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【短編小説】幼なじみ編(同学年)〜柄本凛子と黒田千宙の場合〜 side凛子


 艶のある黒髪に、伸びた前髪から見え隠れする切れ長の目がまだ眠たそうにしている。生まれた頃から毎日のように一緒にいても、最近では日を跨ぐたびに輝きが増す容姿に驚かされる。
 そのためか高校に入った途端、無意識に周りの女子を虜にしていたのは私の幼なじみ。黒田千宙ちひろ、ちぃちゃんだ。
 と言っても、別に女好きのタラシというわけではない。むしろ恋愛に関しては私と同じく疎いほうだと思っている。いや、思って、と言ったほうが正しいんだろうか……──

「凛子……おはよ」

 登校時の朝、彼は隣の家の前で私を待っていた。
 ちぃちゃんは朝が弱い。誰かが起こさなければ起きられない程度には弱い。だから毎日彼の部屋まで私がちぃちゃんを叩き起こしに行っていたんだ。
 それなのに……

「おはよ…………」
「何。俺の顔になんかついてる?」

 まじまじと見つめても彼の表情は至って普通。きめ細やかな肌質や通った鼻筋が憎たらしくなるほど。

「……ちぃちゃん、ひとりで起きられたんだ?」
「ん。なんとか……」

 眠そうにあくびをしても顔が崩れない幼なじみのちぃちゃん。幼い頃から私にくっついていたちぃちゃんは現在、どうやら独り立ちをしようとしているらしい。
 昨日突然言われたのだ。『もう朝起こしに来ないで』と──。

「だっていつまでも凛子に甘えてるわけにはいかないでしょ」

 その一言が、やけに重い。大きな荷物を抱えたみたいにずっしりと。一体どういう心境の変化なのだろう。いや、正直ちぃちゃんの心境の変化なんて今はどうでもよかった。
 ずっと毎日の日課のようになっていて、気づかなかったのだ。自分がこんなにもショックを受けていることに……まるで任されていた大事な任務を突然奪われた気分。

 ちぃちゃんは小さい頃から私がそばにいないと何もできなかった。授業中は気づけば寝てるし、宿題や課題だって一緒に手伝わないと始まらない。ちぃちゃん自身本当はできることは多いはずだけど、やる気が起きないんだと思う。だからつい私はお節介をやいてしまって、小学生から中学になる頃には"ちぃちゃんのお世話役"と公認されるまでになった。

 そうだ、だからだきっと。こんなにも胸がザワついてしまうのは……──




 昼休憩。高校で新しくできた友達二人と弁当を囲み、ちぃちゃんの突然の異変を聞いてもらっていた。

「ん〜……でも良かったんじゃない?いつまでも黒田のお世話するわけにはいかないし。しかも凛子言ってたじゃん。ただの幼なじみなのに、"二人付き合ってるのー?"って何度も聞かれるから疲れるって」

 そう。高校に入って環境が変わったこともあるのか、ちぃちゃんがこれまで以上にモテていた。これがまた厄介で、入学してしばらくは頻繁に私達の関係を知りたがる人が、入れ替わり立ち替わり聞きにきたくらいだ。『私たちはただの幼なじみだーっ!』と叫びたくなるほどに。

「どうしてそんなに私たちの関係を知りたがるんだろ……?」

 ちぃちゃんのことが好きな人が知りたがるのはわかる。でも既に相手がいる人や数名の教師に聞かれたこともあった。

「そりゃあどっからどう見ても美男美女カップルにしか見えないからでしょ!」
「"えっ、そんな密着して雰囲気出しまくりなのに付き合ってないの!?"って、なるわ普通。うちらも最初さ、心の中で付き合ってないんかい!って突っ込んだからね?盛大に」
「それはもう全力でね」

 そう言って二人は笑っているが……

「雰囲気って、何……?」
「まじか……これだから天然記念物さんは。まあ二人にとってはそれが普通なんだろうね」
「本当に昔からそんな距離感?ケンカとかは?」
「ケンカもするけど、割とすぐ仲直る」
「仲直るて……てかそもそも何でお世話してんの?黒田って絶対やる気があれば何でもできるタイプじゃんか」
「確かに!凛子がダメンズにしてる説」
「それで凛子ちゃんはどうして黒田の親離れにモヤっとしちゃったのかなぁ?」

