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【青春恋愛小説】いつかの夢の続きを(8)

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〈8〉悲しみにもなれない名もなき感情は、涙でも流れずに降り積もる

「あれ、陽菜今日は早いね」

「日直だからね。それに昨日早退したのもあるし」

「別に早く来たからって、単位にはならないと思うけど……」


「わかってるよー」

私はうつ伏せたまま、沙友理と話していた。
ちらほらと教室内の席が埋まっていく。
健斗も隣で普通に座って台本のチェックをしていた。
美夜子はまだ来ていなかった。まあ、家からそう遠くないと言うのもあり、少しゆとりがあるのだろう。

「昨日、何で早退したの?」

「え……っと、お母さんが倒れちゃって……」

「え!大丈夫なの?」

「うん。元気は元気だけど、念の為少しの間入院することになって」

「そうなんだ。大変だね……」

心配そうに沙友理は私を見るが、私は作り笑顔で「大丈夫」とだけ言っておいた。
沙友理が他のクラスメイトの元へ行くと、丁度、美夜子が教室に入ってきた。
私はそれを見て教室を出て行った。
ずっと教室にいるのもなと思ったのと、やっぱり少し一人で考えたい事があると思ったからだ。
廊下の窓を開けて、外の空気を吸う。
花粉症ならば鼻がズルズルになる季節だろうが、私は幸いそういう類のものは持ち合わせていない。

「あ、咲洲さん。教室入ってね」

「もうそんな時間でした?」

「ちょっと早いけどね」

上坂先生に言われるがまま、私は教室へ戻った。
私達が教室に入ると、流石に先生が入って来たとあり、皆が自分の席に着席した。

「えっと、ちょっと早いけど朝のホームルームを始めます。早く始めるのには理由があるんですけど、今日は転校生の紹介をしたいと思います」

転校生? クラスの誰もがそんなことを聞いた覚えがない。
それに、この時期に転校生とはまた珍しい。
転勤シーズンでもあるまいし、引越しシーズンでもない。
そもそも、転校するほどの距離の転居をするのもあまりないと思うが……。

「えっ、あ、大阪から来ました、平岡紗季です。よろしくお願いします!」

男子が歓喜の声を上げる。
女子はそれを白けた目で見ていた。
私はどちらでもなく、推測を延々と脳内で繰り広げていた。

「それじゃあ、日直の二人、用具室に机と椅子取りに行ってもらえる? 平岡さんはこれに座ってて」

上坂先生は、教諭用の椅子に平岡を座らせた。
緩い癖毛と、小柄な背丈が、本当に同い年なのか、疑問に思わせる。
一緒に立ち上がった美夜子も逆の意味ではそうだが、平岡は小学生に見られてもおかしくはないくらい、童顔だった。

「用具室って一階だったっけ?」

私が美夜子にそう聞くと、美夜子は返事をせずにこくりと頷くだけだった。

「ごめんね、昨日はバタバタしてて、荷物取りに行った時いなかったから」

「お父さんが、嬉しそうにサインを額に入れて道場に飾ってたわ」

「あー、サインね」

階段を降りながら会話をする。
朝のこともあり、少し不安だったが、私の思い過ごしだったようだ。

「それで、お母さんは大丈夫だったの?」

「うん。しばらく入院。欠落していた記憶が戻ったみたいで、それでカウンセリングとかも含めて入院することになった」

「え、記憶?」

「あ、言ってなかったか」

私は美夜子にそれを伝える。
親の離婚のこと、その原因のこと。それに伴う私が芸能界から去った経緯を話した。

「陽菜は悪くないでしょ」

「私もそう思う。けど、お父さんもお母さんも好きだからさ、それに宮原さんも信頼してたから……。私がお芝居したいなんて言わなければって思うこともあったりね」

「それは結果論よ。それ以上に、陽菜はみんなに幸せを届けてる。お釣りが来るくらいにね」

用具室から机を美夜子が、私が椅子を持ちながら階段を昇る。
軽々持って上がる美夜子が羨ましかった。
私も、こんな強い人になれたらなと思っていたら、椅子の足を引っ掛けて脛にぶつけて悶えていた。
教室に戻ると、結構盛り上がっており、平岡もすっかり馴染んだ様子だった。

