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【青春恋愛小説】いつかの夢の続きを(9)

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〈9〉なぜこんな寂しい場所へ来たんだろう、ひとりでは空が青すぎるのさ

教室に戻った私達に待っていたのは、平岡に対する嫉妬だった。
沙友理は平岡に詰め寄り、自分の陽菜を取らないでと言うが、もちろん冗談である。

クラス内ヒエラルキーで私は例外という立場になりつつあるらしい。
なんだかんだで、元人気子役という顔の広さと好感度で、どう立ち回っても私が頂点になってしまうからとのことだ。
そのピラミッドの上の方にいるヤンチャな男女も私を『ひなっち』と呼び、一定の距離感を保ちながら接してくる。
美夜子は、この前の3年生の男子を撃退したのが皆んなに見られており、最近では一目置かれているような感じで私と同じく例外扱いのような感じだ。
平岡はまだ品定め中。
大阪出身ということで大阪弁で喋られると怖い印象になっているようで、少し距離を置かれているだろうか?
私は、話しやすいなと感じるくらいだが……。

沙友理は万能プレイヤーのようなイメージ。
誰とでも接するのが上手い。男女問わず、ヒエラルキーの上下問わず、コミュ力お化けだ。
そう考えてみれば、沙友理と似たようなタイプの男子である池田裕の存在も大きく、この二人が全てのバランス調整をになっている。ハンバーグで言うパン粉の役割だ。

午後の授業が終わり、私は帰り支度をしていると、お先と言い急ぎ足で教室から出ていく鯖江の姿があった。

「このクラス、ヤバない?」

平岡がふとそう言うと、周りは「それな」と返した。
平岡は元々明るい性格だからか、笑いのセンスが鋭い。
昔にバラエティ番組に出た時、大御所司会者の人と喋っているだけで私も面白い人間に見られたことがあったことを思い出した。

「そりゃ、新喜劇で鍛えられてるからなぁ」

さらっと平岡はそう言うが、見るだけでどうこうなるものではないだろう。

「まあ、弟とかとよくこうやってゲラゲラ笑ってるから」

そう言うと平岡も鞄を持って「弟のお迎え行かなあかんねん」と言い、教室を出て行った。

「陽菜、帰ろ?」

「ごめん、お母さんの病院寄らなくちゃいけないから」

「あ、そっか」

「うん、学校にタクシー呼んでるから……あれだったら途中まで相乗りする?」

「え、いいの!」

沙友理は飛び跳ねながら喜んだ。
それを聞いていた隣の美夜子は澄ました様子で教室を出て行った。

「ね、昨日もそうだけど、立山さん気になるの?」

「なんで?」

タクシーの車内で沙友理はそう問うて来た。

「いや、なんか見る目がなんか違うんだよね。そういえば、三年の三島に絡まれてた時助けたの立山さんだったよね。もしかして、それで惚れちゃった?」

「そんなわけ……」

あの時の三年生は三島っていうのを今知った。

「てか、シャンプー戻った?」

「え、ああ、アレ実は試供品だったんだ。でも、良かったからかえよっかなーって」

「へぇ、確かに良い香りだったしいいと思うよ」

駅前に寄ってもらい、そこで沙友理を降ろして、タクシーは病院へと向かった。

「お母さん」

「陽菜。そんな無理して来なくてもいいのに」

「昨日、明日も来るって言ったじゃない」

「有難いけど……」

病室に入る前に担当医から諸々説明は受けた。
傷についてはもう殆ど心配はないが、傷跡は残るだろうということ。そして精神面では現実を受け入れられている様子だとのことだった。
ただ、私はどうしてもこれまでのトラウマがあり、なかなかその辺りの話題に触れることはしなかった。

「ねえ陽菜、お父さんと連絡は取ってる?」

「……なんで?」

「今思えばなんだか心配で……あの人、仕事も辞めてどっか行っちゃったじゃない」

「……どうなんだろう」

「最後にいえば良かったなって。さようならって」

「何それ」

「私の弱さなのよね。嫌なことはできるだけ遠ざけたくなる。昔からそう」

「……わかるよ。その気持ち。私もそうだもん。嫌なことは遠ざけるし、嫌な思いをしないように振る舞っちゃう」

「陽菜は、私の娘なのよね。そんなところまで似なくてもよかったのにね」

苦笑いを浮かべる母の姿に、これまでの威厳を感じられなかった。
いや、威厳というほど厳しかったわけではないが、親と子とハッキリとした上下関係はあった。
ただそれは、精神的な病のせいで引き起こされるヒステリーが原因だったとも言える。
それがなくなった今は、対等の立場に近い。親子というより、歳の離れた友人のような感じだ。

「そういえば陽菜、恋人を作るとか言ってたわよね? 好きな人できたの?」

「え、うん。女の子なんだけど……」

「まあいいわね。私、漫画で読んでて百合に憧れていたのよ」

「そんな綺麗なもんじゃないと思うけどな……でもどうしてか、芸能界に居たからか男の子とそういう関係になるのってどこか役を演じちゃう気がして……」

「陽菜、芸能界に戻りたいの?」

「……まだ戻りたくない。それに事務所との約束もあるし、まだ戻れないよ」

「そうだったわね」

大学卒業の22歳まで復帰はしないことを条件に、高校入学前に事務所を辞めた。
だから戻りたいから戻るということはできないし、なんというか前の事務所に戻りたいと思えなかった。

