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ローファーと歩く

ローファーが好きだ。
私は革靴を買う時、それはローファーを買うことを指すくらい、ローファーが好きだ。

ローファーはどこかの国で「なまけもの」という意味があるようなところも好きだ。いい加減で気取ってないところが良い。

しかして、革靴は総じて高い。
もちろんピンキリではあるが、合皮は履きたくない。履くならきちんとした皮がいい。

「安い革靴を履くほど豊かではない」という言葉はイギリスのものだったか。私もとっても同感であるのだけれど、豊かな心をもってしてもお財布は潤わないのである。

◆◆◆

ある冬の日のこと。
春を思い描いて突然閃いた。

今年は白いパンツを履こう。
それをロールアップして、シューズインソックスを履いてローファーを履くんだ。
そのローファーは明るい茶色がいい。タンカラーにしよう。

そう思ったときから私の春は始まっていたのかもしれない。
来る日も来る日もローファーを探した。

しかして、なかなか良いものがない。

ローファーと一口に言っても色々ある。
ペニー、コイン、ビット、バタフライ…私はタッセルが良かった。見た目の可愛らしさに加え、歩くたびに足の甲に優しく弾むタッセルは、春にピッタリだ。

ノーズの長さも大切だし、ウィズの大きさも気を付けたい。昔誰かが「先の尖った靴を履いてるヤツのいう言葉は信用できない」と言っていたっけ。

兎に角、自分好みのローファーを探すのには本当に手こずった。最初は楽しかったものの、どこを探しても見つからないことに焦らされ、やっと見つけたと思ったら桁の違う金額のものが出てきたり、その度に自分の財布の薄さと自らの職業選択を恨む羽目になった。

◇◇◇

そうこうしているうちに春はすっかり過ぎてしまったが、ようやく見つけたのはスペインのメーカーだった。

名前はMEERMIN(メルミン)。
名前の可愛さも気に入ったし、軽くて明るいタンカラーは思い描いた通りのものだった。
ウィズはE、ノーズは少し長いけど、全体のバランスが良い。

昔は日本にも出店していたようだけど、すでに撤退した後だった。そのため直接取り寄せになったのだが、メーカー直の個人輸入みたいなもので、何だかそれもワクワクした。
値段は安くて、その分作りは甘い部分もあったけど、それはそれで愛着が湧いた。


◇◇◇

ローファーが好きなのと同じくらい、お手入れが好きだ。

皮革製品の醍醐味はここにあると思う。
合皮を使い捨てるより、大事に手入れして使い続けることがとても好きだ。

電車とかに乗ってて人の靴を見ては、「あーこの人の靴、手入れしたいなぁ」と思っている。きちんと手入れされた靴を履いている人を見るとニヤニヤしてしまうし、きっと良い人なんだろうと勝手に思い込んでいる。

件のタンカラータッセルローファーもきちんと手入れをしたし、買う前から目論見があった。

ナチュラルに育てよう、と。

大概、靴のクリームには色が付いている。皮も使い続けると色が落ちるので、補色を兼ねて同系色の色のクリームを買って手入れする。
同じタンカラーのクリームを探すことが面倒に思うなまけものな私がいたことは否めないが、それ以上に経年変化を楽しみたかった。

茶靴は特に変化が出やすい。
丁寧に履いて、育てよう。

春を思って買ったローファーでこれだけ思いを馳せているのだから元値は取ったぞと、靴を磨く度にひとりほくそ笑んでいたのだった。


◆◆◆

引っ越して生活が変わって、皮の手入れはすっかり後回しになってしまった。

今日こそは手入れをしよう。

革もの屋さんで買った1メートル四方くらいの端切れの革を敷いて、シューツリーを入れたローファーを持ってくる。

毛足の長いブラシで汚れを落としながら全体を眺める。水も油も随分抜けて、カサカサの乾燥肌になった姿を確認して、心の中で小さく謝る。ごめんね。

シューケア用品入れと化したHUNTERの靴箱から、まずはタピールのレザーオイルを取り出す。成分が分離しているのでよく振って乳化させることを忘れずに。
このオイル、一応汚れ落としと銘打っているので先に使っているのだけれど、本当は革に水分を入れてから使った方が良いのかなと思ったりもする。塗り込んでスーッと染み込む様子を見ると、そんな悩みも消えていくから不思議だ。

しばらく置いて乾かしてから、今度はクリームを塗る。オイルの上から塗る必要があるかは分からないが、気分が良いので塗る。

今日はこのローファーのために買った、サフィールノワールクレマ1925のニュートラルを使う。デリケートクリームと悩んだけれど、今日はこっちの気分だった。
ペネトレイトブラシは使わず、中指に少量つけて、人差し指で馴染ませる。こっちの方が塗っている感覚がはっきりするし、指を汚しながら皮に擦り込む感覚も楽しい。塗りすぎると後々白く浮いてしまうから、ほどほどに。

全体に馴染ませ、少し休ませてから、豚毛のブラシで磨く。押し込むのではなく、表面を滑らすようにシュッシュっと小気味よく。

ワックスで鏡面磨きも昔はしていたがうまくいかないのと、ツヤツヤさせないマッドな仕上がりが、タンカラーには良く似合う気がする。

◇◇◇

磨いた革靴を履くのは少し緊張する。汚してしまったらどうしようと心配になるからだ。

それでも、久々にきちんと磨いたローファーは、なんだかとても足に馴染んだ。オイルを吸って潤ったその姿は、おろしたてのようでもありながら、一緒に歩いた歴史もあった。

なまけものな私はまた春を逃してしまったけれど、乾いたり潤ったりしながら、次の春まで歩いて行くことにするよ。





【あとがき】
ローファーいいですよね、ローファー…というか、お手入れが好きなんですよね。長く丁寧に使い続けることに謎の美学を感じています。植物育てるのもそんなところがあるような。
今回写真とかも入れようかなと思ったのですが、野暮な気がしてやめました。皆さん各々がローファーを頭に、心に思い浮かべてもらえたら幸いです。


…いや、違うって、断じてなまけものじゃないですからね。

Crockftt & JonesのCAVENDISHが憧れです。

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