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【短編小説】 二度寝

ふと、眠りから覚めた。薄く目を開くと部屋の中は真っ暗で、夜中であることは間違いないようだった。疲れている時に限って目が覚めてしまうのは、体が長く眠る体力を備えていないからだろう。
 手探りでスマートフォンを掴み画面を見ると、時刻は二時半だった。
 俺はSNSの通知から適当にいくつかタップして覗き込み、メッセージの返信を送り、最後に使い慣れた青い鳥のアプリになんでもない一言を投稿した。
 するとみるみるうちに拡散され、普段見慣れた人々だけでなく、憧れのあの人からも攻撃的な言葉で引用されてしまった。
 俺は驚いて画面を閉じた。画面の向こうの人の言う「俺の言葉」は、俺の言葉ではなかった。
 攻撃的な意図も悲観的な自虐もない一言だったはずだ。そもそも、なんでもない、誰でも思うような日常の一言だったはずだった。
 誤解を産みようのない言葉が思ってもいない方向に湾曲されて、それが真実になってしまった。
 ああ、恐ろしい。
 俺はスマートフォンを伏せて置き、全てを明日考えることにした。

 ふと、目が覚めた。薄く目を開くと部屋の中は真っ暗で、まだ朝は来ていないようだった。
 何時だろう。いつもは夜がいつまでも続けばいいと思うけれど、こんな日は早く朝が来て日常を取り戻してしまいたいと思っていた。
 手探りでスマートフォンを掴む。画面を見ると、時刻は一時四十分だった。
「…………え?」
 SNSの通知はさっき開いた時と同じ配置だった。
 落ち着かない気持ちで全てのSNSを開き、最後に青い鳥のアプリを開いた。
 そこは先程まで大量の通知と、言われもない悪意が満ちていたはずの場所だった。しかし指先でいくら更新してみても、その中には、仲のいい人からいくつか返事が来ているだけの穏やかな世界だった。
 俺はドッと疲れが出た。今までのことは全て、悪夢の中の出来ごとだったのだ。
 俺は深呼吸をしてスマートフォンを伏せた。
 そう、あるはずないのだ。俺のどうでもいい言葉が拡散されてしまうことなんて。
 俺はようやく自然に襲ってきた眠気に身を任せて、瞼を閉じた。

 カーテンの隙間から入り込んだ朝日が瞼の上を滑り、俺は目を覚ました。
 アラームは鳴っていない。今日は休日だからだ。
 俺はスマートフォンに手を伸ばして画面を見て愕然とした。画面いっぱいの通知が、覚えのない言葉で埋め尽くされていたからだ。
 恐る恐るスマートフォンを開くと、そこには悪夢の続きが待っていた。──いや、悪夢よりももっと悪い夢の中かもしれない。
 俺自身が攻撃的な言葉を残していて、それに対する反応がその何千倍にも膨れ上がっていたのだ。
 俺はそんなことをしでかしてしまったのか。終わった。自分に落胆しながら布団に身を投げる。
 瞬きをした瞬間、現実逃避からか急激な睡魔に引き摺られ、俺は意識を手放した。

 目を覚ますとまだ夜だった。
 俺は混乱しながらも、こんなに早く日が暮れるわけがないと悟り、これまでの全てが夢だったことを知った。とんでもない夢だった。
 カーテンの外の微妙な薄暗さから、もうすぐ朝日が登るくらいの時間だろうと思った。
 全身が冷や汗をかいている。俺は怠い体を起こし、シャワーを浴びた。スマートフォンを開く気持ちにはなれなくて、そのまま布団にダイブした。
 二度寝するには遅いかもしれない。もうすぐ朝になるだろう。だけどこの疲労感は拭えない。
 明日は休みだ。少しくらい、いいだろう。
 温い布団に身を任せて、優しい眠りについた。

 そして、俺はまた目を覚ます。
 手探りでスマートフォンを見ると、休みだと思っていた今日は平日のど真ん中だった。
「もう、勘弁してくれ!」
 届いている大量のメッセージとSNS通知。
 俺は出社する準備を急ぎながら、その通知が現実のものであることに恐怖していた。
 何が現実で、どこからが夢だ? この通知はただの業務連絡ではなく、本当に夢の中で起きた事への攻撃的な通知なのか? いや……あれは夢じゃないのか? だとすればどれが本当で、何が夢なんだ。
 もしかして俺は今も眠っているんじゃないか?

 あの日から、俺は毎朝目覚めている。
 境目がどこにあり、どこからが何なのか、サッパリわからなくなっていた。仕方なく、悪い事が起きれば夢だと思い、良い事が起きれば現実だと思うことにした。
 すると、あれよあれよと運が向き、俺はあっという間に名の知れた企業の会長になった。
 家庭も仕事も、怖いくらいに上手くいっている。
 何年過ぎたのか、または過ぎていないのか、鏡に映る俺は順調に歳を重ねていった。今はもう誰が見てもジジイだ。歳のせいか、夜中に目が覚めることも増えてきた。
 だがどうだろう? これは全て夢かもしれない。
 次に目を覚ます時には狭いワンルームに湿気ったせんべい布団が待っていると思いながら、俺はまた二度寝をするのだ。

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