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「バクッ、ゴックン。」

「すぅーー、ふぅーー。 やっと此処まで来た。長かった。俺は遂にトップまで上り詰めたんだ。」

社長室でふかふかのソファーに腰をかけ、疲れきった身体をいっぱいに伸ばした。そして空腹をパンととって置きのワインで満たしながら俺は外を見た。すべての建物が小さく見えた。

俺はとうとうやりとげた。夢を叶えた。

ここまで必死に頑張って来たんだ。これですべてが俺の手の中だ。頂点だ。この会社のビルからの眺めが最高だ。この日がほんとうに来た。
馬鹿にしてきた糞みたいな奴等を後悔させてやれる。俺はやってやった。血反吐、吐く思いで此処までやって来たんだ。
これですべて、おれの思いのままになった。まぁ、周りにいる奴なんか相手にするほどでもないけど。これからの欲が心の底から溢れでてくる。

「ふぅー、明日も忙しくなるなぁ。会議が3つも入っているし。早く帰って寝るとしよう。」
疲れきった身体を達成感が軽く持ち上げてくれた。
これからもっと忙しくなるだろう。これからの多少の不安はあったが強い自信があった。嫌な思いをここまで我慢してやって来たのだから。

俺は帰ろうと部屋のドアを開けた。

「うわぁぁぁ!! お、お、おい!! な、な、なんだよ!!」

俺は意識がぶっ飛ぶくらい驚愕し、後ろへと後ずさり、尻もちをついた。
そこには今までに見た事ない、明らかにこの世のものではない姿の化け物が立っていた。暗くどろどろとした辺りの空気すら、霞みそうな意識の中見えた。
俺の事をじっと見つめている。そして、何の声も発さずにゆっくりと一歩一歩こっちに近づいてきた。

俺は全神経が鳥肌をたったような恐怖で動く事すら出来ず朦朧とした意識の中でそいつを見てるだけだった。怖い。やばい。逃げなきゃ。怖い。
そいつは目の前まで来て、部屋いっぱいくらいに口を大きく開けた。

「何? 何? や、や、やめろ、た、た、頼む、やめてくれぇ〰️〰️、うっ、うわぁ〰️〰️。」

「バクッ、ゴックン。」


ハッっと俺は起きた。ソファーから勢いよく落っこちた。

「痛っ!! はぁ、はぁ、はぁ、何なんだよ・・・夢か・・・ヤバいだろ! まじ怖すぎだろ。」

今にも吐きそうな気持ちを唾ごと飲み込んだ。汗で体が冷えまくっていた。この夢を理解が出来ないくらいに焦った。

そしてふと視界にはいった時計に目が向いた。時計は朝の9時を指している。

「ヤバい! クソ! 会社に行かないと。」

起き上がろうとした瞬間電話がなった。

「起きた? ねぇ、起きた? もう9時なんですけど!  今日は遠くに行くって。デートするって言ったじゃない。」
俺はパニックになった。

「えっ? 誰? 俺、今日は大切な会議が・・・・」
「何言ってんの? あんたの所そういう会社じゃないじゃん! まだバイトのしたっぱのくせに!」

俺にはよくわからなかった。すぐさま適当に電話を終わらせた。
そして、秘書に電話をかけようとした。しかし秘書の電話番号が見つからない。
俺は慌てて支度をした。だが何故だか違和感が尋常じゃないほどに俺を囲んでいた。

「えっ? あれ?」

何かが違う。部屋を見渡した。

「ん? は? ここ、俺の若い頃住んでた所じゃないか?」

戸惑った。そしてまた混乱した。見渡した先の鏡に自分の姿が映った。

「あれ? 何? 少し若返ってる?」

毎日見てる自分の顔だからこそすぐにわかった。この違和感を抱いたまま外へ出た。そして辺りを見渡せばまた違和感ばかりだ。

「あれ? え? ここは20年前に住んでたとこだよな? 何がどうなっているんだ? どういう事だ?」

まだ夢の中なのか死んでしまったのか、いろいろな想定をした。が答えは出ない。 今いるこの状況に合わせるのに戸惑いながらもとにかく会社へ急いだ。
しかし、会社に俺の登録は無かった。社長なのに・・・? 建物から追い出された。もう、訳がわからなかった。

理解はできないが20年前に戻っている。そして辺りをふらつきながら歩き続けた。しかし時間がどんなに過ぎても俺の時間は元に戻る事はなかった。俺が積み上げた栄光はすべて失われた。

最初は勿論、受け入れられなどしなかったが毎日のニュースや流行りなど身の回りの事でじわじわ実感し始めた。

「えっ? 現実なのか? 映画みたいな事が起きてる。ハハッ あり得ない。いや、夢だろ。ハハッ。」

少しあっけらかになり、そして少しワクワクもしてきた。

全てを失くした恐怖とよく分からない性格上の好奇心が胸の中で共存していた。
だけどよくよく考えれば、同じ工程でトップまでのしあがればいいだけの事で特に俺は変わらないと前向きにこの世界を生きようと思っていた。