 目の前でニタニタとニヤける友達が二名。楽しそうだ。この状況をものすごい楽しんでいる。いいんだけどさ、聞いてもらってるわけだし。
 むしろ普段から無愛想な私と友達でいてくれることに感謝してるくらいだ。

「ちぃちゃんの親離れか……」

 そう思われても仕方ない。小さい頃から両親が共働きのちぃちゃんのためにできることをやり尽くした。ちぃちゃんが寂しくないように、私は無意識に親になろうとしていたのかもしれない。それも、誰に言われたわけでもない。勝手にだ。

「小学生の頃にね、私のこのお節介なところをちぃちゃんが庇ってくれたことがあるんだ」

 ちぃちゃんが食べられずにいた苦手な人参を、お箸でズボッと彼の口に押し込めてしまった時の出来事。

『りんこちゃん、そうやって無理に食べさせるの良くないよ』
『ちひろくん人参嫌いじゃん』
『可哀想〜!』

 自分がなぜそう言われるのかイマイチ理解できていなかった私は、『人参は残されても可哀想じゃないの?』と人間ではなく人参側から発言してしまう。それが更なる非難を浴びることになった。

『りんこちゃんのやってることって、お節介って言うんだよ』
『迷惑とも言う!あーあ、嫌われても知ーらないっ』
『将来お節介ババアになりたくなきゃ、ちひろに構うのやめろよな…!』

 男女共に好かれていたちぃちゃんの隣には常に私がいたもんだから、それが気に食わなかったんだろう。
 普段何を言われても平気なはずだった私は、なぜかその瞬間、急にカーーッと顔が熱くなっていった。

『うわっ、見ろよ!りんごみて〜だ!』
『顔真っ赤にして恥ずかしくなっちゃったの?』
『りんこちゃんじゃなくて、りんごちゃんだ〜!』

 バカにされている。それがわかっていても、顔の熱さは治まらなかった。
 "お節介"と言われ、自分のしていたことが全部ちぃちゃんにとって迷惑だったのかもしれない、と初めて感じたからだ。そう思ったら自分が恥ずかしくてしょうがなくなった。

『……ねえ、勝手にりんこのこといじめないでくれる?』

 そんな時、隣でちぃちゃんは静かに怒っていた。

『何言ってんだよちひろ。お前のために言ってやってんだぞ?』
『そうだよ。いくら家が隣同士だからってやっていいことと悪いことがあるでしょ?』

『お前のためにって……そもそも俺嫌じゃないし。りんこが俺にすることでやっちゃいけないことなんてない。俺が一番わかってるから外野は黙ってて』

『はぁ?外野だとぉ?』
『でもちひろくんっ、人参嫌いなんでしょ!?』
『私だったら人参代わりに食べてあげるよ』

『……だからさあ、りんこが食べさせてくれるから、嫌いな人参も美味く感じるって言ってんの。あとこいつが代わりに食べないのは俺に見返りを求めてないからで、りんこの良いとこ潰そうとしないでほしいんだけど』

 "私の、良いところ……?"
 ちぃちゃんの台詞に鼻がツンとして、これはやばいと思った。人前で泣くなんてありえない。それもバカにされているとわかった上で。子どもながらのプライドがグッと涙を押し込める。

『適当でやる気のないどうしようもない俺のことを放っておけない。お節介で責任感が強くて、いろんなとこに気を配れる。そんなりんこだからいいんでしょ』
『……っ、』

 お節介でも、迷惑でも、私のありのままでいいんだと言ってくれたみたいだった。ちぃちゃんはずっと、表面だけじゃなく私の内側まで理解してくれる。そういう男の子だった。
 この時のちぃちゃんの言葉があったから、私は私のままでいいと、思えたんだ──。

「だから、私にとって誇りだったのかも……ちぃちゃんのお世話ができるのは」

 でももうちぃちゃんには必要ないのかも。いい加減愛想尽かされて、さすがにお節介ババアがうざったいって、嫌になったのかも……

「なんっだそのエピ〜〜っ、エモすぎじゃん…!」
「泣けるぅぅ漫画化してよぉっ!」
「……?」

 二人の項垂れる姿に若干引きながら、苦笑いを浮かべていた。





 下校時間、ちぃちゃんは「下駄箱で待っててくれる?」と言ってどこかへ行ってしまった。私は帰り支度を済ませると、言われた通り下駄箱に向かう。その途中、裏庭のほうから話し声が聞こえてきた。

