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第3オフセット戦略の最新動向

9月16日、エスパー国防長官がランド研究所でのスピーチにおいて、米海軍の抜本的見直し計画(Future Forward)を発表し、中国の脅威に対抗するため自律型の無人ユニットを米海軍に拡充配備すると語りました。
 
また長官は、これはゲーム・チェンジャーとして計画されたものであり、2045年までに数百億ドルを投じ、米国が主要な脅威とみなす中国海軍への優位性の維持を図るとし、水上艦艇については現在の293隻から355隻にまで増強、その一部は小型化し有人・無人いずれでも運用可能にする計画であると言明しました。 

ランド研究所でのスピーチではあったものの、この計画が国防長官の口から語られたということは、単なるシンクタンクの政策提言ではなく、国防省として自律型の無人ユニットを米海軍に拡充配備することを決定したということであり、これから米海軍が大きな転換期に向かうことを決定づけた画期的な出来事といえます。
 
また、これは同時に2010年代中盤に注目を集めた「第3オフセット戦略」(後述)を彷彿とさせるものでもありました。
 
本稿では、近年の中国軍の近代化の動向をおさらいした上で、米国の対中認識・対中戦略の変遷を再確認し、その一環として2010年代中盤に打ち出された第3オフセット戦略と無人ネットワークの動向や見通し等について考察してみたいと思います。
  
1 中国の動向
米国が主要な脅威とみなす中国海軍への優位性の維持を図りたい背景には、近年、海・空軍を中心に急速かつ不透明に近代化を図る中国情勢の変化があります。
  
中国には、海洋から欧米列強による侵略を受けてきたという苦い歴史認識があります。欧米列強と清朝中国が初めて武力衝突したのは、1840年代初期のアヘン戦争でした。
 
この戦争でイギリスに惨敗した中国は、以後欧米列強の厳しい経済進出と侵略にさらされ、次第に半植民地化の道をたどることになったのです。
 
1921年に創建された中国共産党は、失地回復の愛国主義を実現する新中国の国家建設を目標とし、1936年に毛沢東が「我が国が失った領土を取り戻すのが目前の事業」と語ったように、アヘン戦争で列強諸国に奪われた領土を取り戻す「失地回復主義」、そして「中華世界の再興」を果たすという強い意志が、中国共産党の領土拡張主義の根底に流れています。
 
1982年、劉華清(LIU Hua Qing)元海軍司令官(上将)が、第1・第2列島線を戦略的抵抗線と定義して「近海防御戦略」を発表し、2010年までの実現を目標に掲げましたが、歴史的に陸軍の力が絶大だった中国軍で海軍を増強することは困難を極めました。
 
しかし、1991年の湾岸戦争で米軍の圧倒的なハイテク兵器を目の当たりにし、また、1996年の台湾海峡危機では米軍の式力介入の意思に抵抗することすらできなかった中国は、海洋権益を確保し10億の民を養い共産党の正当性を存続させる必要性と相まって、本格的に海・空軍力増強に向けて動き出します。
  
このときの中国の海洋戦略の手本となったのが、1982年の第1・第2列島線を戦略的抵抗線と定義した近海防御戦略であり、西太平洋から米軍の影響力を排除することを目的としたA2/AD(Anti-Access/Area Denial(接近阻止・領域拒否))能力の獲得でした。

A2/ADはQDR2001で初めて言及され、中国が西太平洋地域への米軍の接近を阻止し、領域内での作戦行動を拒否するための戦略とされています(2016年にリチャードソン海軍作戦部長(当時)が「A2/ADという用語は誤解を招きやすい」として使用を禁じて以降、最近ではあまり使われなくなったものの、今でも概念としては残っており「Contested Area」などと表現されることもある)。
 
その後、中国は2000年代後半から徐々に遠方で活動できる新型艦艇を順次就役させ、軍の近代化及びA2/AD能力への道筋に自信を持ち始めた中国は、2007年に中国軍の高官がキーティング太平洋軍司令官(当時)に「中米で太平洋を二分しよう」と太平洋分割案を持ちかけ、また、2008年からは外洋に進出する活動が活発化させています。
 
