【青春恋愛小説】いつかの夢の続きを(1)
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〈1〉細い月と芽吹の季節
図書室の住人。
彼女の素顔は誰も知らない。
私の秘密も誰も知らないだろう。
クラスでそれなりの立ち位置で、それなりに男子にモテる私が、クラスで一番地味な女子と、彼女の部屋のベッドで抱き合ってるだなんて、誰も知らない。
反則だ。普段との違いが、ギャップがずるい。
そしてそれを受け入れている自分もいる。
美夜子は私の首筋に寝息を当てている。
メガネを外した彼女は、とても美しい。
私の腕枕の中で、眠っている猫のようだ。
そして、私の腹部に嫌味のように胸を当ててくる。
女の子同士なんだし、別にいいよね?
私はそのたわわな果実に手を伸ばした。
その柔らかな感触と、温かさが病みつきにさせる。
しばらく、弄んでいると、美夜子は甘い声を吐いた。
その声に怯んで私はその手を止めた。
「ん?」
私は違和感を覚える。
美夜子は私の若干の膨らみを弄っている。
「ちょっと、起きてるでしょ」
「バレちゃいましたか?」
この子は幾つ表情を隠し持っているのだろうか。
猫のように眠っていたと思えば、イタズラ好きな犬の様な表情だ。
「私、怖くなってきた」
「どういう意味?」
美夜子はおでこをくっ付けてくる。
メガネを外したその瞳に吸い込まれそうになった。
まるでキスをするような……まさか本当にしてくるのか?
「何を期待してるの? バレバレよ」
「あ……」
美夜子はベッドを抜け出す。
濃紺のアンダーウェアが乳白色の肌に食い込んでる。
「エロ……」
「いやらしい目で見ないで」
「別に女の子同士だし」
「それでも……」
美夜子は黒いTシャツと白のスポーティーなハーフパンツを履いた。
「ぶー」
「あなたも、服着たら?」
「先に脱いだのそっちじゃん」
「いいから」
そう言って美夜子が投げつけて来たのは中学の体操服だった。
「何これ」
「いいでしょ別に」
オーバーサイズの体操服が逆に彼シャツに見えないかなと思いながら、姿見を覗くと、ただの中学生くらいの女子が大きめの体操服を着ているだけにしか見えなかった。
「可愛い」
後ろからまるで猫吸いをするように、私の髪の香りを嗅ぐ美夜子。
「ちょっと、そういうのなしって言ったんじゃん」
美夜子から離れる私。
「陽菜が嫌がるならもうしない……」
美夜子はそう言うと部屋から出ていった。
「ちょ、ちょっと、どこ行くのよ」
「お花を摘みに行ってくる」
「はぁ?」
私は意味が分からず美夜子の後について行く。
美夜子が立ち止まったのは、トイレの前でのことだった。
「あ、そういうことか」
「……変態」
美夜子はそう言うとトイレに入り、中から鍵を閉めた。
私は律儀にと言っていいのか分からないが、トイレの前で待っていた。
しんと静まり返った屋敷の中、水が流れる音が響くと、美夜子は出てきた。
「待ってたの?」
「ひ、広くて帰り道がわからなくなって……」
「そう。じゃあ……」
美夜子はそう言うと私の手を握る。
「な、なんなの?」
「安心して。ちゃんと手は洗ったから。それに、こうすれば迷わないでしょ?」
「いや、普通について行くし」
「そっか。手は繋ぎたくないか……ごめんなさい」
「違う!そう言う意味じゃなくて……」
「ふふ……知ってる」
意地の悪い笑い方。美夜子は恐らく、Sだ。私をいじめて楽しんでいる。
私だって反撃したいが、その手立てを思いつかない。
「陽菜は私の事、好きかな?」
「そんな、いきなり聞かれても……だって、元々は男の子だって昔は思ってて、それが女の子で、私より女の子っぽくて……ずるい」
「答えになってないよ。私は好きかそうでないか聞いてるの」
「……好き」
「はい、録音しました」
「あっ!何それ!」
「まあ、私も好きだからお相子だね」
美夜子はそれをもスマホのボイスレコーダーに吹き込んでいた。
部屋に戻ると、私は制服に着替えて帰り支度を始めた。
「帰るの?」
「だって、明日も学校だし……」
「泊まっていけばいいのに」
引き留める美夜子を無視して私は部屋を出て、そのまま玄関へ向かった。
「学校では内緒にしましょう」
「え? なんで?」
「お互いのため? なんか秘密の方が盛り上がるじゃない」
「まあ確かに、美夜子も私と一緒だと騒々しくて読書に集中できないだろうし……わかった」