そして俺は当時の動きを再現させながら、また1から始まった。

だが何故だが結果はそううまく行かなかった。まったく同じやり方をしても同じくは進んではくれなかった。歴史が変わってしまったのか? のしあがる為に前とは違う手段もやった。やれる事はすべてやった。だがうまくはいかなかった。前の俺の存在はあっさりと崩れ去った。ただただ意味が解らなかった。
苛立ち、焦り、絶望し、そして途方にくれた。もう、人生にやる気すらなくなった。そして俺は上を見るのを止めた。

それでも時間は進んでいった。普通に就職して高望みの心はなくなっていった。安い月給ながら頑張った。真面目に仕事をしても苛立ちだけはやはり収まらなかった。したっぱはしたっぱなりに悪意を殺しながら働いた。上へ駆け登った俺と同じ悪意だが今の俺には勢いなど出せなかった。やる気がないのだ。
苦労はどの地位でもする。ただ、地位が低いほどやっぱり馬鹿にされる事が多い。それがたまらなく嫌だった。が、もう高望みの俺はいない。諦めてた。


それからそれなりに人生を歩み、時間は何も変わらず俺を進めた。数10年はたった。何事もないごく普通の生活をし、一生、忘れる事の出来ないあの出来事も何故か完全に思い出せずになっていった。

そして、この世界で最初からずっとそばにいた女性と結婚して今、5歳の息子も1人いる。まぁ、それなりに幸せだ。

「お父さん! 先に行ってるね。」
「はいよ、お父さんもすぐに行くよ。」

今日は息子と公園で遊ぶと約束していた。パンを急いで頬張り、コップ1杯の麦茶を飲み込み、今日も普通に休日を過ごす。これが幸せってやつか。

「ったく今日、休みなのに・・・さてと、遊んでやっか。」

疲れた身体はさらに重くなるが子供の笑顔で俺の中は軽くなる。いろいろな幸せってやつはある。何に悩んで生きてるのかは年代によって違うだろう。
今、俺の頭の中は金の問題が大きい。安月給で家族を養って行かなければならない。もっと若い頃に貯めておけばよかったなぁ。なんて事を日々思ってしまう。この子の為に頑張らなきゃな。これが親なんだ。
まぁ、ギリギリだけど子供も育ってるしうまく行ってるのではないかと頷いている。これからが大変でこれからが楽しみだった。

立ち上がり、ふと目線をあげた。

一瞬で悪夢は甦った。

奴がこっちを見てた。恐怖と絶望が同時に今さっきの感情をさらい襲いかかってきた。がそれ以上に脳内は混乱でうめつくさられた。

「お、お、おまえ・・・ ほ、ほんとに・・・  な、な、なんなんだよ。俺が何かしたのか?  何なんだよおまえ・・・」

唇が震えてうまくしゃべれなかった。

奴は一歩ずつ向かってくる。
俺には家族がいるんだ。もう俺は失いたくない。俺は逃げようと奴に背を向けた。が大きく開けた口のおどろおどろした雰囲気を振り払う事はできなかった。身体が震えでうまく動けない。嫌だ嫌だ嫌だ。
奴は俺から目をそらす事はなかった。

「バクッ、ゴックン。」


ハッっと俺は起きた。イスから落っこちた。

「くそ! 本当になんなんだよ! 死んだか? 夢か? また生きてる。 まさか?」

辺りを見渡した。そこはまた前の住んでた場所に戻った。

「うぅー、あぁー、俺の家族・・・・何なんだよ・・・くそぉ!くそぉ!」

もう、すべてが絶望だった。俺の幸せは一瞬で消えた。
家族は居ない。結婚なんかしてなく子供も居ない。1人の1人だけの部屋。涙が止まらなかった。1週間は泣き続けた。

俺は何もする事が本当にできなくなった。俺の思考は止まった。もう何もしない。したくない。
ふと自殺すら過った。 でもまだ俺は死にたくはない。死ぬのが1番怖かった。どうすればいいのか考える事もできない中、ただただ時間だけが過ぎた。それから死について考える事が多くなって行った。

「このまま俺はいつ死んでいくんだろう。そもそも普通に死んでいけるのだろうか?」

人生は死が見えているから素晴らしく生きれるのかもしれない。繰り返し生きるのはゴールが無い迷路を彷徨うみたいで何も得ない事を知った気がした。時間に俺は殺されているみたいだ。そんな余計な事さえ俺の脳は思いこんでしまっていた。

死という思考が過ぎ、この訳のわからないループから抜け出せる方法を思考し、またそれも過ぎ、そしてやっと今をどう生きるかを考え始めた。
人生は長い。長いがゴールは必ずある。信じている。長い中で結果がチャラになってしまったら生きた意味さえ失くなってしまう気がした。
だとしたらいつか来るはずの最後に人生楽しかったと思えるように生きようと思った。
急に俺は何だか吹っ切れてきた。

