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ついにCHANELの赤ルージュが私の手に

恋人ができたら、シャネルのココフラッシュを買うと決めていました。

それはおまじないというか、ご褒美というか、あこがれというか、いつしか欲しくなって、そして自分とした約束みたいなものでした。

でも、もっとずっと先の話になるような予感がしていたんです。

だって私はここしばらく本気で向き合う恋愛から逃げ続けていたから。今度こそと思って向き合ってみると、相手はこちらを向いていないことばかりだったから。

だからなんとなく、伸ばしても手の届かない夢のように感じていました。その恋人への不確かなイメージがシャネルのココにもおんなじように投影されて、だから私はこの欲しかったリップをそっと心の片隅に留めるだけの生活を送っていました。



恋人ができた時に、私はちゃんとこの口紅を思い出しました。それでも嬉々として買いに行ったりはしなかったんです。

ああ、これでココを買ってもよくなってしまった。むしろそんな気持ちのほうが強かったのです。恋人は好きと言ってくれたけれど、私はその人をいい人だとしか思えていなかった時でした。

ココの許しは突然に私の前に降りてきました。その約束をもう手の届かない、どこか神聖なもののように扱っていた自分にとって、もう以前の輝きを放ってはいませんでした。それは私を落胆させたし、でも同時にこうなることはわかっていたような気がしました。

私が憧れたココ。恋人を得て、乙女の憧れを失った。

好きだと飛び込んでいける人と付き合うのだと思っていました。四六時中身を焦がされるような、片時も離れたくないような気持ちにさせる人を選ぶんだと。

でも、私に気持ちを伝えてくれた人は、いい人で、でも男性としてはときめきにかけていたんです。迷ったけれど頷いた自分に、自分自身が冷静な目を向けすぎているんです。

おめでとうと友人に言われても、どうなんだろうまだわからない、そんなことしか返せずにいました。彼には聞かせられないな。そうぼんやり思って、その思いを汲み取るたびに、赤の口紅は離れていきました。




美容室の前の1時間。表参道から原宿にかけてふらふらと歩いていた私は、そこで入るはずもなかったシャネルに入りたい衝動に駆られます。

仕事に疲れてねじ込んだ有給休暇。昼から青山でお寿司を食べて、ひとりカウンターに腰掛け、小さなグラスでビールを飲みました。そんな自分の少しだけ背伸びした気持ちを少しでも長く続けたかったんだろうと思います。

黒いスーツに白手袋の男性が、重い扉を開けてくれます。見たいものは服か化粧品かと聞かれて化粧品と答え、黒いスーツで固めたお姉さんに欲しい物を伝えます。ココフラッシュで朱に近い赤を。でも人気の色は路面店には目当ての色は売っておらず、結局は店を出てイセタンミラーで見つけました。

リップを手にした瞬間、思い浮かんだのは恋人のことでした。この人を選んで良かったと思えた1ヶ月。たったそれだけの時間だけれど、ただ遠い憧れだったココは、彼に褒めてほしい色に変わっていました。

見て、新しい色を買ったの。可愛い色でしょう。

そんな風に彼の視線いっぱいに自分が写っているという喜びを、私は久しぶりに感じた気がします。顔を寄せて彼のくちびるに紅をうつすと、彼は困ったように少し笑う。

それが愛おしいと思えるから、きっと私は買うときを間違っていなかったとそう思えるのでした。




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