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【日記】珈琲屋に行こう

仕事を納めた。
正確には先週に既に納めていて、溜まりに溜まった有休で12月の最終週はまるまる休みにしてもらっていた。

5年勤めたこの会社とも春にはお別れ。
これも正確には契約年度切れというやつだ。
『5年働いたら正社員にしましょう』と派遣切りを防ぐために作られた法令は、『5年で契約切れにすれば正社員にしなくてもオッケー』というルールに変わっているのは滑稽だが、明日のおまんまを5年毎に心配せねばならないのは頂けない。縛られない気楽さも悪くないけれどね。

有休を使って自分のカレンダーを塗りつぶした矢先、ちょうどそこに採用面接が入って、今、こなしてきた。
「こんなギリギリに?」とよく言われるが私の業界の常なのでまぁ仕方がない。

面接はこの業界にしてはとてもしっかりしてくれた。勤務契約書の読み合わせが冒頭にあるなんて初めてで感動してしまった。
手応えはまずまず。ちょっと話しすぎたり話し切れない部分もあったけど、それが今の自分の実力だ。高望みは自分の首を絞めるので程々に。

そんなこんなで諸々を納めた帰りの電車。

「そうだ、珈琲屋に行こう」

確か今日が年内最終日の正規営業日で、明日明後日は豆の販売だけだったと思う。珈琲屋納めと洒落込もうじゃないか。

実家のお年賀にニューイヤーブレンドを買おう。良い豆がブレンドされて味は去ることながら、エチケット?ラベル?にも趣向が凝らされてて毎年楽しみなんだよね。和紙の折り鶴なんかが貼られてたりして、そういうのって特別感あって良いよね。お店の人も忙しい中で一つひとつ折ってるのかと思うと暖かい気持ちになる。

店内は…今日は季節のブレンドにしようかな。
そのお店は四季毎に味の変わるブレンドがある。

春味
夏味
秋味
冬味

正直、細かい違いはよくわからないんだけど、なんとなく季節が感じられてとても良いし、何処となくその季節に合った味わいがある。

春味は軽やかな感じ
夏味は爽やかな飲み口
秋味は豊かで広がりがあって
冬味は深みと暖かみがある感じだ。

今日は冬味だ。それがいい。
ゆっくり、舌で転がしながら、味わって飲もう。
熱い珈琲が冷めないうちに。

◆◆◆

いつもの街に帰ってきた。
昨日までクリスマスであんなに着飾ってた街並みが、まるで憑き物でも落ちたかのように静かになっている。街灯に付けられた垂れ幕は、一つずつ『迎春』に取り替えられていて、街を歩く人たちも昨日までの浮かれた感じはなくなって、何処か地に足つけて急いでるようだ。

珈琲屋についた。ちょうどお客さんがはけて、1人だった。
「こんにちは」と挨拶しながら入ると、一瞬きょとんとされてから「誰か分からなかったよ」と。それもそうか、スーツでここに来るなんて初めてだ。スーツの理由や最近の様子をなんとなく話して注文を済ませた。

珈琲が届く。待ち望んでいた珈琲だ。豆の準備が出来たらまたお声掛けしますから。いつものやり取りだ。

大きく息を吐いて、吸う。随分胸が詰まっていたみたいだ。

一口。

思ったよりも酸味が強い。もちろん嫌な酸味ではない。ゆっくり酸味は溶けていって、じんわりとした苦みと心地よい味わいが口の中に広がっていく。

今年はブレンドが違うのだろうか、と思いながらもう一口。

やっぱり酸味…奥にはほろ苦さも。
息をもう一度大きく吸って、ゆっくり鼻から息を吐く。香りと風味が抜けていくと、自分の身体からも力が抜けていくのがわかる。意外と気が張ってたね。

◆◆◆

少し緩んだ心の奥に、ひっそりと感情が巣喰っていたようで、香りと風味を逃しながら探ってみる。

これは悲しみだろうか。
寂しさや虚しさなのかもしれない。

冒頭で色々書いていたが、やっぱり仕事が変わることは大きなことだ。慣れ親しんだ場所、人、自分の在り方を一旦手放さないといけない。仕事で付き合ってた同僚も、やりとりを重ねてきたお客さんともお別れだ。

それはもちろんわかっていたことだけれども、私はきちんと味わっていなかったのかもしれない。ただただ流し込んだだけで、それが私の中に巣を作っていたのかもしれない。

もう一口。

不思議と、今度はそんなに酸味がない。柔らかく、少しほろ苦い、優しい味わいだ。少し温度は落ちたが、温もりをたたえている。

少し冷めても、大切に味わおう。

そう、私の心は少し変わっていた。


【あとがき】
就職面接って幾つになっても慣れないよね。
始まる前の緊張感、終わってからの開放感と高揚感。色んなことが頭に浮かんでぐるぐるしてたけど、ひとまず書いてみたのが前半部分。

後半からは本当に店内で書いています。前半で書き終わってそのまま出そうと思ったけど、深く呼吸して珈琲を口に運んだ辺りで「あれ?」となって、それもきちんと言葉にしてみようかなって。

ネガティブだったり些細な感情って簡単に飲み干せるし、蔑ろにしやすいけれど、きちんと向き合って味わう時間も必要だなぁと、師走の末に思ったのです。

皆さんも良い珈琲時間を。
私はもう少し、味わっておきますね。

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