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未来は思いも寄らなかったりするもんだ Unvorstellbare Zukunft wartet auf dich

20歳くらいの頃、ある新聞記事に目が止まった。

“芸術教育“

“芸術“と“教育“???

え、どう繋がるの?

「ミュンヘンの小学生」などシュタイナー教育を日本に周知させた立役者でもある子安美知子さんの記事だった。シュタイナーの芸術教育について書いてあった記事で、読んだだけではよく分からず、でも惹きつけられ、私のような日本では異端児になってしまう子供にはピッタリの学校だと思った。

シュタイナー保育園の一角

あの頃の日本は、学校でも暴力が許され、子供というだけで理不尽な立場に立たされることも多かった。私は、その理不尽さに憤りを覚える、当時は反逆的な子供だったと思う。
まだ子供だったから、はっきりと言語化できない感情に苛立っていたけれど、今思い返すと、子供のことを何も知らない、わかろうとしない大人に対して不信感を抱いていたのだろう。
とにかく学校が嫌いで、納得し難い校則、炎天下の中の朝礼?、女の子同士のトイレに一緒に行ったりするグループ行動、上級生が勝手に作った下級生に対する決まり事?など、意味をなさない事がことごとく許せなかった。
そんな当時の私は、不登校を繰り返すアウトサイダー的な存在だった。

それに、子供の頃からなぜか自分が子供だということを差し置いて、子供が気になっていた。
また、環境問題への関心も高く、環境に関する絵本を作ったりもしていた。

シュタイナー教育に関する新聞記事を見た同じ頃、たまたま観た映画 地球交響曲;ガイヤシンフォニー1番
植物学者の野沢重雄さんのトマトのお話に衝撃を受けた。
トマトの種一つから、何万個と実るトマトの大木に成長した話。
その時に強く思った。

大事なのは、人を含めた環境なのだと。

そうしたら、たった一つの小さな種も限りなく成長することができる。

子供だって同じだと思った。

バスが出発します!

子供に興味があり、絵本を書くのが好きだった私だけど、それを職業にしようとはその当時はなぜだか思わなかった。

新聞記事を読んでからというもの、その当時住んでいた福岡でシュタイナーの本やおもちゃや手仕事の道具などを売っているお店を見つけ、通うようになった。
知れば知るほど、なかなか理解に苦しみ(共感できないとかではなく、表現が難しいのです)、でも、その世界観や美的教育のあり方に感銘を受け、ドイツのシュタイナー幼稚園や学校の写真を見て、胸を踊らせていた。

私は、妄想族のリーダーにもなれそうなくらい、妄想好き。
あの頃はよくドイツのシュタイナー幼稚園で働く私を映像化して想像していたりした。
でも、ドイツ語も皆無だし、ドイツに住んでシュタイナー教育者の資格をとって、現地で働くなんて、夢また夢の話だった。
宇宙飛行士になることくらい、私にとってはあり得ない現実だった。


会社員として働き、数年後退職し、イギリスへ留学したりしていて、私のシュタイナー教育への関心はだんだん薄れ、長いこと忘れていた。


でも、なんて面白い事でしょう。

あの記事を読んだ、約20年後。

私は本当にドイツのシュタイナー幼稚園で働く事になるのでした。

私の意思ではなく、流れに身を任せていたらドイツに来てしまい(その事については、こちらで詳しく書いてます)。

しかも、その数年後、記事を書かれた子安美知子さんともお会いするだけではなく、一緒にビアガーデンに行ったりしてお話しできたのでした!


あり得ないと思っていたことが、現実になる。


夢はただ見る夢ではない。

進むべき道は、開かれていくのかも知れません。

絶対無理〜
とよく若い人も言うけれど、案外そうでないことが多いのです。


私の20年後も今の私からは想像もできない驚きの未来かも!

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