米田むぎ

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米田むぎ

見つけて下さりありがとうございます。心の整理と頭の整頓に、趣味で短編小説とエッセイを書き、いろんな方のnoteを気まぐれに覗かせて頂いたりしています。

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  • 米田の短編

    さくっと短編

  • 汝、人参を愛せよ

    連続短編をまとめています。更新は毎週水曜日。

最近の記事

【小説】 汝、人参を愛せよ (4)

「あーあ。これは直らないな」  桜庭くんの声が頭の中で何度も跳ねて耳から抜けた。駐車場の屋根に反射した太陽に目が眩んだ私は、桜庭くんが何を言っているのか理解するまでに少し時間がかかった。 「真鍋……」  私の名前を呼んだのは桜庭くんじゃなかった。何度か瞬きをしてようやくまともな視界を取り戻した私の前には、髪をかきあげて地面に視線を落とす桜庭くんと、真っ白な顔をした矢野くんが立っていた。 「ごめん。本当に、ごめん!」  矢野くんは私を見るなりすごい勢いで体を九十度に曲げ、頭の上

    • 【小説】 汝、人参を愛せよ (3)

      ──ピピッ ピピピッ ピピピピッ  頭のすぐ後ろで鳴ったアラームを止めて、布団の中で伸びをする。朝。もう朝。また、朝だ。  顔を洗い、制服を着る。ひと回り詰まってしまったスカートのウエストにため息が出る。そろそろ何か、部活の代わりになるものを探さないといけない。 「おはよう葵ちゃん」 「おはよ。母さん」  リビングに入ると、美穂さんが明るい声で私を迎えた。私は短く返事をして、食べきれないほどたくさんのおかずが並んだ食卓につく。 「ママ! もう間に合わないから、ごちそうさま!」

      • 【小説】 汝、人参を愛せよ (2)

         思えば、私はいつも碧の数歩後ろを歩いていた。そのせいで、私は彼女の顔よりも、彼女の背中に残るシャツの皺なんていうどうでもいいことを鮮明に覚えている。  左。次は右。ここからはずっと真っ直ぐ、行くよ!  叫ぶように張り上げられた声が、風に圧されて強く弱く揺れながら私の耳に届く。私は碧のうしろで小さく返事をした。陸上で鍛えられた体は私の体より頑丈に決まっているのに、腕を回した碧の体が私の想像の何倍も細くて一気に不安になった。思わず彼女のシャツをぎゅっと握ると、碧はお腹から声を出

        • 【小説】 汝、人参を愛せよ (1)

           バイバイ。また明日。友達との挨拶もそこそこに、小走りで学校を出る。私の相棒は、駐輪場の中でも一際目を引く赤い自転車だ。スクールバッグを投げ込んで、私は相棒に飛び乗った。  橙色に傾いた太陽はまだしばらく沈みそうにない。ぽつぽつとまだらに舗装されたアスファルトの隆起に沿って、私たちの影は長く歪に伸びた。肌を撫でる風の中に纏わりつくような湿気を感じて、私はまた一歩夏に近づいたことを知った。  長い間潮風に晒されているせいか、相棒は漕ぐ度にギィギィと文句を言った。山の中腹に建つ高

        【小説】 汝、人参を愛せよ (4)

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        • 米田の短編
          16本
        • 汝、人参を愛せよ
          4本

        記事

          【短編小説】 花

           私は観葉植物が好きだ。毎日少しずつ伸びていく蔓や、増えていく葉にわくわくするからだ。花は好きだけれど、少し苦手だ。毎日水を変えなければ萎んでいってしまうし、少し手を抜くと枯れてしまうからだ。  朝五時に目が覚める私は、朝一番にお湯を沸かし、その間に観葉植物たちに霧吹きをする。この時間、冬は外が真っ暗だけれど、春を過ぎた頃からだんだんと明るくなっていく。霧吹きをした後にカーテンを開けると、葉から滴る露の中に射し込んだ朝日が閉じ込められて、きらきらと私の視界を輝かせてくれる。

          【短編小説】 花

          【エッセイ】 ぬか床の向こうに見た私

          こんにちは。米田です。 最近、ぬか漬けを始めました。「最近」と言っても、かれこれ2、3ヶ月、試行錯誤を繰り返しています。 ジッパー付きのパックに入った「漬けるだけ」のぬか漬けは本当に便利ですね。二週間続いたらパックを卒業しようと決め、無事、今に至っています。 一日一回は様子を見て、かき混ぜて、野菜を漬け、必要であれば塩や粉からし、ぬかを足す。ただそれだけの作業ですが、ぬかを触っている時間は私の癒しです。 良い発酵の証の匂いも、癖になる。 毎日毎日同じことの繰り返しのよ

          【エッセイ】 ぬか床の向こうに見た私

          【短編小説】 心残り

           六歳。初めて親父と取っ組み合いの喧嘩をした。ごろりごろりと放り投げられ、親父の圧勝だった。  九歳。近所の噂好きなおばさんの花瓶を誤って割り、大騒動になった。母さんは謝り通しだった。  十二歳。妹が産まれた。歳が離れて出来た妹は恥ずかしかった。けれど、薄く張り詰めた湯葉みたいな今にも破れてしまいそうな柔らかい頬に触れた時、この子を守らねばなるまいという使命感に駆られた。  十六歳。母さんの原付を勝手に乗り回して畑に突っ込んだ。大破した原付と傷一つなくピンピンしている俺を見比

