書評 ピエタとトランジ完全版 藤野可織 探偵は死を回避するものだが、彼女たちは死を引き寄せる。そのドライな視線が怖い。
親友の名前はトランジで、私はピエタ。
人類最後の「名探偵と助手」だ。
最強最高の女子バディ物語。
という本のクレジットに騙された。
作者の藤野さんは、芥川賞作家だ。そんな彼女が探偵小説?。
ということで読んでみた。もちろん、ミステリーとして読んだが、裏切られた。
はっきり言う。ミステリーとしては、本作はクズだ。ミステリーではない。断じてない。
しかし、私はこの作品に*****を送りたい。つまり、最高級の評価だ。
その説明とともに、物語の紹介をしようと思う。
とにかく久しぶりに興奮した。いい作品だ。
まず、主人公の二人。「ピエタとトランジ」について
ピエタっていうのはね、慈悲とかいう意味で、十字架に架けられて死んじゃったキリストをね、お母さんのマリアが抱いている像のこと。
「・・・そういうのトランジっていうんだってさ」
「そういうのって?」
「腐敗した死骸の像を設置した墓碑だよ」
名前の出典は聖書にあるようです。
このあだ名が登場人物を象徴している。
死を招き寄せる探偵トランジなのだ。
トランジは探偵だ。しかし、死亡事件を多発的に発生させる性質を帯びている存在でもあった。
探偵とは本来、「事件」を解決する者。死を回避すべく働きかけるものであるはずだが、彼女が「事件」に介入すると事件は解決するが、余計な死人が出てしまう。
そんな二人のバディの高校、大学、医師、結婚後、探偵時代、中年、老年期を時系列に描いた物語である。探偵小説の形をとっているがミステリーではない。何か得体の知れぬ読み物とでも言っておこう。
注目すべきは、二人の「死」との距離感だ。
ピエタなど、最初からドライで他人事だった。まるで、コンビニに行き🍙を買おうとしてなかった。じゃ、次の店にという・・・軽い感覚で死を受け流していく。その感覚がゾッとする。読んでいる時、ずっとざわざわしてて違和感を抱え込まなくてはならない。つまり、かなりストレスのかかる読書になるということだ。
それから、そういう物語だから戦争映画さながらの死人の数となる。数々の理不尽な死が累々と彼女の背後に積み上げられていくのだ。
ピエタが30代になり結婚するのだが、その時の夫との会話が印象に残った。
「ときどき人生にはなんの意味もないって顔しているね」
「そうかな」と私は答えた。
「まぁ、実際、人生には意味なんかないのかもしれない」と夫は言った。「みんなそれじゃやってられないから、なにか意味ややるべきことがあると仮定して、それでうまく自分を騙して生きているだけなのかも」
コロナになり緊急事態宣言で、家に監禁状態に近い状態でいると、自分のことを無価値だと思ってしまう瞬間がある。自分なんて替えのきく存在だったんだと思ってしまう。そういう心理状態で、この言葉に触れると「人生の意味?」を求めること自体が欺瞞のようにも思えてくる。ただ、生きている。それでいいじゃないか!!。
世界中に殺人衝動がウイルスのように蔓延していく。それが二人の老年期である。
世界中で殺人がインフルエンザみたいに蔓延していた。ひどいことがそこら中で起こっていた。でも、私にはそれがごく自然のなりゆきのように思えた。だってそれまでも殺人なんてちっともめずらしいことじゃなかったし、戦争は長い雨のように止まらず、ひどいことはずっと起こり続けていたからだ。
トランジが関わると死人が出る。その関係者の中で森ちゃんという医師がいるのだが、その人もトランジと同じ体質になっていき、彼女に関わると人々は嘘のように死んでいき、ピエタの両親は森ちゃんのせいで悲惨な最後をどけるのだが、それを二人は、さも当然のように受け流していくところが怖かった。
死を招く体質の感染?。死の拡大・・・。世界中に感染していくのだ。
死に慣れてしまうという感覚。
これが怖い。
何でもそうだが、慣れることは良いことだけでなくマイナスの面もあって、感覚の不感症みたいになることもある。そうなると正しい判断が下すことはできなくなる。
殺人すら、罪の意識なく実行されてしまう。
このシーンは怖い。ある女の子が男を殺してしまった。
「みんな、ごめんね」ダフネが謝罪した。「ジョーイ、大きかったから、外に出して埋めるのけっこう大変だったね」
「いいよ」全員がほぼ同時に言い、ダフネに向かって片手をあげた。
最近の若者は、こういう考え方をする子が多い。とにかくなんでも受動的で、殺人も自然現象みたいに受け入れる。
これ根本がすでに歪んでいる。何故、殺人を非難しないのか?。殺人が日常になると、こうも倫理観が崩壊していくものだろうか?。そう言えば戦争で人を殺しても基本は罪に問われない。そういう感覚なのか?。死は記号化していくとでも言うのか。意味を失くすのか?。
「昔は殺人が起こると警察が捜査してね、犯人を捕まえたもんよ。そういうことが二度と起こらないように、見せしめのためにね」
「でも、殺人はなくならなかったんだよね」ユーリアが言った。悲しみとか怒りとか、そういうものは彼女の口調からは一切感じ取れなかった。ただ事実を述べているだけだった。「それどころか疫病みたいに広がって、世界を滅ぼしつつある。疫病って何の事か知らないけど」
最後は、男を拉致する女たちまで現れる。
理由は子孫を後の世に残すためだ。男は攻撃的で、すぐに死ぬので数が少なくなっているのだ。
人はすぐに殺されるので、わざわざ産もうとは思わない超少子化のデストピア世界なのだった。
この物語は色んな問いを、私に投げかけてくる。
2020 4/26
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