恋とピアノと私 #11
(#10から続く)
美しいものに触れて美しいと感じる。
崇高なものに直面して恐れおののく。震える。
人の心には、あらかじめそのような機能が付加されているのだろうか。
そうだとしたら、なんのために?
*
たとえば幼いころ、親に連れられて出かけた上野公園。新緑に包まれた美術館の前庭で、漆黒の「考える人」を見上げ感じる畏怖や、落ち葉の舞う科学博物館の前で、巨大な身を翻すシロナガスクジラの像に抱く興奮――
先生が、傍らに置いてあった自身のサクソフォンを手に立ち上がり、お手本というにはあまりにさりげなく、言ってしまえばかなり雑な調子で、テーマとなる旋律をさらりと奏したとき、頭の中に、そんな上野公園の彫像に抱いたのと似たような感情がなぜかふつふつとわき、文化(culture)と自然(nature)がない交ぜになって混沌とした、何か途方もない音楽の道程の先行きに、ひとすじ光が差した気がして、たゆたう音の波にしばらく耳をすませ、息をひそめ、乾いた唇を二、三度なめてから、まぶしさに負けてつい視線をそらした。
わずかに開いていた窓の隙間から、秋の風が吹き込んで耳の裏をくすぐる。どこか遠くのほう、あの山波の向こうから、それとも開けた平地の向こうから……? はるばる長い旅を経てこの音楽室まで届いた一陣の風は、サクソフォンを奏でる先生の周りで、足先から頭上に向かってきれいな螺旋を描いて収束し、はるか数百年の昔、異国の地で生まれた楽曲の響きをたっぷりと身にまとうと、またあの茫洋とした空の果てへと、新たな旅路へ駆けていった。
表現とは何か。
その根源的な問いと、答えの切れ端に行き当たる。
何を表現するのか。表現力とは、何を測る力なのか。
それはたとえばこうだ。太い音を太く、細い音を細く、強くあるべきところを強く、弱くあるべきところを弱く。つねに確かな粘り気をもって演奏すること。しかも、ごくさりげなく、やさしく、何事もないかのように、あっさりとした調子で、それでいて聞く人の横っ面を手ひどくひっぱたたいてやるように演奏すること。
そこにあるのは、まさに狂気であり、執念であり、はたまた、やんごとなき情熱の嵐である。
*
「ちゃんと練習しといてね」
そんな当たり前の一言をもって、先生の講評は終わった。
ひょこりと一礼する彼女に、自分も慌てて立ち上がり礼をする。
時計の針は、驚くほど進んでいなかった。濃密な時間を終え、とたんに重力が戻ってきたかのように、全身に強い倦怠を感じた。痛くもない頬をしきりにこすってしまう。
伴奏者に任ぜられた自分にかけられた「ソリストを引っ張ってあげてほしい」という先生の言葉に、重たい敷石で胸をつぶされそうになるプレッシャーを感じながら、気付けばもう何度も、はじめから楽譜を見返していた。
彼女もまた、目にあやしげな光をたたえ、一心不乱に楽譜に見入っていた。
そうせざるを得なかったのだ。
*
あとでひとりこっそりと、職員室に先生を訪ねた。
先生はもう、元のお茶目な先生に戻っていた。
「練習量でしょう」
表現とは何かを問うた自分に、先生は「何を分かりきったことを」とでも言いたげに、朗らかに笑って答えた。表現力とはすなわち練習量であり、キャリアの長さであり、そして人生経験である。美しさは正確な技術と合理性の大皿の上に載って提示される。美しい表現は、豊富な経験の中からにじみ出てくるものだ。にじみ出てくるべきものである、と。そう言って笑った。目じりのしわが印象的だった。しわの一本一本に、経験が刻まれているのかもしれない、と思った。
そんな、元も子もない。それなら大人に勝ちようがない。逆らいようがないではないか。不満げな表情を見たのか、先生は続ける。
「むしろ君たちの方がうらやましい。大人になったら何も変えようがない」
いいことを言ってやったと満足そうな先生には申し訳なかったが、なんの慰めにもならない。しかも全然ピンと来ない。あれだけの演奏ができても、なお、何かを変えたいと願うものだろうか。まだ、両のてのひらに収まるくらいの狭い世界しか知らない中学生には、それ以上の議論を続ける能力が備わっていなかった。
「ピアノ、何年やってるんだっけ」先生がふいに訊ねる。
「……8年、9年です」
どうサバを読んだらいいのか分からず、結局は本当のことを言ってしまう。
その年で9年か、と先生はつぶやき、
「もっと主張していいよ。思い切りよく」と言ってぐっと身を乗り出した。「君を伴奏に推したのは、ただ伴奏者の頭数が欲しかったからだけじゃない。彼女の演奏に、君のピアノが合うと思ったからだ。やりすぎと思うほどにやりすぎていい。たぶん、それでちょうどいい」
やわらかな声色と、楽しそうな口調に、自分もうっすらと気付き始める。本当は彼女のサックスを高く評価しているのではなかろうか。上手とか下手だとか、そういうのをひとまず脇においておいて、たぶん、この人は根っから音楽が、サクソフォンが大好きなのだ。
分からないな、音楽は。
本当に。
**
やってみたいことがある。
そう言うと、涙目にも見えた彼女がはっと顔を上げてみせた。
二人きりの音楽室に、にわかに夕焼けが差し込み、鮮やかな紅色が白い壁に反射した。
自分からあれをやりたい、これをやろうと提案する機会はそれほど多くなかった。そうすべきでないと思っていたから。彼女のサクソフォンの発表の場であり、自分はただの伴奏者。引き立て役。影。黒子。
だが、それではいけなかったのだと思う。決めつけてはいけなかった。もっと自由に。気ままに。楽に。好きに。自分は、自分の伴奏の意味を根本の部分で取り違えていたのかもしれない。
「少しだけテンポ上げよう」
これくらいで、とピアノの蓋を人差し指でトントン叩いて速さを示す。
テンポを上げれば、その分だけ難易度は上がっていく。
ついてこられるか? あからさまにそう挑発したつもりだった。
うなずく彼女の瞳に力が宿る。あおられて乗ってこない彼女ではない。あおられた分だけ、強く激しく、青く、燃え上がれ――
楽器を構える二人の影が、ななめにずいと伸びた。
無音の空間。
静寂は、今にも破れようと、張り詰めていく。
(続く)