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【配給会社ムヴィオラの映画1本語り】『春江水暖〜しゅんこうすいだん』②お皿の中身と汽水域のスズキ

昨日の『春江水暖〜しゅんこうすいだん』1回目、「停電とロウソクと扇子」は冒頭3分くらいまでしか行けなかった。また今日もそうなるかもしれない。

爆竹の場面が終わると再び誕生会の会場へカメラが戻り、宴の御馳走が運ばれてくる。「富春江の新鮮なスズキよ」。ここでカメラが俯瞰になり、皿にのった美味しそうなスズキの蒸し物が映り、円卓に並ぶ他の料理もよーく見える。青梗菜が添えられた肉料理らしきもの、大ぶりの赤ピーマンや黄ピーマンにひき肉らしきものが入ったカラフルな詰めもの。

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*スズキの料理が運ばれて円卓に置かれた場面〜ああ、美味しそう〜〜

予告編ディレクターのKさんは、映画が始まって「ジャ・ジャンクーっぽいな」と思ったものの、この場面で「この絵はジャ・ジャンクーは撮らないって思った(笑)」。確かにそうだ。料理を上からのカメラでしっかり紹介するなんてことはジャ・ジャンクーはしない。私はこの場面がとても好きだ。ああ、この土地の人はこんな料理でお祝いをするんだなと、絵に血が通ってくるようだった。皿を置く時に湯気のようなスモークのようなものが立つのも、なぜそうなのかはわからなかったが、「美味しそう」と感じる気持ちを動かすようで良かった。

私は自分の食い意地に常々、我ながら呆れることがある。どこで何をしたかの記憶が曖昧になっても、どこで何を食べたのかは思い出せる。食いしん坊と言えば聞こえはいいが、少々病気に近い気もする。だから、映画を見てもお皿の中身が気になって仕方がない。それは別に御馳走でなくてもいい。登場人物たちがどんなものを食べている人たちなのかが気に掛かるのだ。

イーストウッドの『硫黄島からの手紙』を見たときのこと。渡辺謙が伊原剛志演じるバロン西を硫黄島に迎え、ジョニーウォーカーの赤を持参した伊原さんをもてなすのだが、その時、皿の中身が見えなくて思わず無意識に、映画館の中で背伸びして皿の中身を見ようとしたことをよく覚えている。もちろん映ってないのだから見える訳は無い。恥ずかしい。

渡辺謙が「こんなものしかなくて申し訳ない。一兵卒と同じものと命じたらこんな有様で」というようなことを言い、給仕の兵は「士官には3皿出すのが規則なので」と言い、何かが入った1皿と空の皿を2つ並べる。私はイーストウッドの映画はとても好きだし、舐めたくなるほど好きな映画もたくさんあるのだが、この時は皿の中身が見たかった。一兵卒が何を食べていたかが気になって仕方なかったのだ。

だから自分が配給したワン・ビンの『無言歌』で収容所の政治犯たちに配給される水のような粥や所長たちが食べる湯気の出たうどんをしっかり見せてくれた時、ワン・ビンは素晴らしいなと思った。後年、『死霊魂』を見て、こうした皿の中身もワン・ビンが収容所を生き延びた人たちに丁寧に取材した賜物だったと知って、さらに感動した。(『無言歌』では、ここではお見せできないエグイものも食べてます。飢えすぎて何でも食べちゃう人が出てきます。。。)

無言歌_水のような粥

*映画『無言歌』〜水のような粥の場面 これじゃ飢えるに決まってる!

『春江水暖〜しゅんこうすいだん』では、お婆さんの誕生祝いの会場が、長男のやっているレストランという設定なので料理を見せたという考え方もできるだろうけれど、「ここではこんなものを食べるんですよ」という監督の声が聞こえて、食は土地、食は人、ただその一場面でも嬉しく思うのだった。

さてそのスズキだが、映画の舞台、中国浙江省杭州市富陽の名物である。映画のセリフにあるように富陽を流れる大河・富春江で水揚げされる。スズキは寿司屋にネタにあるくらいだから海のものなのに川で獲れるのかと不思議に思い、調べてみた。スズキは淡水と海水が入り混じる汽水域を好む魚で、「浸透圧調整機能」という特殊な能力があって淡水の川にまで遡上することができるのだそうだ。そうか、だから富春江で獲れるのか。

◎CJSN_FINAL_P3_no subs_24 fps_16_9_10 ch.00_09_48_07.静止画031

*映画の冒頭に登場する富春江の一場面。漁をしているのは次男です。

「汽水域」という言葉は以前に調べたことがあった。ソチ五輪に出たフィギュアスケーターの町田樹くんが話していたからだ。淡水と海水が入り混じる汽水域を「評価対象となる身体運動の中に、音楽に動機付けられた表現行為が内在するスポーツ」であるフィギュアスケートに例え、それを「アーティスティックスポーツ」と定義していて、なるほどと感心した。

映画でいえば、ドキュメンタリーと劇映画のあわい、それも「汽水域」だろう。そうなると『春江水暖〜しゅんこうすいだん』は「汽水域の映画」ともなるわけだ。話が横に逸れたが、映画はこうして色々な枝葉に分かれていくのも面白い。

2021年1月12日 ムヴィオラ 武井みゆき

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