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【さとり#19】One Heart流 「さとり」の探求。「不安」や「不満」は人生とパッケージされている

こんにちは。


ピアノ講師、メンタルコーチの「One Heart」です。


みなさま、暑い夏、いかがお過ごしでしょうか?
ついつい、あまりの暑さにイライラしてしまいますよね?


外的要因(起こるできごとや他人の言動)によって、右往左往してしまうことありませんか?


ほとんどの人がそうだと思うんです。


外側にフォーカスが当たりすぎていると、起こるできごとにいちいち翻弄しされてしまい、疲れてしまいます。


できごとや他人の言動でいちいち気分を害されたり、右往左往したりしなくなると本当に心が「楽」になります。


完全に反応しなくなるわけではないけど、そうなれたらいいよね、と思いませんか?


さて、今日は有料マガジン『”差”取り(さとり)プロジェクト!ひとつの世界で生きていく』の内容になります。


今日の内容は、まさに「右往左往しない生き方を手に入れるためには」がテーマになっています。


前回のnoteはこちら。(最後までお読みいただけます)


今回は、前半部分はみなさまがお読みいただけます。
後半はご購読者さま向けとなっています。


最後にわたしからの質問もあるので、
ぜひ読んで質問について考えてみてくださいね。


今回、引用したご著書はこちら。
✧˙⁎⋆エックハルト・トール著「さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」


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1. 「無意識状態」のレベルについて。


Q:「無意識状態」のレベルについて、教えていただけませんか?

A:睡眠中に、レム睡眠とノンレム睡眠があるように、ほとんどの人は起きている時、「普通の無意識状態」と「重症の無意識状態を交互に体験しています。

わたしが普通の無意識状態と呼んでいるものは、自分の思考や感情、リアクション、願望、嫌悪などを「ほんとうの自分」と思い込んでいる状態です。

これがほとんどの人にとって、ノーマルな状態になっています。

この状態では、自分の行動はエゴ的思考にコントロールされています。

もちろん、「大いなる存在」にもつながっていません。

心の中を、どんよりしたものが、一種のBGMのように流れ続けているのです。

このような「普通の無意識状態」は、ものごとが予期せぬ方向に展開すると、「重症の無意識状態」という痛みに変わってしまいます。

「重症の無意識状態」では、本人はよりいっそう深刻な苦痛や不幸の中にあり、それが誰の目にも明らかです。

エックハルト・トール著「さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」より


「無意識状態」のレベルは、大きく分けて2段階。


わたしたちが漠然と抱えている「不安」や「不満」」は、”普通の無意識状態”。


一方、実際起きたことに反応し、深刻さや一時的な恐怖を感じた時には、”重症の無意識状態”になる、ということ。


離婚、失恋、リストラ、大切な人の死など。
失う、ということが大きな引き金になっていることが多いですね。


こんな時でも、「悟った」らどんな気持ちなんだろう?と9年前に疑問に思い、この本にたどりついたのは、わたしです・・・。



大切な大切な、”母”という存在を今にも失くしそうになった時に、ほんとうに、”辛い・・・”と感じたわたし。


さとった人はこんな時、どんな気持ちなんだろうかと思ったことがきっかけで、「さとる」ことへの探求がスタートしました。


この9年は、「エゴ」との向き合い方に集中って感じです。


もうひとりの自分である、「エゴ」という存在。
これが、「ほんとうの自分」とのコネクトを妨げているんだということがわかり、自分のエゴ(もうひとりの人間的なわたし)を知る、大きな大きなミッションが始まりました。


いろんな”自分”がいるんだということもわかり、そんな自分がこの世で「生きる」ために必死にがんばってきたんだということもわかりました。


でも、もうがんばらなくていいんです、笑


もっと、もっと・・・ゆるく生きていいんです・・・ほんとうは。


ゆるく生きると決めたなら、周りが変わります。


一生懸命、頑張って生きている人が離れていきます。


波長が合わないので・・・、笑


人間関係が変わります。


ここ、怖がっちゃダメなところで。


人が離れていったり、人間関係に変化があることに怖さがあると、このままでいいっか・・・、という自分があらわれます。


人に合わせる方がいいのかな、とか、自分よりデキる人の考え方に合わせたり、と顔色をうかがう、今までのパターンで生きていくことになります。


「変わる!!」と決めたら、どんなことがあっても、自分を貫きとおしてほしい。


そして、人間関係にスペースができたら、新しい出会いがあります。


その時は、その時の自分の波長にあった人に出会います。


私の場合、ニガテ、嫌いと思っていた人が離れ、自分と合う人に出会えています。


ちょっとこの人ニガテだなー、と思っただけで自然といなくなるんです。


音楽教室時代の話で、実際にあったできごと。
生徒のお母さまの話です。


その方はグイグイ生徒(自分の子供)をコントロールして、自分の思い通りにしようとする親でした。


子供がどう思っているかなんてムシ。
「私の考えは・・・」からいつも始まるフレーズで会話がスタート。


わたしはいつでも、「生徒の味方でいたい」、
そう思っているので、親御さんがこういうタイプだとちょっと引いてしまうんです。


わたしが意見を言っても、「でも・・・」が第一声で、”なんかいやだなー”って思っていたら、そのうち辞めました。


当時は、「わたしなんか言ったかな?」とか「気を悪くすることしたかな?」とかいちいち考えては落ち込んでいました。


でも、「”差”取り(さとり)」や「アドラー心理学」などを勉強しているうちに、これは私の問題ではなく、相手の問題だったんだと気づくことができ、それからはいちいち翻弄されなくなりました。


今思えばですが・・・、ベストタイミングでいなくなるので、「あ、宇宙の法則だ」と理解しています。


人が離れていくことが、悪いことではない、ということを理解できれば、人と関わることが怖くなくなります。


自分を表現して、その結果、人が離れていくのは、自然な流れなのです。


ただ、合わないだけ。


万人に好かれよう、と思うのも、エゴです。


”嫌われたら、あなたの価値は下がる”とエゴは言ってきます。


人に嫌われようと、人が離れていこうと、あなたの価値は変わりません。


このことだけは、知っておいてくださいね。


わたしと関わる人が入れ替わり、本当におつき合いしていても、ストレスを感じない、恵まれた環境に変わっていきます。


本当にわかり合える友だちも多くなくていい。


どんなに友だちが少なくても、あなたの価値はそんなことで変わったりしません。


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2. 「不安」や「不満」は人生とパッケージになっている。


「普通の無意識状態」の場合、「すでにそうであるもの」に対して、思考が習慣的に抵抗や拒絶をすることで、不安や不満をつくりだしているのです。

ほとんどの人は、不安や不満は人生とパッケージになっていて、避けられないものとみなしています。

一方、感情的な痛みとひとつになって、ペインボディのスイッチをオンにしてしまうのが、「重症の無意識状態」です。

人生でふりかかってくる難題に、自分がどのようにそれに対処するかが、どれほど「無意識に生きているか」を知るのに恰好のものさしです。

つまり、わたしたちは試練を自らをゆり動かして、目覚めさせる道具にすることもできれば、さらに眠りを深めるための、睡眠薬にすることもできるのです。

つまり、人生の困難は、自分自身を試すテストとも言えるのではないでしょうか。

このテストにどんなマナーで対処するかが、周りの人はもちろん、自分自身にも意識の進化の度合いを示せる唯一の方法だからです。

エックハルト・トール著「さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」より


不安や不満は、人生とパッケージされている。


なんかのキャッチコピーになりそうな言葉、笑。


わたしたちは、漠然と不安や不満を抱えている。

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