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#エッセイ
タクシーからの風景 ~望郷
青山通りで、おばあちゃんを乗せた。もの静かな、品の良いおばあちゃんであった。
行き先はちょっと離れたところで、昼間の客としてはまずまずの距離であった。
おばあちゃんのお客さんは、話しかけてくることが多い。
このおばあちゃんも、なんとなく、といった調子で話しかけてきた。
「今日はなになにをしに青山に来た」「電車で帰ってもいいのだが、歩くのが大儀だ」と、たいていの話題は似通ったものである。
ところ
タクシーからの風景 ~119番と110番
119番夜になった乗せた客が、走り出そうとしたとたんに「止めてくれ! ドアを開けてくれ!」と言い出す。
振り返ると、すでに吐瀉物が手の間から流れかけている。
慌てて車を止めてドアを開けると、道にゲエゲエと吐く。
こういう時のために通称「ゲロ袋」は積んであるのだが、そんなものを渡す余裕などあったものではない。
こういう客は乗車拒否もできるのだが、幸か不幸かほんの1メーターほどの場所だったので、送って
タクシーからの風景 ~夜の客たち
ガサゴソトレーナーの上下という、タクシーを利用するというよりも、近所のコンビニに買い物に行く、といった態の、ラフな姿の青年。
走り出すとすぐに、ガサゴソとなにかをはじめた。
目的地に到着するまでのほんの10分足らずの間、ずっと背後で「ガサゴソ」となにかをしていた。
ちょっと気にはなったのだが、ルームミラーを見ても何をしているのかよくは分からず、ともあれ無事に目的地へ到着し、振り返った僕の目に飛び
タクシーからの風景 ~ぜいたく
世の中には、贅沢な人がいる。そもそもタクシーを使うこと自体、贅沢と言えば贅沢なことである。特に都内の場合、ちょっと歩けば、ちょっと待てば、電車でもバスでも、行かれないところはない。
そんな東京での、贅沢な客の話である。
「真っすぐ」もっとも贅沢なのは、短距離のタクシー利用であろう。
僕の経験した中でもっとも短距離だったのは、六本木ミッドタウンの、六本木側の角の信号から乗った客であった。
一昔前の
タクシーからの風景 ~ある美女
ひとりの美女を乗せた。歳の頃なら20代半ば、背もすらりと高く、明らかに一般民衆よりもワンランク上の容姿であることから、モデルかなにかだろうと思われた。
客の多くは、行き先を告げるなり、携帯をかける。
一般民衆よりワンランク上の彼女も、一般民衆と同様、すぐに携帯をかけ始めた。
どうやら相手は、仲の良い先輩の女性らしかった。
そして内容は、彼氏に関するグチなのであった。
その電話から判明した基礎知
タクシーからの風景 ~おしゃまさん
多くの子供たちは、タクシーに乗ると妙にハイ・テンションとなり、騒ぎ回る。
思い返せば僕が幼少の頃、男の子の憧れの職業というと、「パイロット」とならんでよく挙げられていたのが「タクシー運転手」であった。「パイロット」はともかく、「タクシー」の方はお勧め出来ぬのは、言うまでもない。しかし今だに、目をキラキラさせながら、僕の運転する様を凝視している男の子は多い。おそらく「男の子」という生物は、生まれな
タクシーからの風景 ~ひと筋の光芒
その日は朝からどんよりと曇り、風もきつかった。夜からは、雨の降る予報も出ていた。天気の悪い日は比較的客も多いはずなのだが、この日はなぜだか、ほとんど客にありつけなかった。
まさに、最悪の日であった。
休憩の際にタバコに火を点けようとしても、強風でなかなか点かない。しかも寒い。震える手でタバコを覆いながらなんとか火を点け、強風を避けながらビルの陰で煙をふかしていると、つくづくと情けなくなる、
タクシーからの風景 ~ダダこねオヤジ
~ ダダこねオヤジ深夜2時すぎ、大久保で、酔っぱらいのオヤジを乗せた。それも、ひとかたならぬほどの泥酔ぶりであった。それだけでもいささかウンザリなのに、彼の第一声は、本来であれば、堂々と「乗車拒否」しても差し支えないものであった。
「ソープランドに連れてってよぉ」
……。
「いま、18000円持ってるから、タクシー代を引いて、予算12000円のソープに連れてってくれよぉ」
………………。
少し