との条項があり、これが発動されたためです。
AT1債が発行元の損失吸収に使われる条項は、財務悪化で自己資本比率が一定値に低下した場合など、各国でほぼ同じ内容が定められています。

そしてUBSとクレディ・スイスという巨大銀行を抱えるスイスは、独自に破綻のかなり前からベイルインを発動できる今回の「特別な政府支援」などの条項を加えていたのです。

「スイスには全額減損もある特別な条項があるということは機関投資家なら当然知っておくべきだ」という声も市場では聞かれます。
しかし普通株主は買収によるUBSとの株式交換で、保有株が全損にならないのに、会社清算の際の弁済順位が普通株より上位のAT1債が全損となるのは納得がいかない、という不満は多く、今後訴訟の可能性もあります。

この“AT1債全損”のインパクトは強く、市場ではAT1債の売却を急ぐ動きも現れ、AT1債は急落をしました。(下図参照)

日本経済新聞より

AT1債は低金利時代に高い運用利回りをもたらす商品として、欧米を中心に運用会社から年金基金も含め、多くの投資家の人気を集めていました。

今回のAT1債の全損処理はスイス独自の条項で、損失吸収は普通株の後だと、欧州中央銀行(ECB)やイングランド銀行はAT1債の信用不安の火消しに追われています。

しかし欧州の銀行を中心にAT1債の利回りが急上昇し、そのために債券価格が急落しています。現状の利回り高騰のため、AT1債の再発行コストが増加しており新規の発行は当面難しくなりました。
AT1債は今の金融システムには欠かせない資本調達手段になっており、このままでは金融不安を拡大する火種にもなりそうです。

クレディ・スイスの逼迫要因

クレディ・スイスの資本が傷ついた大きな要因は3つだといわれています。
グリーンシル・キャピタルの破綻と、アルケゴスキャピタルの破綻、および顧客資産の急激な流出です。

いずれも経営陣のリスク管理に対する認識不足や、投資銀行部門の拡大による事業多角化に伴うリスク拡大が原因となっているなどの問題も指摘されています。

①グリーンシル・キャピタルの破綻(2021年)

グリーンシル・キャピタルは、企業が売掛金を売却することで資金を調達できるようにするファクタリング(※)の一種のサプライチェーン・ファイナンスの専門企業でした。

同社は、顧客が発行する債券のリスクを引き受けることで収益をあげていたのですが、そのリスクを適切に評価できず破綻に繋がりました。また投資家から資金を集め、それをもとに新たな資金調達取引を行うというビジネスも展開していました。

しかしここでもリスクが読み取れず破綻の要因になりました。
クレディ・スイスは、2017年以降、同社に4つのファンドを立ち上げ、合計100億ドルの顧客資金を投資していたといいます。

※ファクタリング(factoring)とは、企業が発行した売掛債権を、金融機関などの第三者(ファクター)に買い取ってもらい、即金での資金調達を行うことを指します。
ファクタリングにより、企業は請求書の回収期間を待つことなく、現金を手に入れることができます。また、売掛債権をファクターに売却することで、債権回収にかかる手間やコストが削減できます。

②アルケゴスキャピタルの破綻(2021年)

これについては以前このレポートでも取り上げましたが、ファミリーオフィスのアルケゴスキャピタルの倒産(2021年)では、クレディ・スイスが過大な信用を供与しリスク管理を怠っていたため50億ドル(5500億円)の損失を被ったともいわれています。

これがきっかけとなり、ヘッジファンドなどに信用を供与するプライムブローカレッジ業務を閉鎖、主な収益源の一つを失いました。

③2022年の経営不振による顧客資金流出(2022年)

クレディ・スイスの致命傷は、2022年末までのソーシャルメディアによる経営不安騒動と、2023年3月のシリコンバレーバンクの倒産に伴う急激な顧客の資金流出でした。
クレディ・スイスの発表によると2022年11月にはウェルスマネジメント事業で約840億スイスフラン(約12兆円)が流出し、第4四半期に合計で1105億フラン(約16兆円)が流出したようです。

以上の事案に対し、クレディ・スイスの経営行き詰まりはずさんな経営が招いた個別問題という見方もありました。

クレディ・スイスと買収するUBSの総資産の合計は、スイスの国内総生産(GDP)の2.7倍と巨大です。クレディ・スイスは「世界的な金融システムの安定に欠かせない銀行」(G-SIBs)にまで選ばれた銀行で、これまでも高めの自己資本比率が義務付けられるなど厳しい監督下にあったはずです。

しかしクレディ・スイスの事実上の破綻は、金融危機以後の世界の規制の枠組みの限界を示したものともいえます。世界の金融安定は、2007年夏以降の金融危機をきっかけに、規制の見直しが進められ、自己資本比率や流動性比率について統一基準の枠組み(バーゼル規制)をもとにシステムの安定が図られてきました。

