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【連載小説】アトキシック・ガール case.22 Circular Captures


「ブラックサンズの拠点のいくつかは既に場所が割れている」

 作戦会議の晩、冷凍庫を探りながら切原は言っていた。このフラクタルシティは超情報集約都市だ。一応にも国家機関である軸座転倒対策本部がアクセスできる情報の量は多岐に渡り、その中には全ての道についてどこをどんな人物が通ったかといったパーソナルな情報も含まれるのだと。

「問題は、どこにフーリエが隠匿されているのかはわからないということだ。フェーザやフーリエはいわば不法移民だ。だから、彼らを識別するための指紋や虹彩、DNAの塩基配列などの基本的な生体データはこちらの手元にはない。彼らがどこから来てどこへ行ったのか、検索しようにもできないんだ」

 何をごそごそと探しているのかと思ったら、彼は最終的に冷凍庫から市販のアイスクリームを二つ取り出した。一方を食うか、と突き出されたので私は彼が手元に寄せた方を指差して受け取る。

「だが、フーリエをこっちに連れてきた後でわざわざ監禁場所を変えるとは考えにくい。そしてそうであるならば、俺たちはフーリエの監禁場所に行ったことがあるやつを知っている」

 フーリエについて私たちが知っていることは少ない。その中で彼女がこっちの世界に来てから接触したことのある人間と聞かれたら、私に答えられるのは一人しかいない。

「フェーザね」

 そういうことだ、切原がスプーンをこっちに寄越しながら答えた。どうでもいいことだが、切原はさっきコーヒーを飲んでいたはずだ。食後にコーヒーを飲んで、その後でアイスを食うというのは少し変わっている気がする。少なくとも私ならコーヒーとアイスの順番は逆にするだろう。

「だから、俺たちの当面の目標はフェーザを生きたまま捕まえることだ。そして、彼から生体情報を採取して、フーリエの居場所を突き止める。俺はフーリエもフェーザも救えるのであれば救いたい。彼らはたしかに異世界の人間かもしれない。しかしだからといって、俺は彼らが生きる権利を持たないとは思わない」

 当初に想像していた通り、切原の方針はそういうことらしかった。だから私も切原の作戦に従っている以上はフェーザを殺すことはできない。それはいくら彼から殺されそうになっても変わらない。そして、作戦はここまで大筋では少しのズレもなく想定通りに来ていた。そう、すべては想定通りなのだ。どこかでフェーザと遭遇してしまうことも。フェーザと一対一で間合いのない状況を作り出すことも。そして私が、このサブマシンガン『もどき』の引き金を引くことも、だ。
 サブマシンガンの銃口からはたしかに銃弾が飛び出した。しかしその銃弾はフェーザに当たる遥か手前で大きく開いた。まるでジャンプ傘のように、その中心から瞬時に十本の足が展開する。その足は細く張られた縄だった。そして、隣接する足と足との間にも同心円上に縄がつかわされていた。その銃弾は射出された直後にいわば網へと姿を変え、そしてそのままフェーザの全身へと襲いかかったのだ。

「なっ!」

 網の勢いに引っ張られるように、フェーザが後ろへ転倒した。もちろんその網はただの網ではなかった。銃で射出する用に作られた特殊鋼製で、先端が少し重くなっている。そのため、発射された際には衝撃で相手を地面へと確実にひっくり返す仕組みになっていたのだ。
 即座に、周りに居た本部の隊員がフェーザを取り囲み、腰に取り付けられた拳銃で三発撃った。それもまた実弾ではなかった。彼らが腰に差していたのは防犯用の策発射銃のようなもので、一本のロープを射出して対象者を拘束するためのものだった。フェーザは縄の上からさらに胸、胴と脚の三ヶ所で縛られ、身体的には完全に拘束された。縄は切ったり擦り減らしたりはできない素材で作られている。もちろん爆破すればちぎれるかもしれないが、これだけ身体に肉薄しているのだからそんなことをすれば自分も大怪我を避けられないはずだ。私にはフェーザはもはや無力化されたように見えた。フェーザもしばらくはもがいていたが、やがて動くのを止めてこちらを強く睨み付けてきた。

「何のつもりだ!」

 そう問われたところで、私にはすべてを一から彼に説明している時間はない。ブラックサンズの追っ手がここにたどり着く前に、切原と合流して実験を成功させなくてはならないのだ。だから、自分がしようとしていることについて、その要旨だけを簡潔に伝える。

「私はあなたとフーリエの両方を助けるつもりよ。だからあなたには信じて待っていてほしい」

 フーリエの名前が出たとき、一瞬彼の目が見開かれたように見えた。そして私の言葉を聞き終えると困惑の表情を浮かべた。彼はまだ私を本当に信頼していいか迷っているようだった。構わないと思った。この時点で信頼しろと言ったって無理な話だ。私の気持ちとしては、これは彼の言う同類として抱く多少の親近感からそう思うのだけれど、フェーザが自分で自分の行動を決めてくれればそれで良いとすら思った。その結末がどうなるんだとしても。

「フェーザの情報を採取したらすぐに本部に送れ、解析を急ぐんだ」

 米内がフェーザの側で手持ち無沙汰に立っていた隊員に指示を出した。私とフェーザとのやり取りの時間はもうこれで終わりだ。周りに急き立てられる以上に、私自身が直観的にそう思った。これ以上、彼に特別言うべきことがなかったからかもしれない。視界を覆っていたゴーグルを頭頂部へずり上げると、私は黙って立ち上がり米内の元へと向かった。

「君はこっちだ。実験を始めなくては」

「わかっているわ」

 彼の先導に従って私は路地を進んだ。走っていない分、フェーザに追われていない分だけその道はさっきと比べたら静かだった。しかし、米内や隊員の空気感か、それともこれからこなそうとしている任務を思ってか、かえって緊張感は募っていた。私はそれらを忘れようとしてサブマシンガンを肩から外した。減ったのはそっくりそのまま肩にかかっていた重さの分だけだった。それで私は、やはりあの銃が軽かったということを再認識せずにはいられなかった。 

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