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映画『最後の決闘裁判』(21) 羅生門アプローチのその先へ

左:加害者のル・グリ(アダム・ドライバー)
中央:被害者のマルグリット(ジョディ・カマー)
右:マルグリットの夫カルージュ(マット・デイモン)

●羅生門アプローチ
 強姦事件の「真実」を神に委ねるために決闘裁判が行われていた。事件の真相をミステリーとし、3人の視点で(3章に分けて)強姦事件に至るまでの経緯が描かれていく。
第一章:被害女性の夫カルージュ(マット・デイモン)の視点。
第二章:加害者カのル・グリ(アダム・ドライバー)の視点。
第三章:被害女性マルグリット(ジョディ・カマー)の視点。
 しかし、各々が見ている「真実」は異なっている。
 カルージュの視点では彼自身が妻に優しく英雄的な立場として描かれているが、ル・グリの視点では同じ出来事でもル・グリ自身が英雄でありマルグリットに好意をもたれている色男として描かれていた。彼はお互いの同意であったと主張する。しかし被害女性のマルグリットの視点では彼女自身が強姦され男達に翻弄される哀れな女性として描かれていた。
 本作では被害女性のマルグリットの章で「真実」という字幕が強調されていることから、彼女の証言こそ真実であることを暗示させ、観客に勧善懲悪のカタルシスを用意する万人受けの作品に仕上げていたように思える。
 こうした複数の登場人物が各々の視点で真実(あくまで記憶であり、虚偽や見栄も含まれる主観的な回想)を語ることで事実が曖昧となる物語手法は、同話法で強姦事件を描いた黒澤明監督の『羅生門』(50)がヴェネチア国際映画祭でグランプリを受賞することで「羅生門アプローチ」として広く知られるようになった。
 これまでにも羅生門アプローチは、結末を最初に見せて「なぜこのようなことになったのか」というミステリーの答えを様々な視点の解釈で見せることにより、ラストまで観客の興味や驚きを持続させる手法として数多くアレンジされてきた。
 謎の人物カイザーソゼを巡る真相を複数視点で描いた『ユージュアル・サスペクツ』(95)や暗殺事件を4人の男女が事件当時の10分間について語る証言が食い違うミステリー映画『スネーク・アイズ』(98)、恋愛を女性目線・男性目線で描いた『愛してる、愛してない』(02)、1つのテロ事件を8人の目撃証言で描くサスペンス映画『バンテージ・ポイント』(08)など枚挙に暇がない。
 しかし本作が羅生門アプローチを観客の興味や驚きを持続させる手法だけに留まらず、男性中心主義における男性性の利己主義やプライド、強欲さを強調し、女性の抑圧を表現するための手法として用いている点に筆者は脚本構造の巧さを感じた。

●主観と現実の両方に現れる男性中心主義
 本作が上手いのは、第一章・第二章・第三章に分けて強姦事件の顛末を登場人物達の主観で見せることにより、利己主義の男性達を視覚的に嘲笑している点ではないだろうか。
 例えば宴の場でカルージュが王に物申すシーンでは、カルージュの主観ではあえて詳細が描かれず口頭で「感情を抑えて理性的に話した」と妻に伝えるが、第二章におけるル・グリの主観では癇癪を起こして喚き散らすカルージュが描かれている。またレイプされたことを告白する妻に対してカルージュは優しくなだめるが、第三章のマルグリットの視点では、怒り狂い「ベッドに来い。最後の男をあいつにするわけにはいかない」と言ってベルトを外すカルージュが描かれていた。
 ル・グリにおいてもマルグリットと読書における会話をし、彼女の家に押しかけた時も自分からわざと靴を脱いでベットルームに誘っているかのようなマルグリットを眺めているが、第三章のマルグリットの視点では読書における会話はなく、女友達同士で彼の容姿について語っているだけだ。事件当日も慌てて逃げていく中で靴が脱げてしまう。
 このように三つの視点で描くことで「真実は何か」というミステリーを生み出すだけではなく、男性たちの見栄やプライド、男性中心主義を視覚的に描いていた。
 そして第三章において初めて彼らが「闘技場」という一つの場に集結して、三つの視点が交わる紛れもない「事実」が描かれる。そこでも映し出されるのは、妻をパフォーマンスとして抱きしめるカルージュや自分の名誉のためだけに血を流す男達の姿である。ラストに見せるマルグリットの表情は、決して幸福ではなく、翻弄されて心を痛めた人間の姿を表していたように思える。
 主観だけではなく、現実の世界でも男性中心主義が色濃く描かれることで、「主観」は彼らの性格や個人感情ではなく、社会的な文化なのだと気付かされるだろう。その重みを「羅生門アプローチ」で視覚的に描き、ミステリーと血生臭いアクションで飽きさせることなく表現したところに本作の価値があるのではないだろうか。

ル・グリの視点で描かれるカルージュ
終盤で視点が交わり、事実が描かれる

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