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バイデン新政権の対中戦略の動向

米国でバイデン新政権が発足しておよそ2か月が経ちました。
 
中国が急速に軍事力を強化する中、トランプ前政権後期から軍の将来装備や態勢等についての議論が活発化しつつありましたが、バイデン政権ではそれらをどう引き継ぎ、新政権としてどのような絵姿を思い描いているのでしょうか。
 
本稿では、ここ1年ほどの米関連情報からバイデン新政権の対中戦略の動向を見通してみたいと思います。
 
1 トランプ政権後期
先ず、政権交代前の動きから追ってみましょう。
 
(1) 軍の装備・態勢・戦術
昨年の国防省による将来海軍検討FNFS:Future Naval Force Study)では、空母の削減や有人/無人の小型艦の導入、大型艦の維持と小型艦の増強等が検討されました。
 
この結果を踏まえ、9月にエスパー前・国防長官が将来計画(Future Forward)を発表し、水上艦艇を355隻まで増強すると明言しました。
 
翌10月、同じくエスパー前・国防長官が新たな将来構想(Battle Force 2045)を発表し、水上艦艇を2035年までに355隻以上、2045年までに有人/無人の艦艇を500隻以上保有する構想を打ち出しました。
 
更にこの構想には、攻撃型原潜の増強や空母の削減、軽空母の開発や無人運用も可能な艦艇・潜水艦の保有、小型艦の増強等、具体的かつ革新的な内容に注目が集まりました。
 
しかし、造船所の収容能力や予算的な実現可能性などが疑問視され、エスパー前・長官及び政権自体が交代したことで、その後の扱いは不明になっています。
 
また、編制の面では、11月にブレイスウェイト前・米海軍長官が、太平洋とインド洋の広大な海域を担当する第7艦隊の負担を軽減し対中抑止力を強化するため、インド洋と太平洋を結ぶ海域を管轄する「第1艦隊」を創設する構想を表明しました。
 
しかし、こちらも海軍長官及び政権が交代したことで、その後の扱いは不明になっています。
 
一方、国防省との関係が深いシンクタンクCSBAは、2019年に発表した中国のA2/ADに対抗する「海洋プレッシャー戦略」(Maritime Pressure Strategy)を補完するものとして、4月に「探知による抑止」(Deterrence by Detection)という報告書を出しています。
 
この中で、費用対効果と相互運用性に優れ、広域的に持続可能な「リアルタイム無人ネットワーク・システム」が、海洋プレッシャー戦略における平時のインサイド・フォースとして機能するとして、西太平洋で50機程の無人機が必要と提言しました。

海洋プレッシャー戦略《CSBA Online》

実際に、米軍はRQ-4グローバルホークやMQ-8ファイアスカウト、MQ-4Cトライトン等の無人航空機(UAV)を既に実戦配備しているほか、国防高等研究計画局(DARPA)が研究開発を進める無人水上艦(USV)シーハンターや、ボーイングが開発中の無人潜水艇(UUV)エコーボイジャー等が、それぞれ無人航行/潜航実験で成果を収めており、米太平洋艦隊は9月、従来は空母打撃群(CSG)を中心に行ってきた演習を方向転換し、2021年には海上・空中・水中など多様な無人システムを組み合わせた作戦について検証する考えを明らかにしました。
 
12月、米海軍・海兵隊・沿岸警備隊の三軍が共同海洋戦略(Advantage at Sea)を更新し、中露への対抗姿勢をより鮮明にしましたが、1月になると、この海洋戦略を補完し、米海軍のこの先10年間のロードマップとして、ギルデー米海軍作戦部長(CNO)が新たな指針(Navigation Plan 2021)を発出し、この中でも有人/無人の艦艇による大規模かつ攻撃的(Lethal)な艦隊の整備を重視する方針を明らかにしています。

三軍共同海洋戦略《国防省ホームページ》

同じく12月、ミリー統合参謀本部議長(JCS)も「将来戦では無人システムや高度な通信技術を使いこなすことが肝要」との認識を示し、「AIを採用し、人間と機械を組み合わせ、2045年までに500隻以上の艦艇のうち4分の1以上を無人化すべき」と主張しました。
 
(2) 予算的な実現の可能性
このように、トランプ前政権下では軍の装備・態勢・戦術について活発な議論がみられ、かなり奇抜で勇ましいアイデアが次々に出ましたが、「本当にそれらのアイデアを支えられる国防予算を確保できるのか」ということが一番の問題といえます。
 