しかし、今回の混乱はこの数値を基本とした規制での難しさを露呈しています。クレディ・スイスの経営に対し、金融当局は数値基準を守らせることはできても経営の問題に対し適切な指導や規制が出来なかったのです。
このような点から、金融当局のこれまでの監督、規制の在り方についての見直し論も出始めています。

以上クレディ・スイスの救済の問題点をみてきましたが、米国のシリコンバレーバンク(SVB)の破綻対応でも、課題が見えてきています。

米国の救済における問題点【全額保証への批判】

米国財務省と米連邦準備制度理事会(FRB)、米連邦預金保険公社(FDIC)は、シルバーゲート銀行、シリコンバレー銀行、シグネチャー銀行の破綻に際し、預金の完全保護を保証しました。

その狙いは、各行の預金を持つ新興企業の給料保全、従業員の雇用確保、倒産回避から、金融不安による預金取り崩しの他行波及を回避するためでした。

米国ではリーマンショックにおいて、銀行救済に国費=国民の税金を使い批判を浴びました。このため米連邦預金保険公社が管理、運用する預金保険制度が拡充されました。

この制度により、もし銀行が倒産しても預金者が銀行に預けた預金に対して、最大で1口座あたり25万ドル(約3380万円)までの保険が提供されています。

ただし、すべての預金が保険対象となるわけではありません。たとえば、株式や債券などの投資商品、預金証書、外貨預金、個人年金などは保険対象外となります。

保険の支払いにはFDICの預金保険基金が充てられます。FDICの基金残高は2022年末で1282億ドル(約17.2兆円)で、保険の対象となる預金総額の1.27%に相当します。

モラルハザード

今回の全額補償への批判は、預金全額保護の安心感は、預金者も含めた経営監視を弱め、銀行の経営リスクを高める、というモラルハザード論でした。

その結果、金融業界のダイナミズムを衰退させるとの指摘もあります。
米国では2019年と2020年にも各4件の銀行破綻がありました。

今後、金融破綻が継続する場合、同様な全額預金保証ができるのか。FDICの基金がどこまで対応できるのか、といった課題が浮かび上がっています。

信用不安の高速伝搬による「デジタル・バンク・ラン」

先のレポートでもお伝えしましたが、破綻したシルバーゲート銀行は、2022年9月末の119億ドル(約1兆6065億円)のデジタル資産が、取引のあった暗号資産取引所大手FTXの経営破たんの影響を受け、同年末には預金残高が38億ドル(5130億円)まで落ち込んでいます。

さらにSVBでは破綻前日の2023年3月9日の1日だけで預金残高の4分の1近い420億ドル(約5兆5000億円)が引き出され、9億ドル超の資金不足に陥り、SNSによる初の取り付け騒ぎ(※)  =「デジタル・バンク・ラン」とも言われています。

顧客の預金引き出しは大半がネットバンキング経由での流出でした。SVB破綻について、「異例の速さと規模で起きた取り付けだった」と状況を説明するFRBのパウエル議長は、「歴史的にも例がない極めて速いスピードで事態が進んだ」と振り返っています。

※取り付け騒ぎ = bank run  金融機関や金融制度についての信用不安などから、預金者が預金、貯金、掛け金などを回収しようとして金融機関の窓口に急激に殺到し、混乱すること

デジタル・バンク・ランを引き起こしたSNSは、銀行の経営環境を一変させた「ゲームチェンジャー」になっているようです。

この洪水のような預金流出も、現代の金融破綻の特徴と言えます。
SVBの破綻に際しては、直前に様々なベンチャーキャピタルが出資先のスタートアップに「危機に直面している。預金を引き出せ」と指示したといいます。

SNSでは根拠のない多くの危機情報が拡散しました。個別レベルでは適切な助言でも、全員が同じことをすると破滅的な事態になることも今回分かりました。

金融のデジタル化が急速に進むことによって、情報や資金の流れがより速く、広範囲に行われるようになり、従来の金融システムが対応できなくなっている。そのような問題も浮かび上がっています。

預金の粘着性の喪失

従来、銀行預金にはストレス状況下でもすぐには逃避しない顧客の預金の傾向 = 粘着性がありました。
銀行は、負債から生じるキャッシュフローを見積もる際に、資金調達源の“粘着性”を評価します。商業銀行にとって、粘着性の高い預金への依存度が高い場合、流動性の危機を免れることができるのです。

銀行にとって、顧客の預金が粘着性を持つことは非常に重要です。
顧客の預金が粘着性を持つ場合、銀行は長期的な視野で資金調達ができるため、流動性の危機を免れることができます。

