あいつの隣【オリジナルSS】
あいつの隣
仕事帰り、独り寂しく牛丼チェーンで腹を満たしているところに連絡を寄越したのは、幼馴染の陽介だ。LINEによると、知らない間に彼女が出来たらしい。その彼女を連れて久しぶりに家で飲まないかという誘いが来ていた。陽介はクラスの中心人物、とまではいかないが明るくて人当たりの良い奴で、いつもヘラヘラとその場を誤魔化すクセがある俺にとって眩しい存在だった。社会人になった今でも仲が良いのはこいつくらいだ。
適当にスーパーで酒とつまみを見繕って、陽介がひとり暮らしするアパートへ行く。人見知りな俺は突然知らされた彼女さんに少し緊張していた。
「お、やっと来たか!」
「なに飲むかわかんないから迷った。えっと…。」
「はじめまして!」
「どうも…。」
「なに緊張してんだよ!こいつが一馬。で、こっちが彼女の小春な。」
「一馬くん、よろしくお願いします。」
「はは、よろしく…。」
小春さん、という名前がよく似合う、小柄で笑顔の素敵な女性だった。俺は面食らった。今まで陽介に彼女を紹介してもらったことは何度かあっが、これまで経験したことのない胸の高鳴りを感じる。正直めっちゃくちゃにタイプだった。
それ以来、陽介を介して小春さんと顔を合わせる機会が増えていったのだが、俺は内心複雑だった。会うたびに新しい一面を垣間見ては、心惹かれていくのがわかったから。直接の連絡先は知らないながら、SNSではお互いをフォローし合うようになり、俺は朝起きては小春さんのSNSをチェックするようになってしまっていて、そんな自分が嫌だった。
3ヶ月が過ぎる頃にはすっかり小春さんのことが好きになってしまっていて、陽介と仲睦まじい様子を見るのはもう辛くなっていた。そんなある日、陽介から「2人で飲もう」と誘いがくる。行きつけの居酒屋のカウンター席に並んで座り、乾杯をすると、陽介はいつもより低いトーンで話し始めた。
「いやー参ったよ。喧嘩しちまった。」
「え、なんで?」
「来月旅行行く話してたんだけど、俺の出張と被っちゃって。小春はいいよって口では言うんだけど、なんか他に言いたそうにしてるから詰めちまった。」
「お前それはないだろ…。小春さんなりの優しさかも知れないのに。」
「でもよ、言いたいことあるなら言ってほしいよ。じゃなきゃわかんねぇじゃん。」
「…言えないことも、あるだろ…。」
「まぁ旅行はまた行けばいいしな。一馬も彼女作れよ。そしたら4人で行こうぜ。いい人いないのか?」
「いや、俺は…。」
俺は小春さんが好きだ。小春がいい。でもそんなこと陽介に言えるわけがない。小春さんの笑顔を曇らせた陽介が憎いとも思ったが、俺は陽介も大事な幼馴染で、悩ませることをしたくなかった。だから誰にも言わない、この気持ちは押し殺すことにしていた。
「なんだよー。お前もなんか言いたげにして。言いたいことあるなら言えよな。」
「な、なにもねぇよ!俺は今彼女とかはいらないんだよ!」
「一馬、お前は消極的すぎ。俺はお前に幸せになってほしいよ。」
「俺は、俺なりに幸せだよ…。」
そうだ。これでいい。陽介との仲も壊したくないし、小春さんにはずっと笑っていてほしい。だからこれでいいんだ。俺は自分にそう納得させて、押し殺した気持ちと一緒にビールを流し込んだのだった。
End.
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