「あの、あのね!私千宙くんのことが好きなの…っ!初めて会った時から好きでね……その、柄本さんと付き合ってないなら、私と付き合ってくれないかな……?」

 ちぃちゃんが告白されている現場を目撃するのはもちろん初めてじゃない。ただ今日は思わず足を止めてしまった。
 なぜならちぃちゃんに告白していた相手が、一年男子の人気ナンバーワンと噂されてる女子だったからだ。髪の毛もオーラも何もかもフワフワで可愛らしい。モテる理由が一瞬でわかった。
 すごくかわいい。私も男だったら守りたいって思ってしまうな……女の子に興味のないちぃちゃんだって流石に揺れるはず……好きになってしまうかも。
 そう思ったら心臓の辺りに痛みが走った気がした。

「気持ちはありがたいけど、ごめん」
「……理由聞いてもいい?」
「好きな子がいる。その子のことしか想えない」

 好きな、子…………

「そっかぁ……そんなに千宙くんに想われてるなんて、幸せ者だなあ〜!」

 その後の二人の会話は耳に入って来なかった。足が知らぬ間に勝手に動き出していたのだ。

「好きな子……好きなこ……す、きなこ……きなこ……」

 呪文のように呟きながら、気づけば帰路についていた。急いでちぃちゃんにメッセージを送る。《ごめん、先家帰った》と。

「知らなかった……」

 ちぃちゃんに、好きな子がいたなんて……
 ずっと自分と同じように恋愛には疎いと思っていた。むしろ興味がないんだと、どこかで安心していたところがある。
 でも好きな人ができたんだとすれば、私の存在は邪魔だ。ちぃちゃんにとっても、相手にとっても。
 そっか…、そっかぁ……だからだったんだ……──
 ちぃちゃんの親離れの理由が、パズルのピースが埋まるようにわかる。

「凛子…!」
「えっ!?」

 バンっと突然部屋の扉が開くと、ちぃちゃんが容赦なく侵入してきた。

「何で先帰った?具合悪いとか?」
「ちょ、……」

 その前に自分の部屋に入って来られたのが中学以来だったので思考が働かない。追いつけない。
 ちぃちゃんはそんな私を置いてけぼりにして、昔より断然大きくなった掌を私のおでこにあてた。

「……熱はないな」
「熱もないし、具合も悪くない……です」

 逃すまいと、今度は私をベッドに座らせ自分は床に座って見上げるちぃちゃん。不服そうである。

「じゃあ、今日元気なかったの何で?今も」
「元気ですけどもっ?」
「嘘つくな。俺が気づかないわけないって」
「……っ…」

 ありったけのドヤ顔で強がっても、ちぃちゃんには全部バレてしまう。私のことを知りすぎている。
 このままだと嫌な自分が出てきてしまいそうで、こわいのに……──

「……先に帰ったのは、ちぃちゃんが告白されてるの聞いちゃったから……」
「…………」
「ちぃちゃんの気持ち知らなくて、ごめん……」
「……それ、そのまま謝ってるだけ?それとも遠回しに俺のことフってる?」
「……?」

 フってる?何のこと……?
 意味がわからず首を傾げると、つられてちぃちゃんも傾いた。

「ん?俺の気持ちバレたんじゃないの?」
「うん。だから私と距離置きたくて、昨日も朝来ないでって言ったんだよね?言ってくれればよかったのに……水臭いなあ」

 違う。こんなことが言いたいんじゃない。
 よくわからない感情に、視界が緩んでいく気がした。

「……凛子?」
「元気がなかったのは、ちぃちゃんが私から離れてくのがちょっと寂しかっただけ。だから大丈夫。慣れればきっと……」

 言っていて胸が苦しくなってくる。
 慣れるのかな……?いつかちぃちゃんが私のそばにいない未来が来ても、それに慣れることができる?
 ちぃちゃんの隣に違う誰かがいて笑っていても、ちぃちゃんが他の女の子に守られても、私は平気になれるの……?
 考えるだけで嫌で嫌でたまらないのに。

「や、やだ……やだぁ〜……ちぃちゃ…、離れていかないで……っ」

 あぁ……私ってほんと、気づくの遅いなあ……。
 いつのまにこんなに、ちぃちゃんのことが好きだったんだろう…………──

「こんなこと……っ、言っちゃう自分がきたない……、カッコわるい〜……っ!」

 気づけばボロボロと涙がこぼれ落ちていた。

「凛子。さっきどこまで聞いてた?」
「だ、だから、……ちぃちゃんに好きな子がいるって話でしょ〜…っ?」
「……そこまで聞いといて、なんで一番重要なとこ聞いてないかなあ」

