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博物館と茶室、伊勢神宮——「脱植民地化」の課題

今日、「脱植民地化/decolonisation」はどの学問分野にとっても避けて通れない課題です。ジェンダー学・フェミニズムもその例に漏れません。しかし、植民地支配を終わらせ、植民地支配の権力構造を正当化する主義・思想から脱却するという至極当然のアジェンダでありながら、もはや「流行り」のように聞こえてしまう部分も否めません。というのも、結局のところ、白人が過去の蛮行を反省する体をとることで罪悪感を薄めているだけでは?という批判が付きまとうからです。既存の思想や学問をいくら「脱植民地化」する観点から考察し直したとしても、枠組みそのものが植民地主義・帝国主義に根ざしたものであれば、違う角度から見たところで根本的な歪みは解決されません。それでは、全て壊してゼロから建て直すしかないのか、という極端な話になってしまうので本当に難しいのですが、あるセミナーで博物館の話が面白かったので紹介したいと思います。

文化財返還問題

西洋の博物館・美術館において、かつて他所の土地から略奪してきた建造物・美術品を展示し続けていることが問題視されていることをご存じの方は多いと思います(日本も他人事ではありませんが)。特に槍玉に上がることの多い大英博物館には私も何度か行っていますが、コレクションは膨大で圧倒されますし、常設展は全て無料で見られるというのも有り難い話です。一方で、一番人気を集めているのがロゼッタストーンやミイラ、パルテノン神殿の彫刻等であるあたり、毎回非常に複雑な気持ちになります。先日行った際にはパルテノン神殿のコーナーに、(ギリシャに返すべきか否かという)議論をまとめたパンフレットまで置いてありました。

パルテノン神殿の模型と彫刻(大英博物館)
大英博物館ウェブサイトにも立場を説明するページがあります。

 こういった植民地主義・帝国主義を指摘する批判に対応するためにしばしば取られるのは、そのような倫理的側面を検討する委員会を設けたり、美術品が本来属していたコミュニティの代表者等の意見を聞いたりといった措置です。しかしそれでは、博物館側が現所有者として決定権を持ち、「外部」の声をどのように取り入れるかもその裁量次第という力関係は全く変わっていません。

博物館という芸術の愛で方

 多くの場合、博物館側は、①適切な環境で長期保全を可能にし、②より多くの人が見られるように提供していると主張します。一方で、そのような「展示」の仕方が個々の文化財に適しているのかどうかを決めるのは、その文化財の本来の持ち主たちであるべきではないでしょうか。そもそも、現在のような一般向けの博物館・美術館(museum)の起源は18世紀末と言われており、ヨーロッパ諸国が世界進出を進める中で「エキゾチック」「オリエンタル」なものを「収集」し、白人市民の目を楽しませるために「展示」し始めたものだと言えるでしょう。そこには初めから「自己/私たち」と「他者/彼ら」という対立軸があり、異国のものをガラスケースに入れて鑑賞対象とすることで客体化する効果があるのです。つまり、博物館という形態自体が植民地支配・帝国主義の思想と表裏一体だったとさえ言えるでしょう。
 この「主客」という対立構造はジェンダー学においても常に意識されるもので、権力側=「男」が主体で「見る」側であり、「女」は客体化され「見られる」側だったと考えられます。だからこそ、「他者」として周縁に追いやられてきた「弱者」の地位向上を謳うフェミニズムが同じ構造の罠に陥っているのは大きな矛盾であり、本当の意味での脱植民地化が急務なのです。
 それでは、「博物館を脱植民地化する」よりももっと根本的に、「文化財のあり方を脱植民地化する」とすればどのような形態が考えられるでしょう?世界各地から持って来られた文化財は、本来どのようにあるべきものだったのでしょうか?もちろん、何百年・何千年前の元の所有者やその子孫を割り当てるといった問題ではあまりなく、地理的に同じ土地に今いるコミュニティが正統な「所有者」だと言えるかといった難しい議論も絡んできます。ただ、芸術のあり方という大きな視点から考えた時に、私が思い出したのはお茶室と伊勢神宮の話でした。

お茶室という空間——使われるからこそ美しい

茶道のお稽古を通して感じたのは、門をくぐった瞬間からありとあらゆるもの・動きに美学が込められているということでした。お庭、茶室の造り、掛け軸、お花、茶器、お抹茶——どれも、その空間に入り、座り、眺め、触り、口にして全身で感じることで美しさを味わえるように準備されます。それらは、この特別な空間から切り離され、鑑賞物として「展示」されてしまっては意味を失うのです。「美術館に展示されるような」価値のある茶器であっても、使うために作られているんだから使うし触っていいのよ、と先生がおっしゃっていたのをよく覚えています。何百年も前に職人に手作りされた茶器はきっと、どのように優しく人の手に収まり、口に触れ、香りを伝え、お抹茶を映すか計算し尽くされていただろうと思います。その美しさは、高価な壊れ物として飾り棚に陳列してしまっては誰にも味わえません。美術館に展示されるほど多くの人の目に触れることはないでしょうが、作り手も、きっとその器自身も、お茶室で大切に使われ続ける方が嬉しいのではないかと思うのです。人と共に息づくべく生み出されたものなのですから。

伊勢神宮の式年遷宮

文化財も生きており、必ずしもある時点で凍結させることが「保全」ではないんじゃないかと考えた時、思い浮かんだのは式年遷宮でした。20年に一度お社を全て建て替え、神様に遷っていただく。建物も儀式も様式を変えず、千年以上にわたって脈々と受け継いでいる。私が伊勢に行ったのは遷宮が完了してから1〜2年しか経っていない頃だったので、所々真新しい木の匂いがしたのを覚えています。それでも、それぞれの木材が新しいからといって、神宮の歴史が感じられないわけでは全くありませんでした。そこには神宮を世代を越えて守り育ててきた人たちの歴史があり、そうやって常に変わり続けるからこそ保たれている伝統と美しさがあるのだと思います。
 伊勢神宮に限らず、日本の伝統的な木造建築は常に一部の入れ替えや修繕が行われ、時代と共に変化してきたものが大半です。革製品が年月と共に味わいを増すように、建物や美術品も人の営みと共に歴史を重ね、時代時代を生きているのだと思います。だから、「劣化しない」ことを良しとして空調の効いたケースの中に押し込めるのではなく、必然の変化を受け入れつつその土地の人々の手で手入れしていくというあり方の方が適している場合もあるはずです。そのように考えてみると、植民地主義・帝国主義の枠組みから抜け出すと言った時、西洋近代的なロジカルな思考を巡らせるだけではなく、身近なもの、伝統的なものからヒントを得られることもあるのかもしれないなと思いました。

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