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映画「響け!ユーフォニアム 特別編『アンサンブルコンテスト』」レビュー「他者は「点」ではなく一個の「人格」だと学び取って行くのが「高坂麗奈の成長の過程」として描かれているのである。」

吉川優子部長が率いる北宇治高校吹奏楽部は
「吹奏楽コンクール関西大会出場」という結果を残して
「夏」が終わり3年生は受験の為に引退し,
新たな部長に黄前久美子,副部長に塚本秀一,
ドラムメジャー(マーチングバンドの指揮者)に高坂麗奈が選ばれ,
顧問の滝の指導の下,新生北宇治吹奏楽部は始動を開始する。

「ユーフォ」映画の第5作目であり
4年ぶりの「ユーフォ」の完全新作でもある。

吹奏楽は縦割り=セクショナリズムが徹底していて
低音パートなら低音パートのみで練習し
他パートの人間と交流するのは全体練習のときのみという特徴がある。

滝はその吹奏楽の特徴を「弊害」と考え…。
「黄前相談室」を新設して黄前に
パートリーダーには話せない1年生の悩みを聞いて回らせ,
その悩みを解決する役割を振り分けた。
これまでパートリーダーがファストフードやファミレスで
メンバーの悩みを聞くだけ聞いて「うんうん」「分かる分かる」と
慰めるだけで「悩み」は解決したとし,
パートリーダー会議(パーリー会議)で
「悩み」を幹部に伝えないという重大な弊害があった。

1年生は「悩み」を聞いて慰めて欲しいんじゃない。
「悩み」を聞いて解決して欲しいのだ。

その悩み解決の権限を与えられたのが「黄前相談室」で
その黄前をそのまま部長に据え,
「『悩み』は部長に相談すれば解決してくれる」との空気を醸成したのだ。

パートリーダーにはパート毎の練習のリーダーとしての権能だけ残し
パーリー会議も廃止したと思われる。

「アンサンブルコンテスト」…通称「アンコン」では
部内ミーティングの模様が描かれている。
部内ミーティングというのは
黄前,塚本,高坂の3者からなる「幹部」の決定を一般部員に周知するものだ。
幹部が滝の意向を受けている事は言うまでもない。
つまり部内ミーティングがパーリー会議の
「代わり」となっているのである。

弊害しかない吹奏楽部の縦割り行政を嫌う滝は
次にアンコンへの参加を決める。
アンコンと言うのは3~8人の小編成での演奏技術を競い
府大会・関西大会・全国大会への出場を目指すもので
各校1編成しか参加出来ない。
滝はこのアンコンに吹奏楽部員60名全員で参加し,
複数の編成の演奏技術の優劣を校内の投票で決め
最優秀チームを府大会に出場させると決める。

コレは恐らく…普段組まない相手と組む事によって
硬直化した縦割り行政の打破を図るものと推察する。

例えば黄前が参加する「管打八重奏」では
黄前久美子(2年)ユーフォ
高坂麗奈(2年)トランペット
塚本秀一(2年)トロンボーン
加藤葉月(2年)チューバ
釜屋つばめ(2年)マリンバ
井上順菜(2年)パーカッション
森本美千代(2年)ホルン
小日向夢(1年)トランペット
…という普段では絶対に有り得ない組み合わせが実現する。
年次・経験・実力不問と言うのが「アンコン」の特徴なのだ。

「ユーフォ」は吹奏楽コンクール全国金を目指すのが「本編」ではあるが
「特別編」だからこそ実現出来る多彩な顔ぶれが楽しく嬉しい。

「ユーフォ」は吹奏楽部全員に名前と個性があり
「モブキャラ」などひとりもいないのが「建前」ではあるが
「誓いのフィナーレ」で初登場する
新1年生全員の「顔と名前」が一致しないと石原立也監督は語る。
1期と2期(黄前1年生編)ではそんな事なかったのに。

「黄前2年生編」がテレビアニメ化されていない
「辛さ」は作り手も感じているのだ。

「新1年生」の「解像度」を
「アンコン」で上げたかったと監督は語る。

また「キャラクターの成長」も描写したかったと言う。
例えば久石奏は「誓い」では下手に悪目立ちして白眼視される事を恐れる
非常に警戒心の高いキャラクターだったが
「アンコン」では黄前に
ネコパンチしてじゃれついてくるキャラとなっている。
「警戒心を解いた久石の「素」が
「アンコン」や「3期」で描写出来たらいい」
と監督は語る。

「アンコン」で脚光を浴びる事となる
釜屋つばめに関しては監督の認識として
1期でオーディションの結果に吉川が猛反発し神経質になっていた滝が
(防音用の)毛布を片付けるよう些かヒステリックに命じた際,
不貞腐れた表情をしていたのが釜屋つばめで
「彼女はロックなんです」と語る。
ロックと言うのは「反抗」の表現の一形式で
「何ですかコレ」時代の滝に
反抗的な態度を示す釜屋つばめがロックだと言っているのだ。

しかし実際…「釜屋つばめ」とは如何なる人間なのか…。
「アンコン」では釜屋は「管打八重奏」のメンバーと呼吸が合わず
高坂から厳しく指導されている。
黄前「麗奈は…「正しい」ケド…」
「その「正しさ」が相手を追い詰めることがある…」
と高坂に指摘する。