 自分の初めての感情に戸惑いつつ涙を流す私を見て、ちぃちゃんはため息を吐くように頭を抱えている。

「自分だと微塵も思わないのが凛子らしいけどね」
「……わっ、!?」

 急にちぃちゃんの手が私の手を引っぱった。

「これでわかった?」
「あああの?」

 気づけば彼の腕の中。混乱して目がぐるぐるしている気がする。驚いて涙も止まった。
 代わりに心臓の音はバクバクと尋常じゃない。昨日までとは全然違う。
 ちぃちゃんに触られると安心していたはずなのに、今は落ち着くどころか熱い。体が、全身が。

「ねぇ。どう考えても俺の好きな子って、凛子さんしかいなくないですか」
「…………!そ、それは、あの……ライクじゃなく?」
「ラブのほう」
「っ、!」

 ど直球に言われてしまい、身体中の細胞が爆発しそう。

「で、でも昨日…!」
「俺が朝来ないでって言ったのは、凛子から離れたいとか距離を置きたいとかじゃない。凛子のこと寝起きのまま襲いそうになるからなんだけど?」
「……っ!?」
「俺も男なんでね……凛子が恋愛ごとに鈍いってわかってるのに、凛子の気持ち無視して酷いことするのだけは避けたかった」

 初めて知ったちぃちゃんの想いに、心臓がぎゅうぎゅうと締め付けてくる。
 いつも近くにいたのに、気づかなかった。ちぃちゃんが気づかれないようにしてくれてたんだ……

「ていうか、俺がそうさせてたんだけどな」
「……え?」
「俺の世話してたら他の奴のこと考える暇なくなるのわかってて、凛子に甘えてた。凛子の放っておけない性格利用して縛ってたんだ。……俺のほうが真っ黒で汚い奴でしょ」

 咄嗟に首を横に振った。そんな風に言ってほしくなくて、ちぃちゃんのシャツをギュッと握る。

「好き……私ちぃちゃんのこと、好きよりもっと、好きみたい」
「…っ、!?」
「近すぎてわからなくて、ずっとちぃちゃんの隣が当たり前だったから……ちぃちゃんのこと、一生そばにいられる家族だと思ってたんだ。勝手に」
「……うん」
「でもちぃちゃんが他の子にお世話されるのは嫌だし、ちぃちゃんの隣は私だけがいい……我儘で、勝手でごめん……」
「いいよ。凛子の我儘は我儘じゃないし全部可愛い」
「……っ…じゃあ、これもいい、?」
「……?」

 ちぃちゃんのきめ細かい頬を両手で挟むと、それはちゅっと一瞬の出来事。私にとっては一大事。

「……っ、」
「は、初めてだから、ヘタクソです…!」

 顔が熱い。熱すぎてのぼせそうだ。

「は、い……?ちょっと待て。俺が告ったんだけど?ずるくない?……ていうか、ヘタクソですって可愛すぎるな?」
「……真顔で言うのやめて」
「煽ったの凛子だから」
「…っ、〜〜……!ちぃ、ちゃ……んんっ」

 私がした小鳥のようなキスとは違い、ちぃちゃんは器用に息をして私に長いキスをした。

「はあ……、はあ……」

 私は息を止めていたために息切れしてしまい、更に火照った体が治らない。頭もボーッとしてしまう。

「その可愛い顔、俺以外に見せないで」
「……真っ赤、なってる……?」
「ん。たまらん……」
「み、見ないで……っ」

 恥ずかしくて、ちぃちゃんに見られないよう両手で隠す。今日のちぃちゃんの前の私はよくわからない。感情がいそがしい。

「…………さて。そろそろ僕はおうちに帰ろうかな」

 そう言ってスクっと立ち上がったちぃちゃん。私は無意識にシャツの裾を掴んでいた。

「これからもちぃちゃんのそばにいていい……?」
「……可愛すぎるのもいい加減にしてほしいんだけど、!」
「ちぃちゃんが、真っ赤だ……」

 その表情はりんごみたいで。怒ってるのにかわいくて。
 まんまと笑顔にされてしまった──。


happyloveend♡
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