実際に昨年11月、CNOは「確かに将来はある程度の無人アセットは必要で、米海軍は分散された戦術に向かう」とした上で、「将来を不確かなものにしているのは国防予算である」として、国防省による将来計画の実現可能性に懐疑的な見方を示しました。
 
また、単純に数の多さを追求するのではなく、個々の能力、特に打撃力(Lethality)への投資が重要であるとして、空母11隻を維持し、軽空母の開発には慎重を期すべき、また次世代DDGにはこれまで以上にミサイル・チューブが必要だと語っています。
 
また、12月にJCSも「コロナによる大打撃を受けた米国の現状を俯瞰的にみれば、国防予算の増加に期待すべきではない」と語り、予算増加には厳しい見方を示しました。
 
また、現在、攻撃にさらされやすい地域にある日・韓・欧州・中東など海外拠点の縮小を検討し、従来の恒久的な駐留によらず循環的又は一時的な駐留に移行すべきで、比・越・豪などに中国海軍を撃退し得る長距離精密誘導ミサイルを配備すべきと主張しました。
 
なお、FY21の国防予算は、昨年12月に可決された国防権限法(NDAA)で前年度比で0.3%増となる約77兆円が確保されましたが、FY22については多方面から実質的な減額が囁かれています(後述)。
 
2 バイデン政権発足後
その後、1月20日にバイデン新政権発足しました。大統領は就任演説で、政権の課題として新型コロナ対応、経済力の回復、国内分断の平定、同盟国との関係修復、中露への対応を挙げました。

(1) 軍の装備・態勢・戦術
2月4日の外交演説では、中国を「最も深刻な競争相手(Most Serious Competitor)」と呼ぶ一方、「同盟国を最高の財産(Greatest Asset)である」と再定義しました。
 
そして、同盟国と協議しつつ「米軍の世界的な態勢見直し」(Global Force Posture Review)に着手し、軍の戦略・態勢・任務等を再評価・最適化して、今年半ばまでに国防省が取りまとめると表明しました。
 
更に2月10日の国防省訪問では、対中国戦略の見直しを指示(注1) しました。中国専門家の国防長官特別補佐官を長とする15人の作業部会が新たに設置され、インド太平洋地域における米軍の態勢に加え、同盟・パートナー国の役割や情報・技術分野における競争など多角的に戦略を見直し、4か月以内にオースティン国防長官に報告することになっています。

(注1) 政権交代直前の1月、2018年2月に作成されたとされるNSCによる対中戦略に係る極秘メモ(U.S Strategic Framework for the Indo-Pacific)をトランプ政権がリーク。この中で、インド太平洋地域は「最優先すべき権益」(Top Interests)とされ、同地域への米軍のアクセスと、同盟国との信頼関係醸成による米国の優位性確保の重要性が語られており、前政権から新政権に対する対中戦略の方向性を示唆するものと噂された。
 
一方、米海軍は着々と「分散海上作戦」DMO : Distributed Maritime Operations)に向けた準備を進めています。
 
2月8日付の米海軍協会(USNI)は、米海軍は2020年代末までにDMOに不可欠な「海軍作戦ネットワーク網」(NOA : Naval Operational Architecture)の構築を目指しおり、2023年のルーズベルトCSGで行われる検証プロジェクト(Project Overmatch)がNOA開発配備に向けた第一歩になると報じました。

(注2) 米海軍の将来作戦構想。有人/無人の艦艇・潜水艦・航空機を戦域に分散し、大量のデータを集めさせて共通作戦図(COP)を維持。サイバー攻撃も含む敵による電磁攻撃からネットワークを防護しつつ、連接されたAIやディープ・ラーニングシステムが最適なセンサーを使って自動的に識別し、最適なユニットに敵軍に対する照準を行わせ、サイバー・電子攻撃などのノン・キネティックな手段も含め最適な攻撃オプションを迅速かつ視覚的に指揮官に提示。敵軍よりもオプテンポ(軍事的なPDCAサイクル)を早め、意思決定までの時間を短縮することで敵に先んじ、もって米軍の優位性を確保するというもの。
 
なお、国防省は「全領域指揮統制」JADC2:Joint All-Domain Command and Control)と呼ばれるシステムで、陸海空軍及び海兵隊をひとつのネットワークで情報共有し、全領域での作戦を可能にする構想を進めています(昨年9月、ハワイ・グアム方面で行われた「勇敢な盾」(Valiant Shield)演習で3度目となるJADC2実験演習を実施しており、空母ロナルド・レーガンをはじめとする複数の第7艦隊主力艦艇が参加)。
 
