【短編小説】 花の粉
今年もこの季節がやってきた。
お正月ムードが落ち着く頃に始まるそれは、じわじわと私の体に違和感を広げて、日が長く風が柔らかくなっていくにつれしっかりとした異物となる。
私は花粉症だ。特に、春は酷い。
目が痒い。鼻がむずむずして乾燥する。赤い湿疹を伴いながら日に日に肌が荒れていく。
命を繋ぐために行われる自然のことなのだから仕方がないとわかっていても、恨まずにはいられない。試しに空気を殴ってみたけれど、情けなく自分の振袖が揺れるだけだった。マスクが当たり前になっても防げるものではなかった。年々強くなる薬を飲んだその後は、一体、どうしたらいいのだろう。
そもそもこんなに大量に粉を撒いてどうしたいのだ?
同じだけ仲間がいないから余り、余った分を人間に与えることになってしまっているのではないか?
私はしばらくの間考えて、だんだんと面白く思えてきてしまった。もし、「植物が人間の体にも生えるものだとしたら」どうだろう、と。
初夏に気づかず食べてしまった西瓜の種は、おへそからつるを伸ばして夏の間にグングン育ち、残暑見舞いが届く頃には食べられる。
ある日の朝食でうっかり飲み込んでしまった梅干しの種は、何年後かにはまた梅干しが作れる。
実家から送られてくるさくらんぼの種を食べればそのうち目を開くだけでお花見が出来るようになったり、腕や背中にまたたびの種をくっつければ自分だけの猫天国が出来る。
そしてもし自分が杉の木ならば、疲れた人を癒す木陰をつくれるだろう。そしてきっと、春を待ち望むのだ。
電車はとっても乗りにくい。どの建物も天井がやたらと高い。雨を喜び、太陽に笑う。
植物の生えた人間は、なんだかグロテスク。だけど、マスクが常識になった時代に、マスクをしていてもわかるようなしかめっ面をしている人間よりは、幾分かマシなような気がする。
「ふふ。今日は少し散歩に出てみようかなぁ」
私は誰に言うでもなく呟いた。
花粉たちも切ないものだ。必要だから存在するのに、こんなに愛想を振り撒いても可愛がられるどころか憎まれてしまうのだから。
「はっ……クシュン!」
耐え難い目の痒み。むずむずと鼻の奥に残る違和感。
その後、続けて三回くしゃみが出た。勢いの良すぎるくしゃみのせいで、腹筋は筋肉痛だ。
ああ、やっぱり、今日の散歩は延期にしよう。
想像出来ることはいつか実現出来るのだと誰かが言った。命を繋ぐ魔法の粉がいつか私の体で実を結ぶその日まで、もう少しだけ、手加減をして欲しいものだ。
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