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ウチの屋上に出た話

何故だろうか、屋上には希望が詰まっているような気がする。

僕たちは、学校の校舎然り、公営団地然り、何故か建物の屋上に行ってみたくなる生き物なのではないか。階段を上った先のいつも閉まっているドアの向こうや、手をうんと伸ばしてようやく届く梯子を登った先の蓋の向こう。残念ながら子どもの頃感じていたあのワクワク感が、それ以上の夢の世界へ進んだためしがない。少なくとも僕の人生でだけかもしれないが。屋上には、建物の施工業者のような用事のある人しか行かないし、危険だという理由で大人は子どもを簡単には行かせてくれない。

さて、ここはイタリア、そんな願いはたまーに叶ってくれる。

我が家は大通りに面した最上階。最上階って言ったって所詮は3階、日本でいうと4階。下には、ジュエリーショップや床屋が並ぶ地上階と、その上にオフィスフロアが入り、我が家のある最上階3階が居住階で我々含め4世帯住んでいる。エレベーターは3階までしかないが、階段はもうちょっと続く。今日の主役、屋上への出入り口へと、だ。そしてご期待通り、そこはいつも鉄の扉で固く閉まっている。

昨晩からミラノは不思議な天気だ。豪雨が来たと思えば止み、またすぐにしとしと降り始めたら、またすぐに豪雨が始まる。幸い、夕方ウチの坊主を迎えに行く時は雨が止んでいるタイミングだった。徒歩で行こうと家を出たら、階段の上から光が差し込んでいるのを見た。おお、屋上が開いている。何故かは分からない。とにかく開いている。

息子を幼稚園から連れて帰ってきても、まだ開いている。チャンスだ、出てしまえ。そんなこんなで僕は子連れで希望を叶えることにした。

そこには一人おっさんがいた。当然ながら何かをしている業者だ。日本だったら、きっと注意されることだろう。おい、君たち、何をしているかね、危ないからここに入らないでくれないか、そこの子どもはもっと危ないぞ、ってね。でもここはイタリア。チャオって言えば、チャオって返してくれる。仕事中で面倒さが顔に出て笑顔ではないけれど。それでも僕らが屋上に出ることを止める事はない、自由の国イタリア。

屋上は当然だけれど汚い。雨だらけの一日で、水も至る所に溜まっている。ここはイタリアだ、そんなこと期待しちゃいけない。寧ろ僕は、連結している建物の屋上も眺められる此処の景色に興奮していた。普段見飽きている街並みを、違う角度から眺める新鮮さ。たまに夕陽が綺麗だと感じる、あの時の気づきや感動に似ている。

さすがに息子の前で他の建物へと渡って行けない、心は進みたい気分だろうとだ。だから僕は、ビートルズのルーフトップコンサートのような気分で、アンプを置いてギターをかき鳴らしていた、心の中で。これがまた楽しかった。ウチのギターは、その時のジョンと同じ色のエピフォン・カジノ。もう、Don't let me down〜♪と歌うしかない。ヒーッハー!ほんの少しジョンの気持ちが分かったような気がした。

そんな妄想に浸っていると、隣の家の人まで来た。ちょっと歳上の、女医さんだ。おお、この解放感を同じく浸りに来たのかい、と思ったが、あまり顔は楽しそうじゃない?業者を呼んだのは彼女のようで、業者のおっさんと話している。アホみたいに楽しんでいるこちらも見て、聞いてきた。「あなたたちの家は雨漏りしてないの?」

・・・雨漏りだって?

どうやら聞いた話、彼女の家とその隣の家では雨漏りがしているらしい。二世帯も!業者は左官屋で、屋上に見えた穴っぽいとこをコンクリのようなもので埋めていた。勿論、その女医さんの家の真上辺りだ。

幸い我が家は雨漏りしてないよ、あらそうなの良かったわね、と会話をした。ふと我が家の辺りを振り返ると、それはそれはとても大きな水溜まりがそこにはあった。深さは10cmくらいか。改めて見てみると、排水溝がその辺りにはない。ウチは角部屋だ。屋上の四隅で、他の隅には排水溝があるのに、我が家の真上の隅には、ない。なにゆえに。

その時点で僕のルーフトップコンサートは終わりを告げて、大人としての現実に戻ったのである。息子は何も気づかずに楽しそうにしている、さすがは子ども。

今はただ、雨が止むのを願っている。将来的にも雨漏りしませんように・・・

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