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【青春恋愛小説】いつかの夢の続きを(7)

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〈7〉愛は誰かに見せたり、まして誇るようなものではなくて

目が覚めると、また夜明け前。
東雲の空はまだ暗い。
とりあえず冷凍のご飯をレンジで温め、昆布の佃煮を乗せて食べた。
フリーズドライの味噌汁が、晩御飯を食べていなかった体に染み渡る。
恐らく、塩分が不足していたのだろう。体の隅々に染み渡る感覚が堪らなかった。
これがよくCMでスープを飲んだりした時に『ほっとする』という気持ちなのかは定かではない。

ただ、一つ言えるのは、5月の夜は、それなりに汗をかくと言うことだ。
しかも、寝巻きに着替えることもなく、爆睡を8時間。暑さのあまり、掛け布団を蹴飛ばしていた。
その姿を見ると、美夜子の父が泣くだろうな。
食後にシャワーを浴びた。
髪を濡らすと、まだ美夜子のシャンプーの香りがした。
途端に胸がキュンとなり、自分の髪を嗅ぎ続けた。
しかし、鏡に映るその姿が馬鹿らしくなり、早々にやめてシャンプーを手に取る。

なんだかんだ、いつも使っているシャンプーの香りが落ち着く。
また沙友理に突っ込まれるだろうが、言い訳はどうにかなるだろう。
シャワーを済ませて髪を整える。
お肌のケアも入念に行い下着を着け、制服を見に纏う。
黒のニーハイソックスが太ももに食い込んだのを見て、太ったかなと心配する。
できれば脂肪は胸に付いてもらいたいが……望み薄か。

登校までまだ時間がある。
朝の情報番組をザッピングしても、どこも同じテイストでつまらなかったのでテレビは消した。
暇を持て余したので、少し遠回りをして学校へ向かうことにした。
マンションを出て、いつもとは逆方向へ向かう。
まだ顔を出したばかりの太陽が眩しい。
今日は快晴。空は青すぎるくらいだ。
気温の上昇が夏の気配を感じさせる。が、これぞ春の陽気の本番なんだろうと、私は思った。

街路樹は青い葉を蓄え、蜜蜂は春の花の蜜を採りに飛んでいる。
風が心地いい春の朝。
爽やか過ぎて私は消し飛んでしまうんじゃないかと言うくらいだった。
そう、澱んだ私なんかが居ていいのかと思うくらいだった。
大きな河川を渡る。立派なトラス橋にも気持ちのいい風が吹き付け、私の澱みを浄化する。
私の隣を歩く柴犬が、こちらを見ている。
飼い主に少しリードを引っ張られて飼い主の隣に戻って行った。

橋を渡り終えた交差点で信号待ちをする。

「あれ?」

見覚えのあるポニーテールの高身長の女性が、向こう側で信号待ちをしていた。
ジョギング中だろうか、上下スポーツウェアでスポーツシューズを履いている。
向こうも気付いたのかこっちをジッと見ている。

「お、おはよー」

私がすれ違いざまにそう声を掛けると、美夜子はそのまま走り去ってしまった。
まあ、ジョギング中だから仕方ないかと思い私はそのまま信号を渡り、駅前方面へ歩く。
駅を越えると、いつもの通学路だ。
コンビニの広い駐車場には、何台も大きなトラックが並んでいる。
目の前の国道を少し行けば高速道路の入り口があるからだろうか。

24時間営業の牛丼のチェーン店からいい匂いが漂い、私も思わず入ってしまいたくなるくらいだったが、流石に朝から牛丼は、と思い踏みとどまった。
昔、朝早い撮影の時には、早く食べれるからと、父に連れてきてもらった記憶があるが……今はもう、それをすることはない。
のんびり春の風を浴びながら歩く。大きくなりすぎた土筆が植え込みにいくつか生えていた。

ローファーが奏る靴音が好きで、飽きずに歩いていられる。
自転車通学から、徒歩通学に変えた時、初めて自分でも知った。
中学は運動靴で登校するように校則が決まっていたので、高校からはかなり新鮮だった。
ドラマの小道具で使うような紺色のナイロン製の通学用の鞄も、トラディショナルな制服も、中学生ながら高校生役を演じていた頃に憧れたものだ。

行き交う車を見ながら私は歩き続けた。
信号待ちをしている黒のミニバンの窓が開くと、ひょっこり顔を出したのは、鯖江健斗だった。

「おはよ!よかったら乗ってく?」

「あ、おはよう。ううんのんびり行きたいから……ありがとね」

運転席のマネージャーが少し怒り気味で目立つから閉めろと言うと、健斗は渋々窓を閉めた。
クラスメイトとはいえ、人気俳優だ。
往来のど真ん中で、顔を出すのは目立ってしまう。
だから基本的に、プロダクションの車で通学している。
また信号を渡ってしばらく歩くと学校の最寄駅が見えてくる。
自動販売機で飲み物を買い、私は駅を越えてさらに歩く。