2012年、中国は一つの結節を迎えます。この年、中国のGDPは世界第2位となりました。「中華民族の偉大なる復興」というスローガンを掲げて習近平が国家主席に就任し、「一帯一路」構想を打ち出します。また、中国初の空母「遼寧」が就役しました。日本が尖閣諸島を国有化すると、以後、尖閣諸島周辺での中国公船の活動を常態化させました。

翌2013年、対テロ戦争の長期化から米国内には厭戦気分が蔓起する中、オバマ大統領(当時)が「米国は世界の警察官から降りる」と発言し、2008年のリーマン・ショックを原因とする国防予算削減措置が始まると、中国はパクス・アメリカーナの陰り、すなわち現状変更を試みる好機ととらえて、国防白書を改定して海洋強国の建設と海軍の役割を明記しました。
  
一方、米国は2018年の「中国の軍事力に関する年次報告書」で、中国軍の第2列島線内におけるA2/AD能力を認めており、更に2020年の報告書では、中国の国家戦略は建国100周年にあたる2049年までに「中華民族の偉大な復興」を達成することであり、既存の国際秩序に対し中国にとり有利になるよう修正主義的にアプローチするために必要な世界一流の軍隊を2049年までに実現することを目標にしている、と分析しました。

中国軍の動向及び米国の対中認識・戦略、軍事構想等
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2 米国の対中認識・戦略等の変遷
他方、米国が初めて公式に「中国は将来、米国の潜在的な敵対者になり得る」と明言したのはQDR2001でした(先述のとおり、QDR2001で初めてA2/ADという言葉が公式に使われた)。
 
しかし、「中国海軍への優位性の維持を図る」取り組みへの着手は、実際には2000年代後期になってからのことでした。
 
その理由は、2001年9月の同時多発テロを受けて米国が大国間競争よりも非対称の対テロ戦争に重点を移したことにあり、これによって米国の対中国戦略は後手に回ることになったのです。
 
しかし、2009年7月にゲーツ国防長官(当時)が米軍の行動の自由及び戦力投射能力の維持のための方策の検討を国防省内に指示したことで、遅まきながらもようやく対A2/AD戦略の具体化に向けて動き出すことになります。
 
国防長官指示を受け、QDR2010でA2/ADの打破が戦略目標に掲げられ、その方策としての「エアシーバトル」構想を検討中と明示されました。
 
2011年11月、オバマ政権が対中政策として「アジア太平洋リバランス」を打ち出します(しかし、先述のとおり対テロ戦争の長期化から米国内には厭戦気分が蔓起、大統領が「米国は世界の警察官から降りる」と発言し、国防予算削減措置も始まったことも相まって、結果として政権の終焉とともに緩やかな軍事プレゼンス強化で終わってしまう)。
   
そして2013年に海空軍主体の対A2/AD戦略として「クロス・ドメイン・シナジー」などの新たな概念を盛り込んだエアシーバトル構想が発表されました(2015年1月、エアシーバトル構想に陸軍及び海兵隊を取り入れて「JAM-GC」に移行すると発表されたが、5年たった今も、その内容は明らかにされていない)。
 
また、米海軍は、南シナ海で人工島の埋め立て・軍事要塞化にまい進する中国に対し、繰り返し独自に「航行の自由作戦(FONOP)」を実施しましたが、何ら歯止めにはなりませんでした。
 
このころ、まだ中国は「潜在的な敵対者(Potential Adversary)」であり、オバマ政権期は中国を戦略的なパートナーに引き込める可能性も追求していましたが、「アメリカ第一主義」を掲げるトランプ政権では、NDS2018で中国は「戦略的競争者(Strategic Competitor)」と再定義し、パートナ一に引き込むことはもはやあきらめた模様です(今般のコロナ禍による対中不信も相まって、米国の対中脅威認識を更に強める結果となっている)。
 
この間、海空軍ではニフカ(NIFC-CA)、統合防空ミサイル防衛(IAMD)、第3艦隊前方(The Third Fleet Forward)、武装強化型ESG(Up-Gunned ESG)、攻撃力の分散化(Distributed Lethality)、分散海上作戦(DMO:Distributed Maritime Operation)また陸軍ではマルチドメイン・バトル(Multi-Domain Battle)等、各軍種で様々な対A2/AD戦略・戦術・構想等が浮上しては検証され、また、シンクタンクからもオフショア・コントロール(米国防大学)、日本版A2/AD(米海軍大学)、ブルーA2/AD戦略(ランド研究所)などの様々な対A2/AD論が提言がなされてきました。
 
