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蝦夷の春事情

3月17日(金)
6℃/−1℃
晴れ のち 雪

寝る前に入れた湯たんぽを足先でさぐると、まだ少し暖かい。
春はまだまだ先だなぁ、と嘆きながらも、1ヶ月前に比べて日の出が1時間も早まっていることに起きがけカーテンを開ける動作で気がつき、誰にともなく感謝したくなる。

去年の今頃はまだまだシャーベット状の雪がそこここに分厚く残っていて、脇道では轍に乗り上げた車がボインボイン弾み、私の足はひっきりなしに雪に取られてヨレヨレ歩くほかなかったが、今年は1週間も前からアスファルトがすっかりと顔を出し、車はスムーズに道路を滑り私はスニーカーで闊歩している。

毎年アスファルトの上をスニーカーで歩くこの3月中旬〜下旬になると、久しぶりに地に足がついたような、大地を踏みしめる喜びを感じずにはいられない。

公園の花壇には雪の重みによって海岸に打ち寄せられた海藻のようにひしゃげた多年草が、久しぶりの陽光と酸素に息を吹き返しているのが見える。

帰宅時には、わずかに路肩に残っていた排ガス色の雪上に、パウンドケーキに振りかけられた粉砂糖のような淡雪が降っては溶けてを繰り返していた。

本日のこと
氷点下まで冷え込む朝方に
雪解け水は静かに結晶化する。
5ヶ月ぶりに顔を出したアスファルトは
除雪車によってこそげ取られた傷が
あちこちに刻まれ、痛ましい。
スニーカーに入り込む砂利もこの時期の風物詩。
これらは雪に撒く「すべり止め」の砂である。

ちなみにこの砂は、札幌市内におよそ4000ヶ所に設置されている砂箱から市民が自由に撒くことができる他、散布車などでも撒いており、年間で7000トンから8000トンの砂が使われ、およそ1億5000万円の費用がかかっているらしい。
雪が溶けるいま時期から、歩道車道にかかわらず堆積した砂利の清掃作業が始まる。

3月はまだまだ冬に限りなく近い春、ということが当たり前過ぎて、桜と花粉の季節真っ只中の本州とこことは全くの別世界であるということを、ほんの数年前まで認識していなかった。

まず、北海道には杉がないと知ったのは数年前、平泉の中尊寺で歩いた杉林の中でのことだった。(一部道南[函館の方]にはあるらしい)
「こっちにあるアカマツやエゾマツとは風情が違うなぁ」と思っていたらそれが杉だった。
北海道では杉による花粉症患者は少ない、というかあまり聞いたことがない。
北海道で「花粉症」といえば、糖がけのお煎餅みたいな木肌が美しいシラカバによる花粉症で、大変お気の毒にもそのうち約4割が果物アレルギーを発症すると言われている。

幸い今のところ私は花粉症ではない。

芽吹き始めた5月のシラカンバ

そして、桜。
今年の桜前線を見ると、札幌での開花は4/24頃とのこと。
例年よりも早い方だろう。
私が子供の頃は、毎年ゴールデンウィークが見頃だった。

北海道は、梅と桜がほぼ同時に咲く。
2月の北海道は、最も雪深く最も冷え込みが厳しいのだが、本州で2月に梅が咲くと知ったときの衝撃は、自分のクラスだけが学級閉鎖にならなかったあのときと同じくらい強いもので、こちらの雪解けを待たずして梅を始めとした花々の便りが次々と届くことに言い難い驚きを感じた。

4月の終わりから5月の始めになると、香りの強い白梅、眼に鮮やかな紅梅に混じって、ソメイヨシノやエゾヤマザクラが開花する。
それらが同時に花開くのを数十年間見続けていただけに、あたかも日本中でそうかのように思い込んでいた節がある。

去年4月末
梅は終わりに近づき
桜は七分咲きくらいだろうか

北海道の桜は本州に比べて色が濃いと言われているのは、桜には寒いほど色が濃くなるという性質があるから、らしいが、北海道の桜しかほとんど見たことがないので比べることができない。

去年の4/28の写真。
エゾヤマザクラだろうか。
エゾヤマザクラ

もう一つ北海道ならではの桜のエピソードとしては、「ジンパ」を欠かすことはできない。
道産子は、桜を見ながらジンパをする。
海でも山でもジンパはするのだが、この時期のジンパはその年初めての記念すべきジンパとなる例がほとんどで、花よりも何よりも寒さとの戦いとなる。

ジンパとは、お察しの通り「ジンギスカンパーティ」の略。

4月下旬の札幌の平均気温は9.2℃、最高気温は13.9℃、最低気温は5.1℃。
この中で強がりながらビールを呑み唇を紫色にしながらガタガタ震えて花見をする。
そして炭で暖を取りながらジンギスカンを焼く。

花よりジンギスカン。

ここ数年は、自粛が呼びかけられていたが今年はどうなるだろうか。
私自身は20代前半以降、花見ジンパの記憶はなく、もっぱら花見しながらジンパする人を見る専門である。
桜の花が、ジンギスカンの煙に燻され白く曇っている光景は、到底「花見」とは言い難いが、これがまた旨いのである。

去年5/14の写真
八重桜とライラックの饗宴。
ライラックは「さっぽろの市木」となっている。

さて、最後にはやはり北海道の虫事情について語るべきだろう。

去年、私が最後に見た虫は「ミヤマフキバッタ」で、10/30のことだった。
虫たちの声は、このもう少し後まで聞こえていた気がするが、このあたりが北海道の虫たちの限界点なのだろう。
11月に入ると、最低気温が急激に下がり始めてしまう。

紫陽花の葉で懸命に生きていた
ミヤマフキバッタ
小さなハエトリグモが雪虫を捕まえている

そして、春になって初めて虫に出会えるのは、たいてい4月後半になってからである。
それ以前にも成虫のまま越冬するものや、アリなどに関しては見かけることがあるが、数は限りなく少ない。

約半年もの間、北海道からは蟲の蠢きが途絶えてしまうのだ。
なにしろ花が咲くのがまさにこの時期から、なのである。

昨年4/24
雪解け直後の山に咲く福寿草
満開のフキノトウ
沼地から伸びる水芭蕉
同じく昨年4/24
フキノトウの花の蜜を吸う
エゾスジグロシロチョウ

ところどころ顔を出し始めた土壌
路肩に集められた砂利
湿り気を帯びた道路
太陽に溶かされ蒸気となって大気を彷徨う雪解けの水

それら全てから春の香りが漂ってくる。

虫が出てくるまであと1ヶ月。

彼らが冬眠から目覚め、新たな生命のリレーを見せてくれるまでの間、冬の間に内に閉じこもりがちになっていた私は私なりに、心と身体を春仕様に変えていかなければならない。

月曜日、虫についてのプレゼンテーションが待っている。
私にとって初めての試みだ。

まずはそこから。



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