また、3月3日には、大統領が国家安全保障戦略(NSS)策定への暫定措置として「当面の国家安全保障戦略指針」(Interim National Security Strategic Guidance)を発表しました。
 
その中で、不要な前近代的な装備・システムを見直し、真に将来的な軍事的優位性に資する最新技術・装備への投資に切り替えると表明しました。
 
また、中・露・北朝鮮・イランなど、権威主義的な勢力からの挑戦を受けており、世界は転換点を迎えているとして、普遍的な価値観、すなわち民主主義を基調とするNATO・日・豪・韓などの同盟国との関係強化を優先課題に掲げるとともに、印太平洋及び欧州の両地域に展開する米軍を強化する方針を示しました。

当面の国家安全保障戦略指針《米ホワイトハウスHP》

その後、議会公聴会や軍関係イベント等でのデービッドソン印太平洋軍司令官による、中国軍の動向や米軍の装備・態勢に係る発言がしばしば見受けられました。
 
司令官は、中国は2050年までにアジアの盟主になることを目指しており、急速に軍事バランスが変化しているとした上で、「このままでは中国は2026年までに能力面で米軍を上回り、今後6年で台湾を支配下に置くことになるだろう」と警鐘を鳴らし、米国の40年に及ぶ台湾に対する「戦略的曖昧さ」を見直す時期に差し掛かっていると語りました(実際、米海軍情報局(ONI)は、中国海軍の艦艇数は2025年までに400隻(内、空母が3隻)に到達すると予測)。
 
その上で、グアムは既に中国の標的になっていることを指摘し、360度の防空が可能でトマホークやSM-6等による攻撃もでき、イージス艦3隻がフリーになると見込まれるイージス・アショアのグアム配備や、日本~台湾~フィリピン~インドネシアを結ぶ第1列島線上に地上ミサイル(射程500km以上)の配備を進める一方、米軍の拠点を一段と分散させていく必要性を訴えています。
 
そのための予算として、米議会超党派が推進する「太平洋抑止イニシアチブ」PDI : Pacific Deterrence Initiative)(注3) と結託してFY22から26の6年間で合計3兆円に及ぶ予算の確保を求めました。

西太平洋における米中兵力比(2025年)《USNIホームページ》

(注3) PDIは、2014年のロシアによるウクライナ侵攻に伴って始まった「欧州抑止イニシアチブ」(EDI : European Deterrence Initiative)のアジア版
 
3月12日、日米豪印4か国首脳会談がオンライン形式で行われました。共同声明では、「自由で開かれたインド太平洋」の実現のため、中国を念頭に東シナ海と南シナ海におけるルールに基づく海洋秩序への挑戦に対応し、海洋安全保障を含む協力を促進するとしています。
 
そして、日米豪印の4か国は、年内に対面での首脳会合開催を目指すほか、外相が少なくとも年に1度は会談することで一致しました。
 
3月16日、都内で外務・防衛閣僚による安全保障協議委員会(2プラス2)が開かれました。
 
共同声明では、中国を名指しして「既存の国際秩序と合致しない行動が国際社会の問題になっている」と批判し、中国海警法に対して深刻な懸念を表明しました。
 
また、日米安保条約第5条にもふれ、米国が尖閣諸島を含む日本の防衛に当たることや、インド太平洋地域の重要性(注4)と日米同盟の更なる強化を明言しました。
 
(注4) ブリンケン米国務長官は3月3日、国務省内での外交政策に関する演説で、「中国は今世紀最大の地政学上の課題」として、中国への対応を重視していく姿勢を明確にしていた。
 
直後、岸防衛相は3月19日の番組で、尖閣等の島嶼部防衛のため「共同訓練で練度を向上し、相手にきちんとプレゼンスをみせる」と強調。
 
そして21日、日米両政府は、年内にも尖閣諸島防衛を想定した大規模な共同訓練を実施する調整に着手しました(陸海空自衛隊と米軍が参加する合同演習となる見通し)。
 
3月19日、ブリンケン米国務長官と楊潔篪中国共産党政治局員らが米アラスカ州で会談しました。
 
米国務長官は新疆ウイグル自治区の人権侵害や台湾問題、米国へのサイバー攻撃、同盟国の経済的抑圧などを挙げ、中国が「世界の安定を維持するルールに基づく秩序を脅かしている」と真っ向から批判しました(一方、楊氏も「台湾や香港、新疆ウイグルはすべて中国から切り分けることのできない領土であり、内政干渉に断固反対する」と強く反発)。
 
