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第313回/うまい具合に転がり込んできたレコードで一人悦に入った11月[田中伊佐資]

●11月×日/よっぽどのトピックが出てこない限り、次回の12月はステレオ誌の「ステレオ・ディスク・コレクション」の年間総括を昨年と同様に書こうと思う。もちろんこの対象は2021年にリリースされた作品に限られている。
 ところがこの1年間で買ったレコードはそういう括りから外れた数年前にリリースされたものや初期プレス盤もある。現実的にはそちらの方が枚数は多い。
 そんなことで、雑誌的な側面ではなくここ1年で記憶に残っている「おお、こりゃ買って良かった」と思えるレコードについて独りよがりを濃厚に滲ませて振り返ってみる。

チャールス・タイラーが1966年にESPディスク・レコードに録音した
初リーダー作『チャールス・タイラー・アンサンブル』

Charles Tyler Ensemble/Charles Tyler Ensemble
 チャールス・タイラーはわけのわからん前衛ジャズの人というイメージがあり、聴こうとしていなかったが、吉野ステレオ編集長から「フリージャズのレコードは全部手放したけど、どうしてもこれだけは手を切ることができない」と魔性の女みたいな言い方をして『Eastern Man Alone』という作品を聴かせてもらったことがある。
 僕はその演奏がいたく気に入ってすぐにそのオリジナルを買い、その前年作であるこの『Charles Tyler Ensemble』をぼんやりと探していたら、ヤフオクにポロッと出てきた。
 岐阜のリサイクルショップが出品していて、家具や雑貨のなかに紛れて唐突にこれだけ1枚あり、それがたったの1000円だった。商品の説明はほとんどされていなかった。
 まあ聴ければいいやと落札してみたら、なんとシールド付きでESPの完全オリジナル。ヤフオク黎明期はこういうまぐれ当たりがあったが、相場感ができあがっている今は稀有なことだ。
 録音がスゴかった。悪女系の一生手元に置いておきたいレコードだ。ただまあこれも人にお薦めしがたいグチャグチャのフリージャズではある。
 そういえば、ずいぶん昔、友人の車に乗せてもらって首都高速を走っていたら、コルトレーンの『ライヴ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード・アゲイン』がかかって、あの混沌とした喧噪がフロントガラスの向こうのビル群とシンクロしてすごく感動したことがあった。それ以来、フリージャズのアレルギーがだいぶ軽減した(無いとはいえない)ように思う。
 こういう頭ではなく体に響いてくる音楽は、夜よりも朝、ガチ聴きよりも何かに集中しているときバックで流れている状況が僕は好きだ。

ミシェル・サルダビーが1970年に録音した『ナイト・キャップ』

Night Cap/Michel Sardaby Trio
 今年の2月、国分寺の音楽喫茶「café JODEL」に行ったとき、マスターが店内オーディオの音質チェックに使っているとミシェル・サルダビーの『Night Cap』をかけてくれた。
 僕はCDで内容がいいことは知っていたが、音がいいという観点で聴いたことはなかった。
 曲はA面2曲目のタイトル曲「Night Cap」だ。パーシー・ヒースのベースソロから入る。このベースが図太かった。弦をはじいた後の響きがまた上質。すぐにこれはいいですねえと発したが、マスターは表情でうなずいていているだけだった。
 ベースソロの後に堰を切ったようにピアノとドラムがなだれ込む。マスターはここで口を開いた。「ベースもいいけど、ここのコニー・ケイのシンバル。これですよ」
 ガシャンガシャンではなく、遠くでシンシンと叩いている。趣味がいい洗練されたシンバルワーク。一打一打がスマートできれい。ルディ・ヴァン・ゲルダー録音のエネルギッシュな米国盤もいいけど、ヨーロッパ録音の美徳のようなものが出ていた。
 その翌月、取材で米子に行ったとき例によってレコード店はないかと探し「サージェントペパーズ」に寄った。店名からわかるように、ビートルズのCDやレコードなどコレクターズ・アイテムがどっさりあって、全体的にはロックやソウルが充実していた。
 そこになぜかこの『Night Cap』の仏オリジナル盤が5700円でひょっこりあった。一緒にジジ・グライスの『Saying Somethin'』のNew Jazzオリジも同じ価格であり、これは安いぞと両方とも飛びついた。ネットの通販をやっていないそうで、そういう店にはこういう掘り出しものがあったりする。うれしい。

国分寺にある音楽喫茶「カフェ・ジョデル」(トップの写真も)。
レトロなオーディオ機器が店内に並んでいる
鳥取県米米子市にあるレコードショップ「サージェントペパーズ」
マル・ウォルドロンの『レフト・アローン』。
ステレオのアメリカ盤と国産オープンリール・テープ

Left Alone/Mal Waldron
 よく知られた有名盤は、ジャケットを見た瞬間にわかったような気になってしまいがちで、ちゃんと聴くことがなかなかない。たとえばソニー・ロリンズの『サキソフォン・コロッサス』。全曲通しで聴いたのはいつだったろうか。記憶がない。もしオリジナル盤を入手できたらむしゃぶりつくのだろうけど、価格から鑑みてとそうなる可能性はほぼない。
 マル・ウォルドロンの『Left Alone』も「はい、はい、承知しております」みたいな感情は否定できない。ジャッキー・マクリーンのアルト・サックスがむせび泣くタイトル曲はポップなのはいいけど、わかりやすいジャズゆえに底が知れた感じになる。
 ところで2、3年前、オープンリールの音楽テープに凝った時期があった。ちょこちょこ買っていたなかの1本に日本グラモフォンが出したこの『Left Alone』(ステレオ)があった。
 この音がたまらない。サックスが実にリアル。スピーカーのウッドホーンがそのまま楽器になったような気さえして、作品のイメージが変わった。
 そんな折り、大量にあるジャズのレコードを売りたいと友人から話があり、整理を手伝いに行った。そこにあったのだ。この『Left Alone』が。多分60年代初頭の米国再発盤。モノラルではなくステレオだった。欲しそうにしている僕の顔を見た友人は、5000円で売ってくれた。相場がいくらかは知らないけど安いのではないだろうか。
 この音もすごく良かった。テープといい勝負だった。だとしたらモノラルのオリジナル盤はどんな音なのだろうか。探してみるが、どこにもない。当時ベツレヘムレコードはそんなにプレスしなかったのだろう。
 いまその確認のためにeBayを検索してみたら、あるにはあった。これが10万円近い値付けになっている。これはもう降参するしかない。このステレオ盤を大事に聴いていこうと思う。

(2021年12月20日更新)    第312回に戻る 第314回に進む

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田中伊佐資(たなかいさし)→Twitter
東京都生まれ。音楽雑誌の編集者を経てフリーライターに。近著は『大判 音の見える部屋 私のオーディオ人生譚』(音楽之友社)。ほか『ヴィニジャン レコード・オーディオの私的な壺』『ジャズと喫茶とオーディオ』『オーディオそしてレコード ずるずるベッタリ、その物欲記』(同)、『僕が選んだ「いい音ジャズ」201枚』(DU BOOKS)『オーディオ風土記』(同)、監修作に『新宿ピットインの50年』(河出書房新社)などがある。

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アナログ・サウンド大爆発!~オレの音ミゾをほじっておくれ

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