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【配給会社ムヴィオラの映画1本語り】『春江水暖〜しゅんこうすいだん』①停電とロウソクと扇子

2021年が始まった。今日は1月11日。1並びで眺めていると気持ちがいい。でも、首都圏緊急事態宣言の3日目だ。よほどの人でない限り、誰もが大なり小なり不安を感じざるを得ない毎日が続く。

ムヴィオラの今年の配給公開作の1本目は、2/11に文化村ル・シネマでスタートする『春江水暖〜しゅんこうすいだん』。(全国順次なので他劇場は公式HPの劇場ページをどうぞ!)

正直、去年の緊急事態宣言の際に、冬には感染状況はさらに酷くなると思い、公開延期も考えた。が、諸事情でそれはできなかった。去年からずっとこの映画の公開に向けて仕事をしているが、自分たちがやっていることが無駄になるのではないかという不安が、時折どうしても脳裏にチラつく。それでも公開がある限り、最善の仕事をしなくてはとモチベーションを高めては、また取り掛かる。しんどいけれど、そんな時はこの映画の素晴らしさを思い返す。どれほど好きかを思い返す。だから、コロナ禍と戦うのがこの映画で良かったとも、思っている。こんなに素晴らしい映画なんだから、きっと自分はこの映画を絶対に死なせないと思える。大袈裟に聞こえるかもだが、映画の仕事をしている人で「せっかくの映画を死なせてしまった」という後悔をもつ人なら、きっとわかってもらえるんじゃないかと思う。

さて、『春江水暖〜しゅんこうすいだん』。私はこの映画がプレミアされたカンヌ映画祭に行っていないので、初見は2019年の東京フィルメックスだった 。フランス版のポスタービジュアルに惹かれた。監督はこれがデビュー作というグー・シャオガン。これまで聞いたことはないけれど、名前もいい。何より1本目の監督の映画を見るのはワクワクする。上映に向かう足取りも弾む。もちろん、時には残念という結果にもなるけれど。

映画が始まった。暗転の中からいかにも中国伝統音楽といった曲が聞こえ、音楽を背景に男の話す声が聞こえる。映像がカットインされると、ごくごくその辺にいそうなおじさん、赤い服を着た品のいいお婆さん、お婆さんに挨拶しにくる女などが順に映る。仄暗い宴会場のような場所だ。大勢の人が座っている。赤いロウソクが何本も円卓の上に立てられ炎を揺らめかし、女たちが扇子をひらひらあおいでいる。何やら蒸し暑そうだ。「停電だ」とセリフ。おお、停電なのか!だからロウソクなのか。エアコンが切れて、だから扇子なのか!

おそらくこの時点で、私はこの映画に夢中になったんだと思う。停電で始まるなんて!なんて素晴らしい!始まって2分も経たないうちにこれだ。でもキューブリックの『バリー・リンドン』を見ていればロウソクに胸が高鳴り、エドワード・ヤンの『牯嶺街少年殺人事件』を見ていれば停電に心が昂るのは、映画ファンとして当たり前のことだから仕方がない。

黒いサングラスの男がダウン症らしき少年を連れて会場に入ってくる。ほっそり清楚に美しい女の子は隣に座るお婆さんに扇子で風を送っている。「お誕生日おめでとう」。ああ、このお婆さんの誕生祝いの会なんだ。なんて素晴らしいんだろう。女の子が席を立ち、ダウン症の男の子がお婆さんの隣に座る。この子はきっと孫なんだな。すると、電気が点く。一斉に拍手が起こる。そして画面は外に切り替わり、今度は爆竹だ。ああ、なんて素晴らしい。ここまでわずか3分ちょっと。

本当に驚いた。こんな風に映画に引き込まれるのは久しぶりだ。侯孝賢の『恋恋風塵』で、あのトンネルから見える緑〜電車の中でそれぞれに教科書に目を落とす少年少女〜線路を歩く二人〜「映画だ」というセリフから風にはためく白いスクリーンの布幕が映るのを見たときのように、あっという間に、この『春江水暖〜しゅんこうすいだん』という映画に夢中になったわけだ。

つづく。

2021年1月11日 ムヴィオラ 武井みゆき

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