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書評 流星シネマ 吉田篤弘   世界観や文章のリズムが素晴らしい。あえて伏線回収しなくても良かったかも・・・。

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本書をカテゴリー分類すると「不思議系」になるのではないかと思われます。
心地よい世界観、文章のリズムに前半、かなりのめり込むようにして読みました。
話しがバラバラで、まさしく「不思議」なのですが・・・
最後に、力業で強引に伏線回収。
ハッピーエンドでした。

この世界はいつも冬に向かっている

という冒頭の文章が印象的です。
季節の中で冬は「死」を意識させます。

大昔に巨大な鯨がさかのぼってきたという話を聞いたことがある
という伝説のある町。


一時期は、ゲーミン町とも呼ばれていた。
このゲーは。捕鯨のゲーです。
鯨眠町で、ゲーミンです。
たどり着いた鯨が町のどこかに眠っているということです。

主人公は、アルフレッドという人の作ったタウン誌の編集者です。
作中、アルフレッドが故郷に帰り彼が後継者に指名されます。
編集者である彼の視線で、街の人々をスケッチでもするようにして観察する
前半から中盤の雰囲気は柔らかで、心地よい。
このまま、物語をとっちらかしたままでもよかった。

彼の編集室は町の人たちの憩いの場
出入り自由です。勝手に本を読むことや、ピアノを弾くこともOKです。
ピアノを弾き、歌う青年。
詩を作る老婆。
カレーの美味い店の噂好き店主と、考古学好きの弟。
深夜営業しているステーキハウスを経営する親友、流し目が得意な女店員。
父親の定食屋を継ぐために戻って来た1つ年上の女性は、ロールキャベツしかできない。
謎のステーキハウスの客は、ヒットマンだと噂さされている。

こういう愉快で優しい登場人物がバラバラのエピソードを披露していきます。
それが、この物語です。

この編集者の彼は、こんな人です。少し、彼の独白に耳を傾けてみよう。

時計の針が午前1時を指していた。僕の腕時計はつまらない安物だ。いつでも時間が正しくない。でも、それはいいことかもしれなかった。世の中の時間と自分の時間がぴったり同じなのは、なんだか居心地が悪い。僕にはそういうところがある。突然、皆の輪からはずれて、一人で考えたくなるときがある。


時間は皆同じだ。私たちは、自分を時間に合わせて生きている。7時30分の電車に毎日乗るとか、午後15時にZOOMで打合せするとか。
でも、彼は世間の時間とは違う時間を生きたいと思っている。
ここが彼のおもしろさだ。

カナさんという時人のばあさんに、シを書けと彼は言われます。
このシは、詩であり、死でもあるのです。

カナさんの言葉がいい。

詩はね、書くこと自体が自分の言葉を見つけていくレッスンみたいなものだから、怖がっていたら何も始まらない

同じ響きを持った言葉は、どこか底の方でつながっているんじゃない?。わたしはそう思います。詩はいつでも死を背負っている。そうじゃなかったら、ただの茶番にしかならないもの。
死を書くということは、いまはもうここにいない人の声に耳を傾けるということ。

彼には子供の頃に、友達を死なせた過去があった。
川をボートで海に向かって行こうとして転覆したのだった。

そのトラウマを彼や彼の親友や女友達は心に抱え込んでいた。

その事件のことを彼は覚えていない。
だから、こう独白する。

世界が裏返って、その裏側へ巻き込まれていく感覚が体に残っていたるでも、それは僕が自分の身に起きたことから想像してつくりあげた嘘の記憶かもしれない。
「大事なことなのに、時間が経つと希薄になっていく気がするよ」
「そうだね。時間ってすごいよな。ありがたいけど、じつに恐ろしい」

どうやら、主人公の時間感覚の独自性は、過去のトラウマと関係しているようだ。
彼の仕事であるタウン誌。新聞の仕事は、忘れられていく過去をインクを使って文字として残していく仕事。

街に大雨が発生した。
崖が崩れて、そこから大量の鯨の「白骨」が見つかる。

だって、たいていのものはかけらなのよ。分かりにくいだけでね、すべてが何かの一部なの

そういうバラバラの事実を集めて記事にするのが編集の仕事

この物語には、たくさんの投げ出されたストーリーがあった。
例えば、廃チョコレート工場に出る幽霊は、ステーキハウスでヒットマンと思われていた人で、この工場の息子さん。工場で楽器の練習をしていた。
この元工場を鯨の展示場として貸すことに・・・。
そこに、ピアノを弾いて歌う青年のピアノが運ばれ、そこで彼は歌い、鯨オーケストラの練習場にもなる。

過去に向いていた町の人たちのベクトルが、鯨の白骨の発見で未来志向にと変化していくというラストです。

子供の頃、ボートで死んだアキモト君は、こんなことを言っていた。

いつか鯨は必ず帰ってきます


このようにして、少し強引に散らかっていたストーリーを回収し
1つに物語としてまとめたのが、この作品。

1つ1つの不思議話しが面白かったので、この強引なラストと
未来志向というモチーフは本当に必要なのかは、よくわかりませんが・・・

とにかく、不思議な感覚の物語ですから楽しめます。


タイトルの流星シネマは、アルフレッドが残していた町の過去の8ミリ映像を
この鯨の博物館?で上映するという
過去の延長戦上に未来がある・・・というオチでした。


2020 7/7



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