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【初めてのエッセイ】人生で最大の後悔をして母の大切さを知る

うちの母は今日も家族の誰かのために働いている。
当たり前に洗濯物が畳んであって、ご飯を用意してくれて、みんなが快適に暮らせる環境を用意してくれている。
ひとりぼっちのリビングで、たっぷりの氷と麦茶が入った水筒を見て、母が愛おしくなる、そんな朝。

人生でいちばんの後悔

私の人生の一番の後悔は東京に上京したこと。
「一人暮らしがしてみたい」この理由だけで全国転勤のある総合職を選んだ。大学生の時のこと。

実際に上京した初日、私は後悔した。「なんか違う」って思った。一緒に東京に来てくれて、荷解きを手伝ってくれた母を田舎に帰す時、母の泣いた姿と背中は一生忘れないと思う。

「いやでももう決まったことやし。そんなすぐ仕事辞められへんし。」
そんなことを言い聞かせながら、新生活がスタートした。

新卒で就職したのは大手の銀行だった。文学部出身で金融知識のない私は、勉強することと仕事を覚えることに一生懸命になっていた。

その上、初めての一人暮らし。真っ暗な家に帰ると、朝急いで用意した残骸の部屋を掃除し、ご飯を作り、食べることで精一杯。

土日は平日の体力を取り戻すつもりが、会社の同僚と東京散策。いつまでも観光客気分が抜けず、刺激的な毎日を送っていた。そして新鮮な東京の生活は楽しくて、新しい彼氏もできた。

一方でひとりになっては母や地元のことを思い出し、涙する日々。「ちょっと強めのホームシックやから、もう少ししたら落ち着くはずや」そんなふうに自分を励ましながら、ごまかしながら、一生懸命東京での暮らしに慣れようとしていた。

地元に帰ったらあかんって思ってた

長期休みのたびに地元に帰っては、「もうこんなに食べられへんよ」と思うほどの晩ごはんが出てきた。嬉しそうに作る母の姿をみては「東京で仕事をする理由は何やろう」と考える。

「一人暮らししてみて、親のありがたみが分かるやろ?」と帰省する度に聞いてくる。

この一文にこもっている、「一人娘が親元を離れた寂しさと、遠く離れた東京で一人暮らしをしながら新しい環境で切磋琢磨しているであろう、我が子の力強さ」で複雑な母の思いも同時に感じながら
「ほんまそれ。毎日なんのためにこんなせなあかんのやろうと思うよ。」
と答える。

2人の中で「地元に帰ってきたらいい」というお互いがいちばん伝えたい言葉を言わないことが暗黙の了解になっていたような気がしながら。

東京に帰るときは、地元の最寄り駅まで車で送ってもらって、近くのカフェでコーヒーを飲みながら、今回の帰省について振り返るのがいつしかルーティンになってた。

「じゃまた次は年末年始ね。」にっこり笑顔で解散して、母も大きく手を振る。
新幹線で食べる母のお弁当は、ちょっとしょっぱかった。「おにぎり5つも食べられないよ、10日間もありがとうね」と目を真っ赤にしてLINEする。

頑張っていたつもりが、ついに限界を迎えたとき

会社を休んで、病院にいる。朝から腹痛で動けない。
とにかく胃がいたい。痛すぎる。胃をギュッと絞られているような感覚。さらには高熱。

「うーん、コロナは陰性ですよ。胃も何もなさそうだし。ストレスかな。飲み薬出しておくので、暖かくしてお休みください。」

歩いて帰れず、タクシーを手配してもらい、ひとりぼっちの家に帰る。
こんなとき母がいたらな、と大粒の涙もでる。コロナの影響で会社も本格的に在宅勤務がスタートしたタイミング。

「ああ私、地元に帰ろうかな」社会人になって3年目のことだった。

それからというもの、プツンと糸が切れたように、ベットの中で黙々と引越し業者を探した。
これらと同時に、当時お付き合いしてた彼に「地元に帰ろうと思う」とLINEで報告する。彼の返事は「そうだよね、限界まで我慢させてごめんね」だった。

この出来事から1週間後、彼と別れる最後のデートをして、私は地元に帰ってきた。

田舎での暮らし

私が生まれ育った小さな街は、朝の6時にラジオ体操のメロディが爆音で流れる。
その爆音で母は起きる。公園からはおじいさんとおばあさんの最近の病院事情のお話が聞こえる。
大体は話が噛み合ってないけど、それでいい。

朝の8時になれば、畑から何か言い合っているような声で私は起きる。

「なにごと?」と毎回思うけど、言い合いではなくて耳が遠いだけの老夫婦かと安心する。
今日も「野菜できたよ」とおじいちゃんが我が家に届けてくれる。そうそうこのきゅうり、マヨネーズかけて丸ごと食べたら美味しいんだ!

ああそうか。私が求めていたのはこういう豊かさだったんだ。

確かに東京に居続けたら、お金もたくさん稼げたかもしれない。母を旅行に連れていったり、大きな家を買ったりできたかもしれない。
でも、都会で得る「豊かさ」と今まで生きてきた「豊かさ」の質が違うことを実感した。

今日も起きた頃には母がいない。いつもたっぷりの氷と麦茶が入った水筒だけは準備してくれて、みんなの生活のため母はパートに向かう。
仕事が終わって帰ってきたら、ずっと変わらず食べ切れない量の晩ごはんを用意して、お家で待ってくれている。

私が食べ切れなかった分は母が横で一緒に食べてくれる。

「何食目よ、食べ過ぎやで」と「知ってるで、先に食べる晩ごはんの量少なくしてるんやろ」は、いつもどちらを言うか迷う。

結局後者は言ったことがない。
多かった吹き出物も、コンビニで買って帰る大量のお菓子もいまは無くなって、痩せてお肌もキレイになった。

今日はお母さんの好きなシュークリームでも買って帰ろうかな。一緒に食べてくれるかな。


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