          【短編小説】 心残り

          春を逃しても桜は美しい

          お久しぶりです。米田です。 近所の桜が見頃を迎えました。 幼い頃は無邪気に花びらを掴む遊びをしたりもしましたが、大人になってからは、葉より先に花が咲くというのは本当に面白い植物だなと思って眺めています。 品種改良によってそうなったことを知ったのは、お恥ずかしながら、つい最近です。 私は季節の変わり目に特に弱いタイプなのですが、自然の流れに乗り切れず寝込んだりしていたら、応募予定だった公募の期日に間に合わない状況になってしまいました。誠に無念。 無念無念と言いつつも、わかって

          春を逃しても桜は美しい

          【短編小説】 桜を見に

          「桜を見に行かないか」  そう言った彼の頬には少しの赤が走っていた。  私の知っている桜の時期とは少し外れていると思った。けれど、彼の頬を見逃せなかった私は、つい勢いで頷いてしまったのだ。  ぎこちなく挨拶をして、車に乗って小一時間。「今日は天気がいい」だとか、「最近は仕事が暇だ」とか、どうでもいい話をした。どこにも舞い散る桜の姿を見ないまま、今は、大きな公園の片隅で温かい珈琲を片手に並んで座っている。 「立派な幹だね」  私は素直にそう思った。目の前に広がる桜並木は、両手を

          【短編小説】 桜を見に

          なんだか「うれしい」note生活

          ご無沙汰しています。米田です。 肩の力が抜ける。そして、たまにうれしい。 これがnoteを初めて少し経った私の感想です。 書くことで心や頭の整理整頓が出来て、誰の目に触れなくとも気持ちが落ち着いたりする。でもそれだけではなく、書いたものを読んでもらえることは、気持ちをふっと軽くしてくれるようなところがある。 力みに力んで描いた小説も、勢いをそのままにぶつけた小説も、のんびりまったり綴ったエッセイも、私自身を左右することはありません。でも、スキを頂けると、「見てるよ〜」「

          なんだか「うれしい」note生活

          【短編小説】 合わない枕

          「今日は遅いの?」と母。 「早くはないと思う」と父。  母は小さく眉をひそめて黙る。私の隣で朝食をつつく父は、そんな母に気がつくこともなく鮭に夢中だ。  私は私のすぐ隣にある左利きの父の肘を小突いて、「帰りにスーパーに寄れるような時間?」と聞いた。  父はそこで初めて母の真意に気づいたようだった。 「ああ、遅くても19時には駅に着くと思うよ」 「それなら、今日は豚カツにしたいから豚肉をお願い出来る?あと、ソースももうすぐ無くなりそう」 「わかった」  会話を終えると、母はほっ

          【短編小説】 合わない枕

          ままならぬままママをする。

          どうにもならないことはどうにもしない。 独身時代はそんな風に諦め半分で気楽に生きてきたけれど、子育てはそうはいかない。 子供に触れた瞬間から親になるのだ。諦めたところで、どうにかしなければならないことばかり。 親になったことを後悔しているとか、そういう話ではないことは前もって伝えさせて頂きたい。 「子供への完璧なサポート」という他人の言葉が、私は少し苦手である。こちらを思っての言葉だろうが、その概念を持ち続けること自体が、なかなか難しいことなのではないかと思っている。 教

          ままならぬままママをする。

          【短編小説】 花の粉

           今年もこの季節がやってきた。  お正月ムードが落ち着く頃に始まるそれは、じわじわと私の体に違和感を広げて、日が長く風が柔らかくなっていくにつれしっかりとした異物となる。  私は花粉症だ。特に、春は酷い。  目が痒い。鼻がむずむずして乾燥する。赤い湿疹を伴いながら日に日に肌が荒れていく。  命を繋ぐために行われる自然のことなのだから仕方がないとわかっていても、恨まずにはいられない。試しに空気を殴ってみたけれど、情けなく自分の振袖が揺れるだけだった。マスクが当たり前になっても防

          【短編小説】 花の粉

          【短編小説】 二度寝

          ふと、眠りから覚めた。薄く目を開くと部屋の中は真っ暗で、夜中であることは間違いないようだった。疲れている時に限って目が覚めてしまうのは、体が長く眠る体力を備えていないからだろう。  手探りでスマートフォンを掴み画面を見ると、時刻は二時半だった。  俺はSNSの通知から適当にいくつかタップして覗き込み、メッセージの返信を送り、最後に使い慣れた青い鳥のアプリになんでもない一言を投稿した。  するとみるみるうちに拡散され、普段見慣れた人々だけでなく、憧れのあの人からも攻撃的な言葉で

          【短編小説】 二度寝

          冷えた珈琲とぬくいソファ

          体調には波がある。体だけでなく、心にも。 それは体調というべきか、心調というべきか、とにかくどうにも心が鉛のように沈んで動かなくなる。 それは体の中心でどろりと澱んで、イキイキした気力を溶かして、体まで動かなくしてしまう。 朝食は摂らない。お腹が空かないから。 自分の機嫌をとるために、なんとか這うように動いて珈琲を淹れる。珈琲をサイドテーブルに置いた後、私はソファに腰を下ろしてぼんやりする。 日当たりのいいリビングは沈んだ心と対照的な明るさを持っている。小窓から射し込む陽

          冷えた珈琲とぬくいソファ

          【短編小説】 清濁織り込み済み瞼

          「どっちの色がいいと思う?」  微妙に色と柄の違うシャツを並べる彼。  どの色も柄も似合って見えるので、この手の質問は困ってしまう。首を傾げて苦笑いをすると、彼は少し拗ねた表情をして「まぁどっちも似合う俺が悪いね」と笑って今日の化粧に似合うシャツを選ぶ。 「ちょっと待って、あと少し」  洗顔後、端から順番に、顔の部位ごとに別の液体を肌に馴染ませていく彼。  ずらっと並んだ特徴的な形のボトルと華奢なチューブ。名前も読めないようなものばかりだけれど、線の細い指先で迷いなく施され

          【短編小説】 清濁織り込み済み瞼