中でも、最も注目を集めたのが2014年11月にCSBAが発表した第3オフセット(The Third 0ffset)戦略でした。
  
3 第3オフセット戦略とは
2014年8月、ワーク国防副長官(当時)が国防大学での演説において初めて提唱したことに始まり、同年10月に報告された米シンクタンクCSBAによる政策提言を踏まえ、同年11月、国防省が対A2/ADへ構想として「国防革新イニシアチブ(DII : Defense Innovation Initiative)」という文書を通じて公式に打ち出した国防政策の方針です。

その目的は、2020年代中盤に革新的な技術・運用を確立し、中国やロシアのA2/AD能力をオフセット(相殺)することで、まさに冒頭で述べたように「中国軍への優位性の維持を図ること」とされていました。
  
(1)オフセット戦略の経緯
ちなみに、第1オフセット戦略は 1950 年代初頭のアイゼンハワー大統領による「ニュールック政策」でした。アイゼンハワーはNATOの通常戦力がソ連に比べて著しく劣勢であることを踏まえ、これに対抗するために核戦力を増強することによってNATOの軍事的優位性の確保、つまりオフセットに成功したのです。
  
しかし、1970年代になるとソ連が急速に核戦力を整備したため、米核戦力優位によるオフセット効果は不十分な状態となったことから、 1970 年代後半にブラウン国防長官(当時)とペリー副長官(当時)が 2度目のオフセット戦略に取り組みました。
 
その中心は 1973 年に国防高等研究計画局(DARPA)が発表した「長期研究開発計画プログラム(LRRDPP)」で、米国の通常戦力の劣勢を、革新的軍事技術を研究開発し実戦配備することによって米軍の優位性を確保、つまりオフセットすることに成功したのです。
  
第2オフセット戦略では、具体的には先進デジタル技術と情報技術をベースとして、宇宙空間を含めた偵察システム、精密誘導兵器、ステルス航空機、通信ネットワーク及び GPS による航法システム等を生み出し、特に1991 年の湾岸戦争ではハイテク兵器による圧倒的な勝利を世界に見せつけることになりました。
  
このように米国は第2次世界大戦以降、ソ連を対象とした2度のオフセ
ット戦略によって、米国の優位性を確保
してきた経緯があります。
   
(2)第3オフセット戦略の中身とは
そして2010年代中期に打ち出された第3オフセット戦略では、米国はどのような戦略や方策によって中国・ロシアに対する軍事的な優位性を確保しようとしているのか、このことに注目が集まりました。
 
結局、現在に至るまで具体的に明文化されたものは何も公開されていないのですが、ただ、2014年のCSBAによる報告書では、米国が発展させるべき分野として次の5つの分野を提言しています。
① 無人機作戦
② 長距離航空作戦
③ ステルス航空作戦
④ 水中における戦闘
⑤ 複合的なシステムエンジニアリング・統合・運用
 
その上で、これら5つの能力を集結し、世界中のあらゆる地域で米軍の常続的なプレゼンスとA2/AD 環境下での戦力投射能力を確保するため、「グローバルな監視・打撃(Global Surveillance and Strike: GSS)」ネットワークを構築すべきである、そのためには次の分野における取り組みが必要であるとしました。
○ 宇宙アセットの代替機能
○ 対宇宙攻撃抑止策
○ 水中通信・航法能力を備えたUUV
○ 水中戦力のペイロード能力
○ 水中センサーネットワーク
○ 長距離対潜攻撃武器
○ 先進機雷
○ レールガン
○ 高出力レーザーといった指向性エネルギーシステム
○ 自動空中給油能力
○ 長距離攻撃爆撃機
○ 次世代UAV
○ 空中給油可能な無人攻撃機
○ 局地ネットワーク