安済知佳(高坂麗奈の中の人):高坂にとって他者とは「点」に過ぎず
他者との距離感がバグってるんです。
だから1年のときは黄前とも腹の探り合いをして「距離」と詰めていて…。
その「距離感」は,
そのまま(黒沢)ともよ(黄前久美子の中の人)との「距離感」の反映で…。
ワタシは…ともよとはそれまで組んだ事がなく
「コイツが如何なる人間か」を知らなかったんです…。
だから…2年となり3年となるにつれて
黄前にデレ始めるのは
ともよとの「距離感」が解消されつつある結果なんです。
今や高坂にとって他者は「点」で無くなりつつある…。
ソレが高坂の「成長」だと思って演じてます…。

「アンコン」冒頭に於いて高坂は吹奏楽部員を…。
「うまい」「うまくなった」人だけが見えていて
「そうでない」人が見えてない。
従って「演奏技術」のみで他者を評価するのだ。

黄前「ワタシ達が3年生になって…」
「ワタシよりうまい人が入って来たら…」
「麗奈はどう思うのだろうか…」

「3期」への布石が既に敷かれているのだ。

「アンコン」に於いては部長の黄前が
釜屋がマリンバ演奏中に呼吸を止めている事に気付き
「他人と呼吸を合わせろ」と指導する。

大橋彩香(釜屋つばめの中の人):ワタシは実際…。
バンドで演奏をしているのですが…。
その際,気を付けているのは常に他メンバーとアイコンタクトすること。
他メンバーの目配せを見て演奏に反映する必要があるんです…。

「気心を知る」=「呼吸を合わせる」へと繋がる脚本の妙に唸る。

黄前は「釜屋」を見ているが
高坂は「釜屋」を…「他者」を見るのに慣れておらず「演奏」のみを聞いて
「何で指示通り演奏出来ない!」と叱る所に黄前と高坂の「差」があり…。

高坂「ワタシが釜屋さんを指導しても演奏が良くならなかったのに…」
「久美子が釜屋さんを指導した途端に演奏が良くなった…悔しい…」
とスネるところが
高坂の「可愛げ」であり「伸びしろ」であり「成長の過程」であると思う。
だって…高坂は負けじ魂の化身で…。
絶対に黄前に負けまいと努力するに決まってるじゃん。

3期3話で3年になった高坂が厳しく指導して泣かせたた1年・武川を
4話では
「凄く良かった」
「時間の無い中,頑張ってくれて有難う」
「初心者のアナタがここ迄出来るって見せてくれたから」
「皆も頑張れたんだと思う」
「コンクール出場メンバー目指して」
「楽しみにしてる」
ってフォローする場面が描かれていて…。
コレは部長の黄前が「1年の武川をフォローしろ」と
高坂に命じていると僕は思ってるけど…。
高坂に「指導力を上げたい」「成長したい」
って向上心がなければ
絶対に黄前の言うコトでも聞かないでしょ。

安済さんはコレを…。
「高坂の成長」として…。
「他者を「点」として見ず「人格」として見る」
「高坂の成長の過程」として意識的に演じられているんだよ…。

釜屋は黄前に「自分の欠点」を指摘された事で
「自分をしっかり見てくれている」黄前に心を開き…。
黄前に「本心」を明かして行く。
釜屋にも「我」があるのだ。
「点」なんかじゃない。

「『アンコン』の本番」や「『アンコン』の結果」を
監督は重要視されておらず
「釜屋つばめを「点」ではなく一個の「人格」と描く」事が主目的で
同時に高坂が人を「点」ではなく「人格」として見る様
日々成長を重ねている過程であると描いて

「次の曲が始まるのです」

吹奏楽部60名全員に名前と個性があるコトを描写した
「登場人物紹介」は…。
監督が吹奏楽部員ひとりひとりの名前を作画しながら落涙したと言う…。

本当に…3期第6話で副顧問の松本先生が
「年を取るとなあ…。
オマエ達若者が頑張ってるのを見てるだけで泣けて来るんだッ…!」
とボックスティッシュ一箱を抱えながら
府大会突破を泣いて喜ぶ描写に監督の姿が重なるのである。

「アンコン」は最初OVA(劇場公開を想定しないオリジナルアニメ)
として発表される予定だったが
「映画」に格上げされ劇場公開が決まり
OP/EDが付き…OPはプロデューサーの強い希望で
ブラスバンドの「宝島」と並ぶ
定番中の定番「オーメンズ・オブ・ラブ」が採用されている。

尺はテレビアニメ2本分の57分で小見出しとアイキャッチが存在し
当初はテレビアニメの延長…「特別編」として作られていた
「名残」を感じさせる。

「アンコン」でキャラクターデザインが新たに設定されたのは
釜屋つばめと剣崎梨々花のふたり。
釜屋は当然としても剣崎は
「リズと青い鳥」の等身も作風も違うキャラクターデザインしか存在せず
「ユーフォ」本編に沿った
キャラクターデザインを新たに設定する必要があったのである。

「黄前久美子」のキャラ設定は変わらないのに
1年と2年で明らかに黄前が「違う」のは
声優さんの声の力が大きいと監督は語る。

「僕達はアニメを作って動かす所までしか出来ないけど…」
「声が付くとガラッと変わって見える…」

引退した吉川優子,中川夏紀,傘木希美,鎧塚みぞれも登場し
受験の終わった吉川と中川と傘木は
「アンコン」にピンチヒッターで参加している。
4人のファンの皆さんにとっては福音だろう。

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