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【青春恋愛小説】いつかの夢の続きを(10)

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〈10〉やさしいあなたは私の首根を……

ガラガラとキャリーケースを引っ張り、左肩には学生鞄を掛け、夜道を歩いていた。
それはまるで、家出娘の様相で、朝歩いた道も少し違って見えた。

歩いているのは訳がある。
考え事をしたかったからだ。
そして、考えが纏まることはなく、私は見慣れた門の前に立っていた。

「何してるの?」

少し息を切らせた美夜子が、スポーツウェア姿で帰宅するタイミングだった。
またジョギングをしていたのだろうか?
そう訊ねる前に、私の感情が先に爆発した。
抱き付いた私は、美夜子の汗の匂いに興奮してしまっていた。
色目気だった狼のように、私は美夜子を欲してしまっている。

「離れて」

剥がされても尚、私は縋ろうとした。
が、拒絶されて私はその場に座り込んだ。

「……何かあったの?」

私は何も言わなかった。いや、言えなかった。
勢いで来てしまったことに気づき、そんな自分を受け入れられなかった。
我に返ったとは、このことである。
私は立ち上がると、踵を返し、来た道を戻った。
自宅に着いた後、何もかもが嫌になっていた。
目の前のダイニングチェアにあの二人が座ったと思うと悍ましく感じた。
元父は、いつもの場所に座っていたが、元マネージャーが母の場所に座っていたことに身の毛がよ立つ。
私は叫びながら、椅子をソファーに投げ飛ばした。
そして何度も拳を打ちつけた。

「なんで今なんだよ!」

拳の痛みも相まって涙が溢れる。
だが、この感情は涙でも流れず、ただ、綺麗な上澄みだけが零れ落ちる。
感情をぶつける先がない。
何をすれば私は満足するのだろう。
誰かに慰めてもらいたい?
誰かに愛されたい?
そんな不毛な自問自答が続く。

そうか、だから私は美夜子の元へ行ったのか。
自分の都合のよい。私を見ればきっと優しくしてくれるであろう美夜子の元へ。
それではダメなんだ。
私は強くあらねばならない。
誰のために?
シャワーのお湯は、私の表面しか綺麗にしない。
奥のどろっとしたヘドロは、撹拌しないと沈澱したまま溜まっていく。
表面を流すだけでは意味がない。

この体を美夜子に委ねた時、空いていたスペースにピッタリと何かがハマった気がした。
ハマりのよさは心地良さで、満たされていれば、それ以上何も求めることはない。

欺瞞と後悔。
それが今の私の輪郭を描き、ここに存在させている。
自分を騙し、その場凌ぎの言い訳をして、後で悔いる。
結局、中身のない自分に嫌気がさしていただけだ。
だから、他者を求める。満たされたいから。

「最低だ。私」

ベッドに寝転がって天井に放った言葉は、そのまま私に突き刺さる。
その欺瞞に満ちた心臓を貫き、その息の根を止める。
自分に素直になる。
それを嫌ってきたはずなのに、私は、それが何より大切なことを知った。

「私は……」

私はキャリーケースを再び手にして、駅へ向かった。
行き先はどこでもいい。
今はできるだけ遠くへ行きたい。
こんな自分を葬り去るための旅だ。
学校なんて関係ない。
これをするべきであると考えたからだ。自分に素直になる第一歩。
ICカードに金額をチャージして私は改札を抜け、来ていた列車に乗り込んだ。
これがどこに向かっているかは知らない。
だけど、どこでもいい。券売所の掲示板で見た一番遠い駅へ行こうじゃないか。

真っ暗な車窓に、家の灯りが星のように浮かぶ。
車輪とレールの摩擦音と、車体のサスペンションの音。
仕事帰りのサラリーマン。
夢の中の居眠りミュージシャン。
部活帰りの高校生。
皆、帰る場所へ帰る。
誰かが待っている場所に帰る。
私にはそれがない。

見知らぬ土地に降り立って、私は興奮していた。
星が綺麗で、息を飲んでしまった。
公園のベンチに座り、存在を忘れていたスマホで写真を撮ろうとするも、綺麗には撮れなかった。
沙友理からメッセージが来ていたので、明日学校休む事だけを伝えた。
今日仲良くなった平岡からもメッセージが来ている。
とりあえず子犬のスタンプを送っておいた。
スマホの明かりで、目が眩んでしまった。
真っ暗な空を眺めながら
沙友理からは何度も、理由を聞かれたので、家の事情とだけ伝えた。

