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兼藤伊太郎

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「無駄」の首謀者、およびオルカパブリッシングの主犯格、兼藤伊太郎による文章。主にショートショート。
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2021年10月の記事一覧

停車場にて

停車場にて

 停車場に毎日通っていた頃があった。これから語るのはそこで出会った人物についての一挿話である。
 この一挿話の主人公である彼もまた、その停車場に毎日姿を見せていた。
 停車場とは本来過ぎ行くべき場所である。そこに着いた人間も、そこから発つ人間も、そこを通り過ぎていく。そこに留まる者はいない。たとえば、そこで誰かを待っているにせよ、その待ち人が来れば、その人もそこを去っていく。誰もそこに留まらな

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それではみなさん、よい終末を

それではみなさん、よい終末を

 未来のお話。
 その頃の人類の世界観、歴史観をたとえるならば、それは砂時計で考えるのが一番わかりやすいだろう。砂は時間とともに確実に減っていき、じきにすべて無くなる。最後の砂のひと粒が落ちる。そして、何もかもが終わる。 
 何もかもが。
 これはいまよりもだいぶ未来の話。
 その、未来の人類は、この世界が何か大それた究極の目的に向かっているとか、あるいは大いなる円環を作っているとか、あるいは無目

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教授

教授

 その頃、ぼくはとある会合に足繁く通っていた。文学的な会話の交わされることの多い会合だった。その頃のぼくの抱いていた野心は、そうした文学的な何かで名を上げることだった。自分の見聞を広げると同時に、野心を成就させるための人脈作りという目的もその会合に参加することにはあったが、結果に関しては今のぼくの立場を見てもらえばおのずとわかるだろう。これまでの数多の負け犬たちが口にしてきた言葉を、ぼくにもさせて

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悲しみのゆくえ

悲しみのゆくえ

 男は悲嘆に暮れていたわけだが、その理由はさほど面白くもないありきたりで月並みなものだから語るには及ばない。たいていの悲嘆なんてそんなものだ。そんなものだろう?
 そんな男に声をかける者がいた。背広の、真面目そうな顔をした男だ。
背広の男は悲嘆に暮れた男に言った。「あなた、ひょっとして今、悲しい気持ちじゃありませんか?」
 悲嘆に暮れた男は無視してやり過ごそうとした。男は誰とも話したくない気分なの

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世界は君が思うよりシンプルだ

世界は君が思うよりシンプルだ

 朝、目を覚ますと、ガールフレンドが子どもを抱いてあやしていた。まだ物心もつかないくらい幼い子どもだ。
こちらの視線に気付いたらしく彼女は小首を傾げた。彼女の腕に抱かれた子どもも一緒になってこちらを見た。
「なに?」
「誰?」
「子どもよ」と彼女は子どもを軽く揺さぶる。「わたしたちの」
「ふむ」と答えたものの、我々に子どもなどいるはずがない。何しろ彼女とは一週間前に知り合ったばかりなのだ

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それぞれの役割

それぞれの役割

 国王の近くには常に予測屋がいた。
 国王、宰相、道化、予測屋の四人組はいつも行動を共にしたわけだ。
 国王、宰相の役割は言わずもがなだろう。道化は笑われるためにいる。そして、予測屋は予測をするためである。何の? 未来のである。
 国王はとにかく未来に起こる出来事を知りたがった。国王自身の考える国王の仕事は決定であり、それは常に決断であるのだけれど、決断を下すためにはその材料が必要なわけで、様々な

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なにか

なにか

 特にすることもないので部屋でゴロゴロしていると、急に男がふたり入って来た。
 それはあっという間の出来事だった。ドアのロックが解錠されたかと思うとドアが開き、驚く間さえなくふたりが入ってきた。驚く間もなかった。
 ふたりの男はふたりがかりで「なにか」を持っている。男たちはそれを部屋に据えると、そそくさと出て行った。もちろん、「これはなんだ?」とか「お前らは誰だ?」とかあれこれ尋ねたが、何一つ答え

