見出し画像

「映画を早送りで観る人たち」〜コスパ至上主義の怖さ


タイトルを見た時からすごく読みたかった。

某大学生128人にアンケートをとったところ約3.5割が「映画などは日常的に早送りで観る」、「時々早送りで観る」を合わせると約8割の学生が「早送りで観る」という結果がでた。

スマートフォンの広まり、動画視聴技術の発展、見放題サブスクの流行といった背景とSNS利用の拡大により「知識」「話のネタ」として映画をひとつのコンテンツとして「消費」する人が増えている現象について語られている。

思春期に雑誌「スクリーン」や「ロードショー」を読み、外国人や外国のストーリーに憧れ、夢見ていた僕にとっては、考えもつかなかった現象。
と同時に、これからヒトの情緒やモノを愛しんだり、他人を慮る心がどうなっていくんだろう、という事が気になり、この本が読みたかった。

「コスパ至上主義」


僕が苦手な考え方。   
「だからオマエは儲けられない」といわれそうだけど、僕には難しい。

「コスパ良く、数字を上げる事こそが、勝ち」という考え方。

僕の仕事であるサービス業は「コスパ」というひと言で詰めづらいことが少なくない、と思っている。

コスパって
「いかに無駄なく、(コストや時間もかけず)目的(数字)を達成出来るか?」ってことでしょ。
昨今の若い起業家の言う「DX化」はその言い回しを変えたようにしか、感じない。

数値化というストレス

そういえば、同年代の会社を経営している友人は「数字を持ってない人間は、生きてる価値ないよ。」とよく言っていた。
新卒から割とベターっとサラリーマンでやってきた僕には、グサッときた言葉だし、いつ思い出しても厳しい言葉。

仕事ではサイトのPV数やフォロワー数、そして売上額が日々仕事の結果として求められる。
そして個人でも何かしらSNSに登録をしているから、
日々朝起きてから眠る寸前まで、見知らぬ誰かのフォロワー数と自分のフォロワー数を比較したり、誰かの素敵な生活を見てしまう。
「あなたの数字(フォロワー数)は、今まであなたがやって来た結果です。」
と言われたら、その通りの気がしてしまうし、
自分のInstagramひとつとっても、好きでやってるにも関わらず、小さな負け体験(フォロワー数)が積み重ねられているような気がする時がある。
(結局、自らSNSを見にいって、勝手に気持が沈んだり、めげてしまうのも自分なんだけど。)

確かに結果が数値化されている日常。
仕事は結果を出さなければいけない。
だけど「結果」は必ずしも「数字」じゃない。
「結果」で大切なのは「人間関係」じゃないかと思う。

話がちょっとそれたかな。

無駄な時間について

僕は旅行が好きだ。
旅は単なる1経験、1体験って数えてはいない。(よく渡航国数で語る人もいるけど) 

その場所に降り立つことは、行かないよりマシではあるけれど、
僕の経験上、強く思い出に残る印象的な旅は、得てしてトラブルや無駄がつきものだった。

海外なら余計
言葉も文化も、環境も、ルールも普段とは違うから、パッケージツアーじゃなければ、計画通りに、まず進まない。(と、思った方が良い)

寄り道、道草、方向音痴(僕)ならではの迷い道も少なくない。

そんな時間を貴重な旅行中に無駄に過ごした後だからこそ、それを超えて目的を果たせた満足度は大きい気がする。
旅行中の無駄な時間とは、すなわち遠回りして不安や不便を感じた時間だ。
そんな計画もしていなかった無駄な時間(カタルシス?)を越えた時こそ感じる、強い達成感や満足感を『不便益』と呼ぶらしいけど、
旅行はまさに不便益だらけ。
だから、旅行が好き。

無駄な時間は、悪くない。

時代の流れではあるけれど。


旅や体験をコンテンツ(情報)化する考え方をする人も、いずれ増えてくるだろう。
オンラインツアーが安いからといって、常識にならないことを祈る。

だって人生という旅は、ホントーに一筋縄ではいかないんだもの。

かわいい子には旅をさせろ、というでしょう。
若い内に、無駄な時間、無駄な喧嘩、無駄な失敗は、いっぱいしたらいいと思う。

意図してなかった面白い人間関係も出来たりする。
人間味が、やっぱり後から(人生の後半戦から)効いてくるなぁと思っている。

人間関係を自体をコスパで考える人は、愛が全然 ない。
愛なんか最も無計画で、無駄な時間になり得る、と思う人もいるだろう。

僕には出来ない(向かない)
映画の早送り。

そう。僕にとって映画も旅も単なるコンテンツでは、決して、ない。
僕自身を作ってきた大切な体験だ。

とても楽しく拝読できた久しぶりの本だった。

この記事が参加している募集

今こんな気分

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?