登校時間にはまだまだ余裕があるが、部活の朝練の時間なので校門は開いているはずだ。
私はそのまま学校へと向かった。
昨日の5時限目以来の学校。
何の変哲もない、一般的な県立高校の門を潜る。
少し長いアプローチがあり、昇降口で上履きに履き替える。

人の少ない校舎内だが、私は普通にさっき買ったコーラを片手に階段を上り、4階を目指す。
この高校は学年が上がるごとに教室が下の階になるシステムだ。
一年生の私は最上階である4階に行かねばならない。
ただ、教室の鍵が開いていなければ、職員室まで取りに行かなければならず、その職員室は2階だ。
もし、鍵を取りに行くことになるのであればまた降りて来て鍵を取り、そしてまた階段を昇らなければならない。
であるなら、先に職員室に寄ることにした。

相変わらず、ノック3回をし失礼します、と言いドアを開けた。

「あら、おはよう」

「おはようございます。先生、昨日はありがとうございました」

出入口付近にいた上坂先生に昨日のお礼を言う。

「いいのよ。それよりお母さんどうだったの?」

「はい……まあ大丈夫でした。暫く入院が必要って言われたんで、今日も放課後に行く予定です」

「たしか、お父様は昨年に離婚されていないのよね? 一人で大丈夫?」

「まあ、祖母が手伝ってくれるので……と言っても、祖母も祖父の介護があるんで毎日は厳しいって。デイサービス行く日なら来れるとのことでしたんで、明日とかは大丈夫って言ってました」

「そう、大変ね。咲洲さんも無理しないようにね。先生も出来うる限り力になるから」

「ありがとうございます」

私はキーボックスから1年C組の鍵を取り職員室を出た。

「咲洲さん!」

「何ですか?」

「これ、落としたわよ」

鞄に付けてたライオンのマスコットのボールチェーンが外れており上坂先生が持って来てくれた。

「これって……」

「昔演じた役の子が同じように鞄に付けてたんです。美術さんにプレゼントされて」

「あ、私もそのドラマ見たことあるわ。面白かった」

「ありがとうございます」

私の足跡は、どこにでも付いているんだなと思わされた。
中学の時は全校生徒、私の出演作品を見ていたし、何なら校長先生も見ていた。
そして、皆んなの自慢だった。
あの咲洲ひなと同じクラスだとか、同じ学校だとか。
私には、もしかしたらプレッシャーだったのかもしれない。
そんな期待を背負ってまでやっていたわけじゃない。
自分がやりたいことをやっていただけ。ただそれだけだ。
いつしか、両親が期待し始め祖父母が幼馴染が友人達がとそれは波紋の様に広がっていった。
私はそんな、立派な人間じゃない。
一流スポーツ選手みたいに立派な信念やメンタリティを持ち合わせているわけではないし、まして聖人でもない。
皆んなと同じような、そこら辺にいる高校生だ。
転べば擦りむくし、赤い血も出る。

「咲洲さん?」

「す、すみません。ちょっと考え事してました。これ、ありがとうございました」

私はそう言うと教室に向かった。
誰もいない教室。窓際の席にも誰もいないし、教卓前、私の隣、どこを見ても誰もいない教室。
黒板は綺麗にされており、深緑に白いチョークで今日の日付が端っこに書かれていた。
日直は立山と咲洲となっていた。

「あ、私日直か。早く来て正解だったかも」

先週あたりから、今週に日直の日があることはわかっていた。
上坂先生の取り決めで、席順で日直を日替わりでやり、2周したら席替えをするシステムがこのクラスでは導入されていた。
クラスは36人。横に6列あり、縦にも6列の配置。
日直の順番は入り口側の横2列の先頭の隣り合う2人から始まり、そのまま後ろに流れていく仕組みだ。
最後尾まで行くと、隣の2列の先頭に戻り、後は同じ形で進んでいく。
前回は特に意識せず一言二言業務的な会話程度しかしていなかったが、今日はどうなるのだろうか?

美夜子が学校では平静を装おうと言うのも理解しているが、素っ気ないのは違うと思う。
だが、朝すれ違った時、気付いていたはずなのに、声を掛けてこなかったことが気になっていた。
確かにジョギング中であることや横断歩道の真ん中であったこともあるし、時間もそう悠長にしている余裕がなかったのは確かだが、挨拶くらい返してくれてもよかったのではないかと、今になって考え始めた。

またやって来たもやもやが、少し嫌になって私は自分の席に座って机に伏せった。


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