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クルマと時計 ―― だから、おもしろいかも


{鈴木正文YouTube Channel}での発言のいくつかを補足します

鈴木正文YouTube Channel」の第1回と第2回の、それぞれの回での僕の発言のうち、不明瞭だった点が、すくなくともひとつずつあったので、その補足をしたいとおもいます。いろいろな事情がかさなって、ちょっとわかりづらいつなぎになってしまったところがあったかも、です。ごめんなさい。

補足その①
イギリス車とドイツ車のドアの閉めかた/閉まりかた、について


ヴィデオの収録のとき、僕は、「ロールス・ロイスやジャガーなど、イギリス車のいわゆる高級車のドアは、それじしんの重みでコトリと閉まる……」というような趣旨のことをいいました(5分20秒あたりのところです)が、この発言のあと(5分40秒すぎぐらいからです)、「ドイツの堅牢性を尊ぶ文化がありますね……」とつづき、ドイツのホテルの窓の取っ手の際立った重さやドアなどの堅牢感の高さなどの例に触れて、「そこには堅牢なものがすなわち高品質である、というドイツ流の思想が映しこまれている」と述べています。で、もちろん、そのことじたいはまちがいではないのですが、それは、ドイツ車の、あるいはドイツの高級車のドアが、「それじしんの重みでコトリと閉まる」といおうとしたものではありません。そのへんのところが、ヴィデオだけでは、伝わっていないかもしれない、とおもい、いま、これを書いているわけです。

ロールス・ロイスやジャガーのドアは、みずからの重みでコトリとしまります。それは、どういうことかというと、イギリスの高級車のドアを閉めるときに、ドイツ車(このときぼくが頭に浮かべていたのは、メルセデス・ベンツやフォルクスワーゲン・ビートル=タイプ1やゴルフです)のドアを閉めるときのように、力任せに、まるで、なにかを叩きつけたり投げつけたりするかのようにして、バスンッと閉めてはいけない、ということです。というのも、「それじしんの重み」によってドアが閉まる、のだから。ふつうに手を添えてゆっくり、おだやかに閉じれば、ドアは「おのずと」閉まる、のです。

そもそも、バチンとかドタンとか、バスンッとか、力まかせにドアを閉めるという振る舞いが穏やかではありません。ジェントルマンたるもの、物腰はジェントルでなければいけないわけで、クルマのドアを閉めるときも当然そうでなければなりません。ロールス・ロイスの後席の住人としてクルマにのりこむとき、あるいはクルマから出たあと、ドライバーがドアを力任せに閉めたりしたら、そのドライバーは職を失うことはないにしても注意されることでしょう。ロールスやジャガーのドアは、もちろん、遮音材をたっぷりおごっている、というようなテクニカルな要素もあってではありますが、重くできています。そして、それはその重さを利して、おだやかに、「それじしんの重みによってコトリと閉まる」ように閉める必要があるのです。それに、ちょっと前までは、ドイツ車以外のクルマは、ドイツ車のようなつもりで勢いよくドアを閉めることをつづけていると、やがてはボディやサスペンション系統のゆがみに結びつかないともかぎりませんでした。

イギリス車とは対照的な、ドイツ車の堅牢な足回りとドアをふくむボディのつくりがもたらすキャビンの気密性の、例外的ともいえる高さゆえに、ドイツ車のドアを閉めるときは、ロールスやジャガーとは異なり、勢いよくバスンッと閉めないと、かつて(つまり、オート・クロージャーなどの装置がついていなかった時代)は、キチンと締まらないことも多かったものです。ドアの「閉めかた/閉まりかた」にも、クルマにかぎらずモノ全般にかんして、堅牢性の高さを高品質の証ととらえるドイツ的なモノ文化の特質と、かならずしも堅牢性の高さイコール高品質とはかんがえず、むしろ触感や機能のしかたのなめらかさを品質感の指標とするイギリス的なモノ文化の特質とのちがいが「映しこまれて」います。クルマっておもしろいですね。


補足その②
ブルガリ・オクト・コレクションの8角形の、古代ローマとのつながりについて


鈴木正文YouTubeチャンネル」の第2弾では、東京・銀座のブルガリ銀座タワーで4月4日におこなわれた「ブルガリ・オクト10周年記念イベント」の模様を中心に番組づくりがおこなわれました。
「オクト」とは、イタリア語における「8」のことですが、10年前にブルガリがローンチした「オクト・コレクション」は、その名が示すように、8角形と円形が融合した独創的なケース形状が建築的な幾何学性を強く印象づけるという点で、従来の腕時計にはないケース・デザインの地平を切り拓いたモニュメンタルなコレクションであった、ということができます。ヴィデオのなかで、僕は、ローマを本拠とするブルガリは、このケース形状をあたらしい時計コレクションに採用したことにより、古代ローマと正統な結びつきをえた、といった趣旨のことを述べています(6分10秒ごろからです)が、編集の都合上、その理由について述べたところはカットされていましたので、ここでそれについて補足することにしました。
 8角形が古代ローマ的であるというのは、古代ローマの政治的・宗教的中心をなした建物群と広場からなるフォロ・ロマーノという遺跡区画とのつながりゆえです。フォロ・ロマーノには、教会堂をふくむ3基のバシリカと元老院議事堂があったことが知られています。そうして、バシリカのヴォールト(アーチ型天井)の内壁に、天井の軽量化のために8角形の凹みが規則的に設けられていて、それは、古代ローマの壮麗な建築を可能としたローマ人の高度な、そして審美眼にすぐれた、建築術の一端を示すものとされているのです。
 ブルガリ・オクト・コレクションのケースの8角形は、この「格間」(ごうま)と呼ばれるバシリカの格天井(ごうてんじょう)の凹みの形状を引用したもの、というわけです。この引用を、ローマと無縁の時計ブランドがしたのであれば、それはたんなるひとつの新意匠ということであるにすぎないけれど、ローマ・ブランドのブルガリがおこなえば、それはローマ・ブランドとしての歴史的なアイデンティティを標榜する表徴となるのですね。それゆえ、ブルガリ・オクトのケース形状にはオーセンティシティ(正統性)がある、と、僕はイベントの席で、司会のクリス・ペプラーさんの質問に答えていったのだけれど、YouTubeでは編集の都合上もあるし、僕のわかりにくいしゃべりかたのせいもあって、そこのところがカットされていたので、ここにこうして補足したわけです。


{まとめ}


 ということで、こんかいは、クルマのドアを通して読み取ることのできるイギリスとドイツの文化的基層の特質のちがいと、ブルガリの腕時計コレクション、「オクト」のケース・デザインに託されたブランドのアイデンティティ・ビルディングにかかわるアプローチについて、僕なりの見方を書きました。たのしんでいただけたらさいわいです。

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