私はそう言うと家路に就いた。
美夜子の家とは一駅離れたところにある自宅へ帰る。
子役時代のギャラで買ったマンションの一室。
私の秘密。
「ただいま」
「陽菜、おかえりなさい」
母の恭子が出迎えてくれる。
「今日お父さん遅くなるらしいの。先に寝てていいからって」
「へぇそうなんだ」
父は最近顔を合わせていない。
というか、ここ数年一度も家に帰ってきていない。
母がこうなったのもその頃からだ。
母は父の不倫現場を目撃し、そのショックで心に障害を持ってしまった。
記憶の欠落、それにより常に父は皆が目を覚ます前に家を出て、皆が寝静まってから帰ってくると思い込んでいる。
何度も真実を告げた。父は愛人と駆け落ちをしたこと。母の名前の書いた離婚届は父が出しに行ったこと。そのサインも母は自ら書いたことも。
それを伝える度に、パニックを起こし私に暴力を振るう。
何も覚えていない。その離婚の原因とそれに伴う事柄、全てが抜け落ち、足りないものは都合のいい幻想の父が埋めてくれる。なので私はもう、そのことは触れないことにした。そう、諦めたのだ。
これが私の秘密。私が芸能界から去った理由だ。
なんせその不倫相手の女性は、私のマネージャーだったからだ。
私は簡単に人を信じれなくなっていた。そう、私も母と同じように心に傷を負ったのだ。
とはいえ、普段は温厚で絵に描いたようないい母親ができている。
どんなことでも私の味方になってくれるし、間違ったことは間違っていると言ってくれる。
「ねえ私さ、恋人作ろうかなって思ってるんだけど」
「やめておきなさい。傷つくだけよ」
「なんで?」
「なんでも……」
まずい。地雷を踏んだか?
私はただ怖い。ヒステリーを起こした母が怖いのだ。
その度に、私が悪いんだ。嫌なことを言った私が悪いと思い込んでしまう。
私という存在がいなければ、両親は平和に暮らせていたのではないかと。
私が、いなくなればいいんだ。
そう考えてしまう。
「とにかく、恋人なんか作っても碌なことにならないわ」
「わかった」
「本当にわかってるの?」
「だから、わかったって言ってるじゃん!」
場が凍りついた。次の瞬間、母の平手が私の頬を捉えていた。
乾いた音が部屋に響く。
その音で母は我に返る。
「ご、ごめんなさい……ついカッとなって……」
「……」
私は無言で自室に入る。
制服と下着、その他の着替え一式をキャリーケースに詰め込んで、家を飛び出した。
タクシーを捕まえると、立山さんの道場までと伝えると、通じたのか、運転手は分かりましたと言い車を走らせた。
今日2度目の立山邸。相変わらず大きな門だと眺めている。
門の脇のインターホンを鳴らす。
誰も出ない。
もう一度鳴らす。
誰も出ない。
ため息を吐き、タクシーで来る途中にコンビニがあったのを思い出した。とりあえず灯りのある所へ行こうと思い、そっちに向いて私は歩き出した。
コンビニでは特に目的の品物も無く、雑誌売り場でぼーっとしていた。立ち読み防止と、付録盗難対策でテープがしてあり、中を確認できない雑誌たち。
外面だけで、中身を見せないそれらに私は親近感を覚えていた。
とりあえず飲み物だけでも買おうと、レモンティーのペットボトルを手に取りレジへ向かう。
袋を断って、シールを貼ってもらう。
会計を済ませ店を出る。
「ねえ、一人? よかったらお兄さんたちと遊ばない?」
「何がお兄さんだよ、俺らおじさんだろ」
自らおじさんと言う男達。その割にはギャーギャーうるさい。
「いいですよ。じゃあ、鬼ごっこでもしますか?」
「はぁ……これだからお子様は。そんなことより、おじさんと組体操しようよ」
「ど下ネタじぇねぇか!ごめんなお嬢ちゃん。こいつ酔っ払いだからさ」
「……はあ」
まだ真面そうなおじさんが二人の首根っこを掴みながら言うと、ミニバンの後部座席に乗せた。
ため息ばかり吐いてるなと思いながらため息を吐いた。
スマホを見ると不在着信が大量に入っていた。どれも母からだ。
それを見ると私はスマホの電源を切った。
しばらく家に帰りたくないと思っても、高校生である以上あまり彷徨いていたら補導されてしまうので、どうにか身を隠せる場所を探した。
「そうだ」
そう思い私はある場所を目指して歩き出した。
続き↓↓↓
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