「それでも私を見てくれる人はいるんだ」

芸能活動時は、それが当たり前だった。
私はもしかしたら、それが好きだったのかもしれない。
誰かに求められることが、何よりも自分でいさせてくれる。紛れもない咲洲ひなにしてくれていた。
だけど、それは咲洲ひなであり咲洲陽菜ではない。
素の私に戻ると、誰も私を見ない。
咲洲ひなの中の人で、それは咲洲ひなじゃない。

「あれ? ひなちゃんじゃない?」

「え、優衣ちゃん?」

「どうしたのこんなところで」

豊崎優衣。私と同世代で、ずっと子役時代から現場がよく一緒になり仲が良かった。

「そっちこそ、撮影?」

「うん。てかその荷物……」

「ああ……何というか」

優衣は不審がっているが、概ね、何かは察知しているだろう。

「泊まるところはあるの?」

「え?」

「その様子じゃなさそうね。マネージャーさんに連絡してくる」

「え、ちょっと!」

優衣はスマホを取り出し電話をかける。
優衣の事務所は業界でもトップクラスで、役者からミュージシャン、そのほかのアーティストをマネジメントする業界最大手の芸能プロダクションだ。
私も、昔誘われたことがあるが、あの当時所属してた事務所を信頼していたので、断った。

「迎えに来てくれるって」

「……別に、そんなお世話にならなくても」

私は目を逸らしながら、そう呟く。

「でも、こんな時間に女の子が彷徨いてる方が危ないし、それにひなちゃんだし」

「何それ」

「私、ひなちゃんのことずっと好きだったの。ライクじゃなくラブの方」

「いきなり愛の告白?」

そう話していると、公園に一台のミニバンがやってくる。

「来た来た。さ、行きましょ」

「行くって何処へ?」

「私が泊まってるホテル」

私は言われるまま車に乗り込んだ。
顔見知りの藤崎マネージャーと挨拶を交わし、車はホテルへと向かう。
歩けば10分ほどの所に、煌々と光ホテルが鎮座していた。
そして言われるがまま、優衣の部屋に案内された。

「さ、座って」

私は徐ろに窓際のパーソナルチェアに腰掛けた。
優衣は急に服を脱ぎ始めて、私は慌ててそれから目を逸らした。

「何でいきなり脱いでるのよ」

「え、シャワー浴びようと思って……」

「なんだそういう事か」

私はホッとして、エントランスの売店で買ったペットボトルの緑茶を飲む。
浴室から鼻歌混じりのシャワーの飛沫の音が聞こえる。
優衣は昔から歌も上手く、私と違って歌手デビューもしていた。
プロの鼻歌を聞けるだけでも幸せかもしれない。
そう考えながら、窓の外を見ていた。
真っ暗な中に夜空の星が瞬く。

「おまたせ」

バスローブ姿の優衣。
私は何とも思う事なくそれを見ていた。

「じゃあ、私もシャワー浴びようかな」

そう言って着替えを取り出し、私は服を脱ぐ。

「あ、ちょっと……!」

「やっぱり綺麗ね。嫉妬しちゃうな……私がひなちゃんだったら絶対辞めたりせずにずっと続けてたけど」

「どこ……触ってんのよ」

「いいじゃない。女の子同士のスキンシップよ」

優衣は後ろから私の胸と下腹部を弄る。
そのまま私はベッドに押し倒されて、抵抗するもキスをされた。
溢れる優衣の吐息、唇と舌の温もりがダイレクトに伝わる。
ただ、私の中にいる二人の自分が言い争いをしているのを感じていた。
受け入れてしまえば、後は楽だ。快楽に身を任せてしまえばいい。
だけど、美夜子のことがずっと思い浮かぶ。
美夜子の唇、美夜子の肌の温もり。
何もかもが優衣とは違う。

「やめろ!」

私は優衣を突き飛ばす。
優衣は驚いた表情で私を見ていた。

「どうして? 私はちゃんと気持ちも伝えた。ひなちゃんだって同じ気持ちでしょ?」

「違う」

「違うって……」

「私は優衣のこと、好きじゃない。一度も恋愛対象として見たことないから」

俯いた優衣は、聞こえないくらいの声で何やらぶつぶつ言っていた。

「……なら、いらない」

「え?」

「私のものにならないひなちゃんなんていらない!」

優衣の両手が私の首を絞める。

「うっ……!」

「いらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらない!」

薄れる意識。どこか幸せな状態だった。もう少しで楽になれるんではないか?
そうか、私はこうなることを望んでいたのか。
私は……。
優衣はぐったりした私を見ると、我に返り、手を離した。

「わたし……なにを……?」

呼吸はできたが、私はそのまま意識を失った。
気がついた頃には、病院の処置室のベッドの上だった。


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