これら政治・外交・国防面での動きをみると、オバマ前政権期で副大統領を務めたバイデン氏が大統領に就任し、当時、アジア回帰(Pivot to Asia)政策を打ち出したキャンベル元・国務次官補がNSCの新規ポスト「インド太平洋調整官」に就いたことで、バイデン政権もまた対中宥和政策に戻るのではとの懸念の声も上がっていたましたが、これは杞憂であったようです。
 
(2) 予算面での実行可能性
ただ、政権が変わり、厳しい対中戦略が取られたとしても、コロナ禍でのダメージ(注5) もあり、米国の国防予算は増額が見込めない状況は、しばしば指摘されています。
 
予算の7割近くは人件費や基地装備など維持費や老朽化対策も必要で、3月3日に大統領が示した当面の指針に対応して新装備の研究開発費を確保するには、何らかの現有装備への予算を打ち切る必要があり、その一案として空母ハリー・S・トルーマンを廃止する案も浮上しています。
 
いずれにせよ、全体としてFY22予算案は7,040~7,080億ドル(約76兆円)のラインで調整が進められており、実質的には2%程度の削減になろうと言われています(予算教書は毎年2月に出るが、政権交代時は遅れるのが通例で、今回は5月初めになるとみられている)。
 
(注5) 2月22日、米国の新型コロナによる死者数は50万人を超え、過去の3つの戦争での死者数(第2次世界大戦:40.5万人、ベトナム戦争:5.8万人、朝鮮戦争:3.6万人)を上回った。
 
3 まとめ
○ バイデン新政権では、中国を「最も深刻な競争相手」と認識し、「今世紀最大の地政学上の課題」と捉えるなど、中国に対する脅威認識・対処方針のギアが一段上がって更に厳しくなった模様。
○ 一方、同盟国を「最高の財産」と位置づけ、同盟国重視の姿勢を打ち出したことは日本としてひとまず安心材料。ただ、米国は政権・大統領が交代するたびに一部の政策方針が大きく振れ回って(スイングして)おり、長期的にも安心できる保障はどこにもない。
○ 他方で、共産党独裁の中国は、より長期的な視点から情勢をうかがい、圧力を強めたり弱めたりしながら、「台湾統一」や「2050年までの世界一流の軍隊」に向けたステップを着実に実行に移していくとみられる。
○ そのような意味において、日本を含む米国の同盟国は国防予算・装備・任務負担等で更なる自助努力を促され、これまで以上に自立が求められる。
○ 将来米軍の主要装備・戦術等の方向性は、概ね次のとおり。
- 主力部隊は、正規空母(現状維持~減)、軽空母(増)、現有/次世代駆逐艦(増)、次世代フリゲート(増)、攻撃型原潜(増)で編成。
- 巡洋艦及び沿海域戦闘艦(LCS)は退役。
- 一部の航空機、水上艦艇、潜水艦は無人化。
- 結果、艦艇の全体数は増加の方向。ただ、能力重視で多数の長射程精密誘導兵器による十分な打撃力が必要で、2045年までに500隻以上とする案は未だ議論の余地がある。
- 戦術的には、有人/無人の空中・水上・水中アセットを戦域に分散させ、保護された強固なネットワーク・システムに連接することで、宇宙・サイバー空間を含む全領域での統合作戦を可能にする。
- このネットワークにAIを連接して敵軍の識別・照準を自動化し、敵軍に先んじて攻撃命令までの所要時間を短縮することで米軍の優位性を確保。
○ 「米軍の世界的な態勢見直し」(Global Force Posture Review)では、一部の在日・在韓米軍などを駐留方式から派遣方式に変更し、部隊運用の柔軟性を高める方針を打ち出す可能性有。
○ コロナ禍もあり国防予算の増加は見込めず。予算配分において不要となった前近代的な装備・システムをどう見極め、どの程度、新装備の開発配備に予算を振り分けられるかが焦点。
○ 印太平洋軍司令官の「中国は今後6年で台湾を支配下に置く」とする発言の背景には、政権・議会・同盟国の希薄な危機感に対する警鐘がある一方、実際にこのままでは米軍の優位性は失われるという厳しい分析結果がある。今後、米軍が6年という短期間でどのように抑止力を向上させようとしているかに注目。