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痛みを感じる

痛みを感じる

「私はあなたを殴らなければならない」と黒ずくめの男は言った。落ち着いた声だ。とても落ち着いた声。一切の感情が差し挟まれていない声。単なる事実を伝えているとでもいうかのよいな声。
 それを伝えられたのは椅子に縛り付けられた小男た。額に汗を浮かべ、ガタガタと震えている。それはそうだろう。その小男の目の前に立つ男は、いままさに自分を殴ろうとしているのだ。
「いったいなぜ?なんで私がそんな目に遭わなければ

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一番恐ろしかったこと

一番恐ろしかったこと

 帰還兵がもううんざりしている質問。
「戦場でもっとも恐ろしかったことは何か?」
 尋ねられる頻度にもうんざりだが、何より嫌なのは、問いかけた人間の見世物小屋的表情だった。
 最初、帰還兵は彼らのその表情が何を望んでいるのかわからなかった。それは憐憫にも似ていたし、悲哀にも似ていた。そこに何が潜むのか、捉えられないまま、ただ居心地の悪さに身を捩るだけだった。しかし、メッキは剥げるもので、次第にその

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人違い

人違い

 確かに、わたしはこれといった特徴の無い人間です。それは自分自身認めるところです。平々凡々な存在がわたしであり、わたしのような人間は星の数ほどいるでしょう。あるいは、わたしほど平凡な人間は逆に珍しいのではないかと思えるくらい、わたしは平凡な人間、どこにでもいる、これと言って特徴のない人間です。
 ある日、街を歩いていると、こちらに向かって手を振る人がいます。誰だろうと目を凝らしましたが、それは見知

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責任者出てこーい!

責任者出てこーい!

 青年は思った。
「この世界は矛盾と理不尽に満ちている。こんな世界はおかしい」 青年らしい憤りである。多くの青年と同じように、この青年もまた青年らしい潔癖さを持っていた。
 ということで、こんな不良品の世界をそのまま放置している責任者に抗議をしにいくことにした。さて、責任者といったところで、誰がこの世界全体を管理しているのかが青年にはわからない。そこで、とりあえず、役所に行ってみることにした。

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太った女の人

太った女の人

 ぼくがまだ幼いころの話だ。
 本当に年端もいかないようなころ、ぼくにとって世界は見るものすべてが新しくて、驚きの連続だった。雨が降るのも不思議だし、月が欠け、それがまた満ちていくことに驚嘆したし、毎朝間違いなく太陽が昇ってくるなんて、奇跡みたいに思えた。いつか日の昇らない日が来るのではないかと疑っていたが、今のところ朝が来ないことは無い。
 そんなあるとき、ぼくはひとりの女性に出会った。母の仕事

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見世物小屋の幽霊

見世物小屋の幽霊

 ぼくの生まれ育った土地は主要な街道からだいぶ外れた田舎の寒村だったから、外部から人がやって来ることは極めてまれで、貧しく、そしてこれがぼくたち子どもたちにとって問題だったのだけれど、とても刺激に乏しかった。山も海もふんだんにあったけれど、それを楽しむのは都会の人間だけだ。そこに住むものにとってはそれは日常に過ぎない。
 ごくごくまれに、そんなぼくらの村にもサーカスのやって来ることがあった。他での

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わたしのあたらしいこころ

わたしのあたらしいこころ

 ぐでんぐでんに酔っ払っているけれど、彼の職業はエンジニアである。エンジニアだって酔っ払うことがあるし、テレビの配線に苦戦することがあるし、それで妻に罵られることもある。
 酔っ払っているのは妻に罵られたからではない。それはこれから起こるべきことかもしれないが。
 彼は仕事上の付き合いで飲み、いまとても不機嫌である。そもそも彼は酒を飲むと不機嫌になる。じゃあ飲まなければいいのに、それでも飲む。飲ん

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