インド物語−デリー④−
道には迷ってしまったけど、それで気持ちがどうということはなかった。なにしろ時間だけはたくさんあるし、まあなんとかなるだろう、というのが私の旅の基本方針だった。
でもこれが一人旅でなく、もしここに誰かいたら私は長男的資質を発揮して、宿までの帰り路を探し始める。
大丈夫、任せておいてと根拠もないのに請負いを始める。例え相手がのらくらしていたいような場合でも。
私にはこの場をなんとかしなきゃいけない、という勝手な思い込みの働くときがある。
道に迷うときもその一つで、育ちのうちのどこかの影響によるものだろうけど、心当たりはない。まるでどこか知らないところで呪いにかけられたような気もする。
この長男的資質が発揮されると私の伸びやかな体は緊張してしまい、空回りする滑車のようにその場にいる誰をどこにも運ばない。
私は潮の流れを読めない漁師であり、道を知らないタクシー・ドライバーであり、体の硬いヨガ・インストラクターなのです。適切な場所に人を導く能力を持ち合わせていない。
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全開の窓に肘を引っ掛け鼻歌もひっかけてドライブするように私はインドの首都の知らない道を一人リラックスして歩いた。
瓦礫と砂利の市場を抜けて、幅の狭い橋を渡り、酷暑の中にサリーを着た女性の赤や黄色の点々とした通りを歩き続けた。
喧騒の中で、誰かが水を買っていかないかと言った。
両手を前に差し出して近づいてくる老婆から逃げた。
砂埃をかぶった乗用車の上で犬が寝ていた。子犬は影でぐったりしていた。
気がつくと赤砂石でできた大きな壁の前に出た。壁の上にはモスクらしい建物のドームの形をした頭頂部が見えた。
壁沿いにしばらく行くと門があった。英語とヒンディー語の注意書があり、図解されたカメラには赤い×印が上押されていた。撮影禁止の要項だった。
私は鞄にデジタル・カメラが入っていることを確認して門衛に笑顔を向けた。そして門をくぐった。
こういうルールを鑑みない、いたずら心は三男的資質のような気もするが、長男だってときにはやってみるのである。
サポートしていただいたお金で、書斎を手に入れます。それからネコを飼って、コタツを用意するつもりです。蜜柑も食べます。