「今度連れてらっしゃい」

「え?」

「その子。陽菜が選んだ子ですもの、一度会ってみたいわ」

「わかった」

母はそう言うと、サイドテーブルにあったみかんの皮を剥いた。

「今日お母さんが持って来てくれて……あんなことしたからナイフはダメだって先生に言われて林檎は持って帰っちゃったのよ。外で切ってもらって食べたけど、とても美味しかったから、陽菜にも食べてもらいたかったわ」

「お祖母ちゃんも、忙しいし果物食べて栄養つけないとだから、ちょうどいいんじゃない」

「そうね……私も退院したら手伝わなきゃね」

「うん、そうだね」

今までは精神的に負担がかかるのを考慮し免除されていたが、その問題も解決すれば祖母の負担もへるだろう。
なんだかんだ喋っていると、日も随分傾いてしまっていた。
面会時間も終わりに近付いているので私は帰ることにした。

「じゃ、また明日も来るね」

「別に毎日来なくてもいいのよ?」

「明日、私の気になる子連れてくるから」

「え、そんな別に病院にってつもりじゃなかったから、今度でいいわよ」

「そう? じゃあ退院したらすぐ会わせるね」

私はそう言って病院を出た。
家から少し距離はあるが、のんびり歩いて帰るのに丁度いい。
マンションに着いた頃にはすっかり夜の帳が下り切っていた。

「陽菜!」

聞き覚えのある声がしてそっちを見る。

「陽菜ちゃん……」

中年男性と30前後の女性。
元父親と元マネージャーの姿がそこにはあった。

「何しに来たの」

「その……慰謝料の準備ができたから……」

「そう言うのは弁護士さん通してもらわないと困るんだけど」

「違うの陽菜ちゃん、私達ちゃんと謝りたくて……」

「謝る? それで何になるんですか?」

「それは……」

「自己満足ですよね。謝ったらスッキリしますからね。でも私達は、あなた達にされたことずっと引き摺って生きていかなきゃならないんですよ? 謝られて、お金もらって終わりって、そんな簡単じゃないんですよ」

黙り込む二人を尻目に私はオートロックを解除した。

「恭子は? 何度か呼び出したんだが……」

「後で話す。入って」

私は二人を引き入れてエレベーターのボタンを押す。
地獄のような待ち時間と、重たすぎる空気。
もしかしたらここだけ爆弾低気圧がいるのかもしれないと思うくらいどんよりした空気が流れていた。
空のエレベーターが到着し乗り込み、9階のボタンを慣れた手つきで元父親は押した。

自宅に入ると、ダイニングテーブルに二人を座らせ、粗茶を差し出す。

「で、謝ってもらえると聞いたんですけど」

「それより恭子は? 俺たちが一番謝らなければならないのは彼女だ」

「なんなのその正義感は。加害者の癖して」

「陽菜……」

「お母さん、帰ってこないよ。今病院にいるから」

「病院? 何かあったのか?」

「昨日、お風呂場で手首切ってた。それで暫く入院」

その言葉に二人は絶句していた。
元父親は口を一文字に閉じ、元マネージャーは顔が見えないくらい俯いていた。

「わかるでしょ。私がなんでこんなに怒っているのか。正直、高校生の娘にここまで言われるのもムカつくかもしれないけど、反抗期なんかとはベクトルが違うからね」

「それは、わかっている。本当に申し訳ないことをした」

「まあ、それはお母さんに言って欲しいんだけど、正直、私はあなた達をお母さんに会わせたくない。ようやく、2年かかってお母さんは前向きになってくれた……ずっと、ずっと現実を直視できなかったんだよ? それだけショックだったのよ」

元マネージャーが泣き出したのをみて私は腑が煮え繰り返った。

「思い出してはショックを受けてヒステリー起こして、私だってどれだけ苦労したかわかる?」

「俺たちだって悪いと思ってる。だからこうして、直接謝罪をと思って」

「だったらなんで、最初からそんなことしなけりゃいいじゃない。どっちが先にとかどうでもいいけどさ、どっちにしたって、ありえないでしょ」

「ごめんなさい。私が、私がいけなかったの……私が」

「宮原さん言ってましたよね? 私に大事な時期だから恋愛とか気をつけろって。タレントにそう言っておきながら自分はタレントの親と不倫って……で結局、私は芸能界から退かないといけなくなった。事務所はあなたを庇うし、そんなこと……」

私も怒りを通り越して涙が出てきた。
ぐちゃぐちゃになりながらでも、溜まりに溜まった鬱憤を吐き出さないことには気が済まなかった。

「もう、これ以上言うことありません。だから帰ってください。そしてもう2度と、私とお母さんの前に現れないでください。今後は必ず弁護士さんを通して対応してください」

「わかった」

「お母さんには落ち着いたら、謝罪に訪れたことを伝えます。だから、絶対に勝手なことはしないでください」

そうの言葉を聞き二人は立ち上がると、私に深々と頭を下げて出て行った。
玄関が閉まる音がしてすぐ私は鍵を閉めた。

自室のベッドに沈み込むと、私は仰向けに寝転んでから少し考え、殆ど荷解かれていないキャリーケースが目に入った。
気づけば制服のまま、顔もぐちゃぐちゃのままキャリーケースを引っ張って家を飛び出していた。


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