田中小実昌『田中小実昌ベスト・エッセイ』

田中小実昌と言えば、第81回直木賞、第15回谷崎潤一郎賞を受賞し、レイモンド・チャンドラーの『高い窓』や『湖中の女』の翻訳で知られる作家だが、こう並べると大層な大作家っぷりを見せてはいるものの、実際は新宿ゴールデン街を夜な夜な呑み歩くウィットとユーモアに富んだすっとんきょうな毛糸帽子のおじさんと言った方が伝わりやすいかもしれない。
ゴールデン街で悲喜交々の人生模様を眺め、自身の戦中戦後の体験と合わせて人の哀しみへの眼差しが熱かった作家だったと思う。
かつて文章の魔術師と称された佐藤春夫が「文章は話すように書け」と言っていたが、それ以上にこれほどまで人なりが表れるエッセイはそうない。
世には、文章を上手いと思わせる漢字と仮名の配分率というものがあるらしいが、その定石とは違う比率の田中小実昌の文章は、例え真似をしたところでその人間性が簡単には追い付けない。
この人間を見詰める眼差しこそが、翻訳に至ったチャンドラーの探偵フィリップ・マーロウにも通じていたのではないかと思わせる名エッセイのベスト版がこの一冊と言う訳だ。



このエッセイにある「路地に潜む陽気な人びと」に登場する“おミッちゃん”こと佐々木美智子さんの昔話『小説家 田中小実昌さん』




田中小実昌 解説「サクリファイス」" を YouTube で見る



田中小実昌ベスト・エッセイ (ちくま文庫)


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