(3)関連事象等
また、関連事象として、最近、次のような動きが確認されています。
 
本年4月、第3オフセット戦略を提言したCSBAが「探知による抑止(Deterrence by Detection)」という報告書を出しました。その中で、米国と同盟国が直面する課題のひとつは中露による機会主義的な侵略行為を抑止することとした上で、費用対効果が高く、広域的かつ持続的で同盟国との相五運用性に優れた「リアルタイムの無人ネットワークシステム」を構築することで、早期の探知と状俗的な監視によって敵対者の侵略の意図をくじくことが可能と主張しています。
 
また、このレポートは、中国のA2/ADに対抗するインサイド・アウト構想を唱える「海洋プレッシャ一戦略(Maritime Pressure Strategy)」を補完するもので、(リアルタイムの無人ネットワークシステムが、)この戦略における平時のインサイド・フォースの鍵となる要素とされており、西太平洋では合計46機の無人機が必要と見積もっています。
 
9月8日、太平洋艦隊の海上作戦部長が講演会で、従来は空母打撃群(CSG)中心に行ってきた演習を方向転換して、2021年には多様(海上、空中、水中など)な無人システムを組み合わせた作戦行動についてデモ検証を行う考えであることを明らかにしました。
 
実際に米軍の無人システムは、既にRQ-4グローバルホークやMQ-8ファイアスカウト、MQ-4Cトライトン(2017年11月から部隊配備を開始)をはじめとする無人航空機(UAV)が実戦配備されているほか、DARPAが研究開発を進める無人水上艦艇(USV)シーハンターや、ボーイング社が研究開発中の無人潜水艇(UUV)エコーボイジャー等が、それぞれ無人航行/潜航実験で一定の成果を収めつつあり、無人システムを支えるアセットの開発・配備は順調に進んでいると考えられます。
 
国防省としては、これらの研究開発に一定の目途が立ったと判断したものと考え、今回の米海軍への無人システムの導入決定につながったのでしょう。
 
4 まとめ
○ 今般、国防長官が発表した「米海軍の抜本的見直し計画(Future Forward)」は、2010年代中期に打ち出された「第3オフセット戦略」のひとつの成果(注:米軍の戦略・構想は、時代とともに名称や形を変えながらエッセンスのみが基盤に溶け込んでいく傾向)
○ コスト・パフォーマンスや常続性及び実現可能性に鑑み、無人システムの導入がオフセット戦略に有効と判断したものと推定。ただし、無人システムを制御する宇宙、サイバー空間、電磁波領域におけるネットワークの防護が大きな課題
○ 米海軍は、今後、四半世紀で空中・海上・水中の無人システムと、これらを制御する強固なネットワークを開発・配備し、既存の有人システムとも連接させる計画(無人化・省力化は当初から規定路線ではあったものの、今般のコロナ禍が艦船内の生活・勤務環境がバイオ脅威に対し脆弱であること露呈し、無人化・省力化を後押しした可能性もある)
○ ただ、国防予算削減やこれに伴う訓練・整備へのしわ寄せ、更に今般のコロナ禍等の影響で、当初言明された「2020年代中盤に」革新的な技術・運用を確立することはやや難しそうな情勢
 
おわりに
2021年4月、中国では中国共産党創建100周年というビッグイベントを迎えます。そして中国は、アヘン戦争以降、列強諸国に奪われた領土を取り戻す失地回復を目指し、2035年の「軍の近代化の実現」を経て、2049年の「世界一流の軍隊の実現」に向けて、一切手綱を緩めることなく着々と軍の近代化を推し進めてくるでしょう。そのとき、「中華民族の偉大なる復興」はどのような絵姿になるのでしょうか。
  
他方、米国は2045年までに数百億ドルを投じ、米国にとり3度目となるオフセット戦略を成功させ、引き続き、アジア太平洋地域において覇権を持続することはできるのでしょうか。
 
このような米中戦争の間にある日本では、2021年の防衛予算は5兆4千億円と過去最高額になりましたが、エスパー国防長官は、9月18日のランド研究所でのスピーチにおいて、同盟国に対しても少なくともGDP2%への増額要求についても言及しています。
 
これは、同盟国に対する米国の新たな無人システムとの連接や相互運用を示唆するメッセージであったとも捉えることができます。防衛省・自衛隊も近い将来に無人システムを導入するという新たな転換点に差しかかっているのかもしれません。