そして、とにかく自分の為だけに生き始めた。
多少の苦労や悩みはあったがなるべく考えずにやりたい事をして楽に生きた。
何年間か遊びまくって自由に過ごした。周りなど気にせず、他にはなんの関心もなかった。それなりに楽しく生きれた。だが、そんな暮らしは早くも奴を忘れた頃に奴が現れてまた喰われた。

喰われる前に、少しだけこれで終わります様にと願えるほどの自分がいた。


そして、俺はハッとしてまた起きる。
終わりはしなかった。忘れては思い出し、忘れては思い出す。
こんな出来事を忘れてしまう事、あり得ないのに繰り返して忘れてしまう。

ふと、人生とはこういう事かと思った。嫌な思いからは逃げる様に忘れようとしてしまうものだし。恐怖よりも段々とものふけってしまう自分がいた。自分が何をしても、成功してもしなくても自分自身に意味はなく無力であると思ってしまう自分がいた。

また1からの人生が始まった。
何回かの人生を経て、何故かはわからないがこの人生が始まる時、気持ちが少し違った。
少しだけ前向きに生きてみたかった。一生懸命ってやつだ。
何年かが自分なりに過ぎていった。ただただ一生懸命に自分と向き合い、それなりに頑張って人生を送っていった。満足しながら生きてた。とても順調だった。そして充実していた。

ところが、急に悲劇は起こった。

俺は余命つきの病気になったんだってさ・・・

「ふざけんな! なんでだよ! 俺の人生なんなんだよ!」

そんなもんだ、人生は。
また泣けてきた。もって3ヶ月だってさ。

時は淡々と過ぎていった。残り半月くらいには病院のベッドの上で何もできなくなっていた。
俺は窓の外を見ながら俺を見つめていた。
外は晴天だった。風さえ見える気がした。

廊下から小さい子供がお母さんらしき人にパンをねだる声が響いた。

「ねぇ、お腹すいたぁー。カレーパン食べたいぃー。」
「そうね。買って帰りましょうか。」

ぼぅーっと見た空にはふっくらとした雲がたくさん浮かんでいた。

「パンかぁ、食いてぇなぁ・・・」

当時、中学生だった俺は部活の帰りによく寄っていたパン屋があった。毎日のように寄ってるうちにパン屋のおばちゃんが残り物のパンを毎日サービスしてくれるようになった。それがたまらなく嬉しかった。
こんな言い方怒られるけど、大したことない何処にでもありそうな小さなパンでさ、それに皆が笑顔になって町の雰囲気や人の優しさなんかも感じたりして胸がいっぱいになった。

それからパン屋になりたくて学校卒業してから他のパン屋で働いたりして勉強したっけな。
けど、努力はうまくいかなくて挫折してパン屋の夢は諦めちゃったっけ。

「人生はやりたい事とそううまくいかないよな。」

でも俺は人生を俺なりに生きたつもりだ。俺のやりたいようにやってきた。でも結局、後悔はいつも最後に着いてきた。この若さで死ぬのかよ・・・

生きてれば、ほんとの気持ちなんか無くったっていい。強い欲さえあれば強く生きていけるんだよ・・・たぶん・・・違うかな・・・わからない。楽しかったけど振り返ればいろんな欲に振り回されるだけの人間だったなぁ・・・

何の為に生きてたのだろう?

外を見続けている。

夕方になる頃、夕焼け空の綺麗さに負けないくらいに優しい風が美しくそよいでた。

俺は人生ってやつを考え、自分を納得させながら目を部屋に戻した。

奴がそこに立っていた。

俺は一瞬、びっくりしたが落ち着いていた。
俺の人生の余韻で奴の顔さえ悲しく見えた。
奴はじっと俺を見ている。俺も奴をじっと見つめてる。俺は全てを悟ったかのような気持ちになった。

「おまえか・・・・また来たのか・・・・忘れてたよ・・・・来たんだな・・・・来てくれたんだな。今、考えてた。俺の人生ってやつを。それでさ、やっとわかったんだ俺。」

奴は一歩ずつ近づいてくる。

「今日もまた俺は喰われるのか? いっつもお前は忘れた頃に出てきやがるよ。まったくだ・・・ 怖いよ!気持ち悪いし! わかってる、もうわかってる。」

「お前さ・・・・お前は俺なんだよな?  俺が夢を諦めたから出てきたんだよな。俺には夢があったって。諦めるなって。違うとこに向かう俺を喰ってきたんだろ? 本当の俺は忘れてなかったんだな。今まで俺は何してたんだろなぁ。」

また一歩。

「あの時は本当に目指してたんだ。最高のパン職人になるってさ。なりたかった。皆を幸せにしたくってさ。でもうまく行かなくて辛かったんだ。堪えられなくなったんだ。」

また一歩。

「忘れたかった。逃げたんだ。カッコ悪いよな。出来るか出来ないかじゃないよな。思い描いた自分を簡単に諦めちゃってさ。本当にやりたい事があるって事、自分の思いに必死になって生きなきゃな。」

また一歩。

「それが言いたいんだろ?」

また一歩。

「ありがとう。もう忘れたりしないよ。絶対に。」

奴は大きな口を開けた。

「バクッ、ゴックン。」完

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