「すみません。ありがとうございます」

「お礼なんていいよ。それよりクラスの皆んなと仲良くなれたみたいだね」

「あ、あの、咲洲ひなさんですよね?」

「え、うん、そうだけど……」

「朝ドラ見てましたよ!確か撮影大阪でしたよね? それこそ咲洲でやってたって聞きましたけど」

「うん。よく知ってるね」

「そら、咲洲って苗字やし、大阪人は馴染みのある地名やから」

確か大阪の咲洲には府庁が入っていた気がする。
それにイベント会場とかもあるから、漫画やアニメのイベントも何回か行った気がする。

「平岡さんは、意外とミーハーなの?」

「ちゃいますよ!大阪人は皆んなこんなもんです」

大阪の有名人へのコミュ力は凄いと先輩俳優から聞いたこともあったが、こんな同い年の子供までそうなのか……。

「さ、お喋りはそこまでにして、平岡さんは申し訳ないけど一番後ろの席になるけど、大丈夫?」

「あ、構いませんよ」

机は美夜子がすでに設置済みなので、平岡は椅子だけを持って自分の席に向かった。
そこからは何の変哲もない日常がただ、流るるままで、昼休みになった。
味を占めた私は再び中庭に向かい、食堂の戦利品であるたまごロールとツナサンド、自販機で買った缶コーヒーを手にしていた。

こんなに落ち着く場所、誰も近寄らないのが不思議だが、そういえば屋上庭園があるとか言ってたし、客足はそっちに取られてしまったのだろうか?

「あ、いた」

声がした方に目をやると、そこにいたのは平岡だった。

「沙友理ちゃんに聞いたら、昨日は中庭におったって言うてたから」

「平岡さんも食堂?」

「ううん、お弁当やで。うちのお母さん、前まで小料理屋やってて、めっちゃ弁当美味しいねん」

「へぇ」

見せてもらうと、そもそもお重のような弁当箱に綺麗に盛り付けられている一品の数々。

「前は仕出し弁当の残りもんしか入ってなかったけど、今日は私の為に作るってなんか張り切ってたなぁ」

「お店はもう閉めちゃったの?」

「うん。お父さんが大出世してな、大阪離れんとあかんくなって、結構長い間家族会議になって……そしたら変なタイミングになって……お父さんだけ先にこっち来ててんけど、私らは後から」

平岡にお父さんの会社名を尋ねると、誰もが知っている企業の名前が出てきて驚いた。
そのほか、家族構成を聞くと、弟が二人いるようだ。

「双子でめっちゃ可愛いねん」

「へぇ」

私はツナサンドの最後の一口を口へ放り込む。
缶コーヒーを飲んで大きな息を吐いた。

「てか、陽菜ちゃんえらい渋い食べ合わせやね」

「え? ああ、昔からケータリングで慣れてるから」

「なんか、そう言うところ芸能人って感じやわ」

私はチラッと図書室の方を見る。
また美夜子は笑いながら誰かと話している。
誰だ、誰なんだ。男子であるのはわかるが……。

「どうしたん?」

「いや……」

「あれって陽菜ちゃんの隣の席の……立山さん?」

「うん」

「なんか、陽菜ちゃんと違うタイプのべっぴんさんやんな」

「私はそうでもないけど」

私は少しもやもやしていた。
昨日はすっかり忘れていたが、このもやもやがまた押し寄せる。ステージのCO2のように、靄をかけるせいで光の筋がはっきり見える。
嫉妬、なのだろうか。

「平岡さんは、好きな人とかいた?」

「え、何? 急に」

「どうなの? 大阪で彼氏とかいたの?」

「えっと……実は中学の時にバスケ部の先輩と……ああ、私バスケ部やったんやけど、怪我してからは男女兼任のマネージャーやってん。それで、三年生のエースの先輩と」

「その人とは続いてる?」

「先輩が卒業したら、なんか自然消滅した感じかな。しばらく連絡ないなーって思ってたら駅前で別の女の子と手繋いで歩いてるの見て、気付かん内にフラれてたんやって思って」

「その時って、嫉妬とかしなかったの?」

「どうやろか……嫉妬よりも、スッキリしたかな。やっぱり、有耶無耶よりハッキリした方がええに決まってるやん? だから、あの人はもう恋人ちゃうってハッキリわかったほうが楽やった」

「そっか……」

「え、陽菜ちゃんも恋に悩んでる感じ?」

「そうじゃないけどさ」

私は仰け反りながら空を見る。藤の蔓の隙間から青空と白い雲が見える。
時計を見ると、あと15分は休憩時間が残っているが、平岡も食べ終わったことだしと、教室へ戻ることにした。


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