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【短編小説】 清濁織り込み済み瞼

「どっちの色がいいと思う?」
 微妙に色と柄の違うシャツを並べる彼。
 どの色も柄も似合って見えるので、この手の質問は困ってしまう。首を傾げて苦笑いをすると、彼は少し拗ねた表情をして「まぁどっちも似合う俺が悪いね」と笑って今日の化粧に似合うシャツを選ぶ。

「ちょっと待って、あと少し」
 洗顔後、端から順番に、顔の部位ごとに別の液体を肌に馴染ませていく彼。
 ずらっと並んだ特徴的な形のボトルと華奢なチューブ。名前も読めないようなものばかりだけれど、線の細い指先で迷いなく施される彼の自己愛が美しく、その姿にはいつも見惚れてしまう。

「どうしたの?」
 優しい眼差しで頬に触れてくる彼。彼の目元は、今日も長いまつ毛から色気をふわりと漂わせている。
 顔に化粧を施した、何も飾らない彼。毎日自由に性別を選び、彼の好きな彼になる彼。
「わからない。わからないから見てる」
 その言葉を聞いた彼は薄く微笑んで耳に髪をかけた。
「……二重にするの、上手になったね」
 彼の仕草一つ逃さないこちらの視線から話題を逸らすように、彼の親指が瞼のすぐ横をなぞる。
 瞬きをした自分の瞼に残る少しの違和感。彼の瞳を見つめると、いつもと違う空気を纏った彼と視線ががぶつかった。
 自分の控えめな目の造りは嫌いじゃない。それがハッキリとした二重になったところで、どうにかなるわけじゃない。それでもそうしたいと思ったのは、少しでも彼の気持ちに自分を重ねてみたいと思ったからだった。
 尊敬と、羨望と、好奇心。それから汚らわしい欲と少しの嫉妬と混ぜて、得体の知れない彼を測ろうとしている。そして彼を透かして見た先に、自分の姿を見ようとしている。
 自分の喉から出る声も、体を包む肉や皮の質感も、性別を決める器官も心も全て、未だに、自分のものじゃないようで。それでも彼が欲しいと思う気持ちは本物で。
 自分のことなど何一つわからないまま、僕は、私は、俺は、アタシは、自分は、彼のことばかり知って、一つも忘れられないでいる。
 彼は背中を押してくれない。抱き寄せることもない。
 嘘か誠か、手の内を一つずつ見せては微笑むそのずるさに、ずっとずっと惹かれているのだ。

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