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殺されるくらい嫌われても構わないひと

宇宙戦艦ヤマトのプロデューサー、西崎義展さんの生涯を綴ったルポ『宇宙戦艦ヤマトを作った男 西崎義展の狂気』を読む。
私はヤマトを観たことがなく、当然、西崎義展さんのことも知らなかった。読むきっかけになったのは日本でも指折りの人気アニメのプロデューサーにも関わらず轟いていた彼の悪行に惹かれたからだった。

・手塚治虫先生が興したアニメ会社に潜り込み「海のトリトン」のアニメ作品のプロデュース権を奪って当時新人アニメーターだった富野由悠季(ガンダムの作者)に初監督させた。

・個人プロデューサーとして金と権力を使って優秀なアニメーターを集めるとプロデューサー権を使って全て自分の意向に従わせた。逆らう人間には容赦せず業界をさったり神経症にされた。

・政治家や暴力団とも関わりを持ち、劇場版ヤマトを売り出す際には創価学会の協力を得て当時の邦画売上ナンバーワンを樹立した。

・ヤマトが空前のヒットとなり大金を手にすると愛人を10人以上囲い外車やクルーザーや億ションも保有し銀座のクラブで散財した。

・ヤマト人気が衰退すると破産し麻薬不法所持と大量の武器保有で刑務所送りになった。

・刑務所から出所した2000年代、再びヤマトを劇場版アニメにしてみせた…。

触れ込みを見ただけでとても夢や感動の詰まったアニメを作った人とは思えなかった。
実際読んでみると、西崎義展という人が何をやったのか、功績を辿りながら関係者の証言とともにお金の流れが克明に綴られていた。なかには愛人とのスキャンダルや、会社を潰して金を持ち逃げして海外へ逃亡したことや、創価学会やヤクザとの関わり、そして当時一緒にアニメを製作していた人達からの恨みのこもったコメントや事件が、ここまで言っていいの!?ってくらい書かれている。
読みながら「魔王」という冠言葉がぴったりな人だと思った。フィクションの中で悪魔のような人を読んだことはたくさんあるけど、実際にこんな人間がいたのかと思うと恐ろしくてたまらなかった。
だがしかし目が離せなかった。
悪行の限りを尽くしてでも西崎義展さんのやりたかったことがなんなのか知りたかった。そして悪行だけに彼からは嘘を感じなかった。
彼のやりたかったことは大金を稼ぐためでもなく、豪遊でもなく、権力を欲するでもなく、宇宙戦艦ヤマトという作品を作ることだったと気付かされた。
西崎義展さんが死んだのは2010年で割と最近のことなのだが、彼が死んだとき周囲の人間は「殺されたのでは?」と囁き、あちこちに恨みを買っているのがわかるのだけど、それでも彼はやめなかった。個人プロデューサーという、会社の金をあてにせず自分のお金で作品をプロデュースすることでヤマトを大ヒットさせた。(読みながら気付いたのだけど、作品が売れなくなったのはヤマトの成功例を担保に銀行や企業に融資してもらってからだった)

読みながら、なんて嫌な人なんだ…とか、恐ろしい…と震えるやら呆れることが多かった。
だがしかし、自分のやりたいことをやるために金を掴み使いまくる姿には、欲望を貫き通した侠気を感じたし、集まった人々から恨みを買われることばかり書かれていたけど恨みの前に夢やお金も買っていたと思う。でないと彼に人は集まらないだろう。
私が人から嫌われたくない気持ちが強い人間だけに、西崎義展という人の生涯はとても沁みた。
彼と同じような人間になりたいとは絶対に思わなかったけど、宇宙戦艦ヤマトは今度レンタルで借りて観てみよう。

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