また、顧客にとっても、銀行のサービスや利率、手数料などに満足している場合には、長期的に銀行に預けることができます。そのため、銀行は顧客との関係を長期的に維持するために、様々な施策を講じています。

この預金の粘着性がなくなりつつある、という現象が今回の銀行破綻で見えて来ました。この高速の預金流出、資金流出にどのような規制ができるのか、危機管理をするのか。これも今後大きな課題になりそうです。

米国、中堅金融機関の規制課題

今回の金融不安はこれまで中小規模の金融機関から発生しています。いずれも経営ボードの杜撰なリスク管理、資金運用が指摘されていますが、監督の不足も要因になっています。

米国ではトランプ政権の2018年金融規制改革法が改正されました。
FRBによるストレステスト(健全性審査)の対象銀行が、連結総資産500億ドル以上から2500億ドル以上に引き上げられたのです。

今回破たんしたSVBの総資産は約2090億ドル(約27.8兆円)、シグネチャーバンクが約1103億ドル(約14.7兆円)でともにFRBのストレステスト対象から漏れていました。

ただFRBはSVBの経営状況について、2021年以降、流動性のリスク管理、取締役会の監視機能の不備などについてたびたび警告してきたことを明らかにしています。このために今後経営陣の責任と、FRBの是正措置の強制力などが論議されそうです。

このような状況から、バイデン大統領は前政権の“改悪”を批判しており、FRBは資産規模1000億円(約13兆円)以上の中堅銀行への資本や流動性についての規制を厳しくする方針を示しています。

また今回続いた中堅銀行の破綻、経営の行き詰まりは、預金者不安を煽り、地方銀行などからの預金流出、少数の大銀行への預金集中という現象をも招いており、今後の金融システムのバランスを崩しそうです。

FRB NHKより

今後の金利政策

今まで見てきたような世界的な金融不安を抱え、その動向に大きな影響を与えるのが米連邦準備理事会(FRB)の政策金利です。そして3月22日、FRBは0.25%の引き上げを決定しました。

市場には金融システムの不安を背景に金利据え置きの予測もありましたが、当面はインフレ抑制というこれまでの姿勢を維持した形です。
しかし、株式相場など市場では利上げによる景気の引き下げ懸念もでており、金利調整とインフレ抑制という難しいバランス操作がFRBなど中央銀行に課せられています。

利上げを止めたら、インフレが止まらなくなる。
このようなリスクを指摘する声もあります。

FRBの利上げは昨年からの累計で5%近くになります。しかし米国の個人消費支出(PCE)物価(エネルギーと食品を除くコア指数)の前年同期比5%近い高騰は、今年2023年になっても収まりません。

特にサービスは6%に近い上昇で、人手不足による賃金上昇は、その対策が見つかっていません。このサービス業を中心にした労働市場には、構造的問題もあると指摘されています。その構造の一端を以下に観ておきます。

今のインフレの構造問題

新型コロナの感染が収束し、これまでの主要なインフレ要因だった原材料やエネルギーなどの資源価格の高騰は、ピークを越えたようにも見えます。
サプライチェーンの問題も収束傾向にあります。
これら構造的要因で、最期まで残っているのが労働市場の逼迫です。

今指摘されているのはコロナ禍による高齢者の労働市場からの退出が増えたことです。米国では高齢者を中心に労働参加率が1%減少。労働力は2ポイント程度低下したといわれています。

そしてこの高齢者が、コロナ感染が収まりつつあっても現場に戻らない現象が起きています。高齢者に限らず、豊かな生活を求めあくせく働くより、時間の余裕のある暮らしを、という考え方が広まったとの指摘もあります。

サービス需要も回復しつつあるのですが、このような背景で労働需給のひっ迫は続き、賃金インフレのスパイラルが続いています。このような傾向は先進各国に見られ、最後まで残る課題になりそうです。

余剰資金と含み損のリスク

以上見てきましたように、AT1債はじめ債券価格の急落、金利の上昇が続いています。この状況で懸念されるのは銀行が保有する債券の含み損の増加です。

新型コロナ対策としての金融緩和が始まった2020年以降、米国を始め各国の金融機関は貸し出しに回さなかった余剰資金を国債や住宅ローン担保証券(MBS)などに投資してきました。

預金取り扱い機関の債券保有比率は、2022年3月時点で米国が約30%、日本が14%、欧州が12%に上ります。そして米国の銀行の保有証券の含み損は、2022年10月~12月期に6200億ドル(約81兆円)に膨れ上がっています。

今後の金利上昇が、膨大な含み損への懸念を呼び、思わぬ信用リスクを招く可能性もあります。今回の金融危機は、SVBやクレディ・スイスなど個別の銀行が火種にはなりましたが、そこにくすぶった問題点や課題が、緩やかとはいえ今や世界的な金融不安、信用崩壊のリスクをも抱え込んでいるといえそうです。

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