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東京ドームに鳴り響く「やまーだてつと!」を聞きながら 【11/9◯,11/10◯,11/11⚫️ 日米野球】

隣に座ったカープ帽子をかぶった同い年くらいの少年と息子が、いつの間にか仲良くなっている。一緒に、こーすけ!こーすけ!と応援しているのを、前に座ったジャイアンツユニフォームを着たおねーさんがにこにこしながら見て、一緒にこーすけ!こーすけ!と言ってくれる。なんとも優しい世界がそこにはある。

どう考えてもヒットになるはずの、ぐっちのいい当たりが菊池の守備にはばまれたり、てっぱちの盗塁王の座がこーすけに脅かされたり(死守したけど!)、なんやねんおい!とシーズン中何度も思わされてきた。でも一旦味方になってしまえば、あんな日々は遠い世界の話なのである。こうなるともはや、なぜいないスガノ!!みたいな気持ちにもなってくるから不思議である。いや傷は深いけど。

勝負の世界というのは不思議だ。「昨日の敵は今日の味方」なのだ。菊池もこーすけもスガーノも敵にいるときはなんとも嫌な存在だったのに、そんな気持ちはところ変わればあっさり忘れてしまう。いや、ノーノーのことは忘れないけど。

じゃあヤクルトが好きという気持ちって一体なんなんだろう。幻のようなものなのか、もしくは恋のようなものなのか。不思議なもんである。

それでもそんな中においてももちろん、てっぱちを応援する気持ちは、他のチームの選手とはまったく違う。その気持ちが幻だとしても、つかめないものだとしても、それでもやっぱりてっぱちの打席は特別なのだ。

侍ジャパンの試合でてっぱちが打席に立つと「どうしようどうしようどうしようここで打たないとその他のスターのみなさまに申し訳が立たないし明日あっさりスタメン外されるかもしれないしでもチャンスで打てるの誰もいないんですようちのチームはすみません!!!」みたいなよくわからない緊張が走る。

もう、ヤクルトの試合を見ている時とはぜんぜん違う。あの祈るような気持ちじゃなくて、うちの子がご迷惑かけませんようにとハラハラしながら見守ることになる。いったいなんなんだこれは。

そんな中でタイムリーを打ったり、盗塁をしっかり決めたり!、何より二戦目での最高の守備を見せてくれたりすると、ほんとうに、ほんとうにうれしい。

オフなのだからしっかり休んでほしいという思いももちろんある。どうか怪我だけはしないようにとハラハラする。それでもやっぱりいざ日本代表として国際舞台に立つ「うちの子」を見ると、やっぱりめちゃくちゃうれしいものだ。どうか皆さんにご迷惑をおかけしませんようにと思いながらも、やっぱり誇らしいのだ。ありがとう、そこに立ってくれてありがとう、と思う。私たちに、夢を見せてくれてありがとう。

カープのキャップをかぶった少年も、巨人のユニフォームを着たおねーさんも、みんなが一緒になって「やまーだてつと!」と叫ぶ。東京ドームに、やまだコールが鳴り響く。私が秋山のブルーハーツで「がんばれー!」と叫べるのが嬉しいように、別チームのファンの人は「やまーだてつと!」と叫ぶのが嬉しいのだろうかと思うと、なんだかにやけてしまう。

「夢へと続く道」の夢は、一体なんのことなんだろうねと息子と前に話したことがある。それはヤクルトの優勝であり、てっぱちがまだ経験したことのない日本一であり、もっともっと大きなその先の何かなのかもしれない。

ギータほどの勝負強さは正直まだまだ、てっぱちにはないかもしれない。(しっかしギータときたらかっこよかった。)だけど、まだたった26歳の、まだまだ成長してゆけるその伸びしろに希望をいっぱい抱きながら、この先の夢をそっと応援していけたらいいなと思う。

てっぱちいつもたくさんの夢をありがとう。というわけで次は夢へと続くスタンド超える打球をよろしくお願いします。(容赦ない)

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