【短編小説】いつかの君と月見酒【#新しいお月見】
「と、言うわけでアタシは今日の月にはこの赤ワインが一番あうと思うわけよ」
麻里はそう言うと手にしていたグラスのワインを一口含む。
ぐびぐび喉を鳴らす音を聞いて、私と洋子は言った。
「……あんた、確か前回もワインだったよね?」
「鈴香の言う通りです。もしや、単にワインがマイブームなだけじゃなんですか?」
それを聞いて麻里の慌てた声が『スマホから』聞こえてきた。
「違うって!前は白ワインだったろ!?っていうか、それを言ったら、洋子こそ日本酒の割合が多すぎんだろーが!」
「いいじゃないですか、日本酒。月見酒の基本です」
「この『月見会』にそういうステレオタイプな概念は必要ない!」
スマホから麻里と洋子のやり取りが聞こえてくる。いつもの事だ。
「ほらほら、ケンカしないの」
私が仲裁すると二人はしばし黙るが、お互いにぐびっと酒を煽ると、ぷは~、と機嫌よく息を吐いた。なんだかんだ仲がいいのだ、この二人は。
私と麻里と洋子は、3人の時間が合う夜にはこうやって『月見会』なるものをやっていた。
各々が今夜の月に合うお酒を持ち寄って月を肴に一杯やる。それだけの会。
もともとはボイスチャットで知り合った顔も知らぬ間柄だが、かれこれそれが一年近くも続いていた。
麻里の提案で始まったこの会合だが、普段の日常を忘れられるこういう場を私も求めていたのかもしれない。
しかし――、
この会を始めたことで私たちは『とんでもないこと』に気がついたのだった。
「じゃあ最後に鈴香の番ですね」
「今日の月に合うお酒はなーんだ?」
二人に促されて私は答える。
「私は……梅酒よ」
スマホの向こうで見えるわけでもないのに手にしたグラスを持ち上げてしまった。グラスの中の氷がカランと音をたてる。
「へぇ、鈴香が梅酒とは珍しいな」
「缶チューハイのやつですか?」
「いや、自分で漬けたやつ。ちょっと早いかもだけど、今日はこれかなって」
今日はロックにしてみたが、市販のものより強いので氷を溶かしながらちびちびとやっている。口に含むと梅の香りが広がって心地いい。
「へぇ、手作りなんて鈴香は意外と器用なんだな」
「意外は余計よ」
「でも素敵ですね。梅酒って出来るまで10ヶ月くらいは掛かりますし、この会が始まったから手作りしてみたってことですか?」
「……まぁ、そうね」
そうハッキリと言われるとちょっと恥ずかしいのだけど、実際そうなのだから隠したって仕方ない。
「なんだなんだ、鈴香もなんだかんだ月見会が好きなんだな」
「ふふ、嬉しいです」
「……うるさいな。黙って月を楽しみなさいよ」
そんなやり取りを挟んで、私たちはしばし月を楽しんだ。
スマホの向こうの二人と月を眺めているだけで嫌なことはすべて持っていってくれる、そんな感覚さえしてくる。
この月を見るだけの会だが、なんだかんだ私はこれを気に入っているのだった。
「……んじゃ、最後に『答え合わせ』といきますか」
「はい」
「わかった」
答え合わせ。この月見会の独自の――いや、この会でないと通常は起こりえない不思議なルール。
「「「今日の月は……」」」
「満月」
「三日月」
「新月」
私たちはタイミングを合わせて夜空に浮かんだ月の名を呼んだ。
「だーっ、そっちかぁ」
「なるほど、それでワインですか」
悔しがる麻里と納得する洋子。
「私はどっちも正解だったわ」
私は手元のメモと二人の答えを比べてにこりと笑う。
「ええ、また当てたのか?」
「いつもながら鈴香は勘が冴えてますね」
「たまたまよ」
こんな風に私たちの月見会では最後にそれぞれの『今日の月』を種明かしするのだ。スマホの向こうからは見ることができない、今の私が見ている月を。
「しっかし、ホントどうなってんだろうな」
「ボイスチャットで話してるのに3人とも『今日の月』が違うなんて不思議ですね」
スマホの向こうは『いつのどこ』と繋がっているのか。それを知っているのは月と私たちだけ。
けれど、そっちの種明かしををするのはもう少し先でもいいんじゃないかな。私はそんなことを思う。
「……ま、なんでもいいわ。もうしばらくはこの月見酒を楽しみましょう」
「そうだね」
「はい」
そう言って私たちは月とお酒を楽しむ。
今日も月が綺麗だ。
✒あとがき
こちらのコンテストに応募する短編小説を書きました!
最後の『答え合わせ』は誰がどの月を見ていたかわかったでしょうか?
皆さんの想像した答えが正解です。
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